黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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26章

お嬢さんはお散歩中

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 温泉大陸の巨大な橋は、隣りの大陸と繋がっている唯一の橋。
大抵いつも混みあっているから、渡り切るのに十五分は掛かる。
幼児の足ならば三十分は掛かるかもしれない。
我が家の末っ子コハルが、何故か橋をヨチヨチ歩きしていたというのだから頭を抱えたいところだ。

「危うく、温泉大陸の外に行くところでしたよ」
「ごめんなさいね。少し目を離した隙に何処かに行ってしまったから、心配してたの」
 橋の通行門の門番が気付かなければ、そのままコハルは隣りの大陸までヨチヨチ歩きで行っていたに違いない。
とにかく、歩き始めたコハルの行動力に最近は手を焼いている。

「コーハールー……ダメでしょう! お家のお庭から出ない! 一人で出歩かない!」
「やぁー! ぶぅぅー!」
「嫌じゃないでしょ!」
「やぁぁぁーっ!!」

 駄々こねっ子と化したコハルの手を引っ張って歩けば「いゃああぁぁ」と、大騒ぎで足を踏ん張るのだから、困った子である。

「ぬぁぁーっ!! コーハールぅぅぅ!!」
「いいやぁあぁぁーっ!!!!」
 獣人の子供は早いうちから、体が人族より出来上がっていくのだけれど、コハルはうちの子の中で最も早く体が出来上がって行っているのか、既に私の手に負えない力強さなのだ。
ヨチヨチ歩きなのに、何故この力強さなのか!?

「大女将、大丈夫ですかー?」
「大丈夫と聞く前に、手助けを、しな、さぁーい!! ふぬぅぅぅ!!」
「ぎゃにゃぁぁぁーっ!」

 通りがかりの従業員に手を貸してもらい、コハルを【刻狼亭】まで連れて帰ると、むっすりふくれっ面でルーファスの姿を見付けて走って、ルーファスの足元に逃げ込んでしまった。

「うん? コハルどうした? また脱走したのか? あと少ししたら、父上が付き合ってやるから、辛抱してくれ」
「あいなー!」
「もう! ルーファスッ!! コハルを甘やかさないで!」

 私が怒れば、ルーファスは少しだけ眉を下げてコハルに「後でな」と、コハルを逃がしてしまうし……
ルーファスに詰め寄ると、「直ぐにコハルはオレが追いかけるから」と、この間、旅行で一日開けている間に仲良くなったようで、それは何よりだけど甘やかしが過ぎないかな? とも思う。

「アカリ、あの子も視野を広げている最中なのだから、そう怒ってやるな」
「むっ、ルーファス。コハルはね、一人で通行門に渡ろうとしていたのよ? そこまで自由奔放ほんぽうに視野を広げて良いと思っているの?」
「それは、駄目だな」
「でしょ? もう、コハルったら何処に逃げたのかしら……」

 ジトッとルーファスを睨み上げると、耳を下げて苦笑いしている。まったく、ルーファスにもコハルの奔放さをちゃんと理解してほしいものだわ。
ルーファスには仕事が終わり次第、コハルを探すのを手伝ってもらわなきゃいけない。

 ちなみにルーファスは、旅行客の多いこの時期にリュエールでは話の通じそうにないお客さんの相手をしている。なんというか、引退したと言っても、聞き入れてくれない人というのいるもので、自分は古くからの馴染み客なのだから、温泉大陸の主が挨拶に来るのが当たり前と、思っている辺り困ってしまう。

「それじゃ、私はコハルを探しに行ってくるね」
「ああ、気を付けてくれ。くれぐれも余計な事に首を突っ込んだり、怪我をしないようにな」
「重々承知してます」

 私にはルーファスと分けたヒドラのクリスタルが体内にあるから大丈夫だし、心配しなくても魔法も使えるようになったから、平気。うん、若いころと違って無茶はしない。
ルーファスに手を振って屋敷の方に一応行ってみたけど、魔の一歳児は何処へ行ったのやら?

「うーん。コハルの行動範囲って、意外と広いのよね」
 あの行動力は誰に似てしまったのやら? 獣化するとかなり遠くまで行ってしまうけど、姿が目立つ為に直ぐにコハルだと皆にバレるから、最近は人に聞いた方が早いのよね。
白と黒の髪が真ん中から分かれているし、獣化してもそれは変わらないから、目立ちすぎて【刻狼亭】の末っ子だと一目瞭然。

「コハル―、怒らないから出ていらっしゃい」
 まぁ、怒らないからというのは、世のお母さん皆のデフォのような物で、怒るんだけどね。
怒ると言うより、注意かな? 一人で温泉大陸の外に出ようとするなんて、危ない以外の何物でもない。

「主様~何してるのー?」
「エデン。コハルを見なかった?」
「コハルちゃんなら、クロとフェネシーを追い駆けて料亭の裏口の方へ行きましたよ?」
「そう、ありがとう。エデンはドラゴンハーフの研究はどう?」
「それそれ。あの赤毛が捕まらないの! 主様も赤毛を見付けたらギッタンギッタンにして持ってきて欲しいの」
「うふふ。エスタークさんも大変ねぇ」
「あの赤毛すぐに逃げるの! 研究にならないの!」

 金竜のエデンはドラゴンハーフと呼ばれるドラゴンの卵を食べて、ドラゴンの知識を得た人々やその子孫の中にある、ドラゴンの部分だけを抜き取り、ドラゴンに戻してドラゴンハーフを元の人間に戻そうとしている研究をしている。
ダリドアさんの中にあった水竜アクエレインが抜け出したことで、ダリドアさんは普通の人間になってしまったんだけど、相方のエスタークさんはエデンが無茶をするわ製薬部隊が無茶をするわで、逃げ回っている。

「そうねぇ。一番良いのはエスタークさんの主人イルマールくんにお願いすることだと思うわ。主従関係上、逆らえないだろうからね」
「そうするのー」
 エデンがパタパタと飛び立ち、私は庭から料亭の裏口の方へ足を向ける。
裏口から入り、庭園の玉砂利たまじゃりの上を歩いていると、執務室から黒い着物を着た我が家の長男リュエールがコハルとクロとフェネシーを抱えて庭に出てきた。

「リューちゃん」
「母上、コハルから目を離さないで。ハァー……執務室の書類に、インク振り撒いて遊んでたよ」

 リュエールが指を差す方向を見れば、執務机の上は黒いインクだらけの紙束に、書簡の山……コハルが妹で尚且つ幼児だから許されたと思っていいけど、怒ってるわねーこれは。

「アッチャー……ごめんね、リューちゃん。コハル、お兄ちゃんにごめんなさいしなさい!」
「ちゃーちゃい!」
「知らないじゃないでしょ! もう、お尻ぺんぺんだからね!」
「いーやぁぁー!」

 リュエールからコハルを受け取り、クロとフェネシーを庭に放すと二匹はダッシュで逃げて行く。あの二匹も執務室に逃げなきゃ良いのに……困ったものだわ。
 コハルを連れて屋敷に戻り、真っ黒に汚れた着物は洗いに出しても駄目だろうし、コハルに関しては子供の頃の着物を取って置いてあげる事も出来そうにない。
お風呂場でコハルを洗って、「橋の上を一人で歩いちゃいけません」「お兄ちゃんの仕事場を遊び場にしてはいけません」と、教えたけれど半分もコハルには届いていないかも?

 お風呂から上がる頃には、すぴーと寝息を立てているし……幼児特有のいきなりの電池切れ状態で、その場で寝てしまうモードに入ってしまったらしい。
居間の竹カウチに座ってコハルを膝枕で眠らせながら、寝ている姿は大人しくて可愛いのだけどねぇ……と、髪を撫でる。
柔らかくて癖のないストレートの髪は私に似ている。
お母さんも私が小さい頃は、よく髪を撫でてくれていたなぁ……流石に私はここまで悪い子では無かったけどね。
少し思い出に浸っていると、そろそろとした足音でルーファスが帰ってきて、私とコハルを覗き込む。

「アカリ、コハルはどうだ?」
「ご覧の通り、お昼寝しちゃいました。リューちゃんの書類をインクで真っ黒にしたから、あとが怖いわ」
「それは随分とヤンチャをしたな。オレが代わりに怒られておこう」
「きっとルーファスに書類の手直しさせて、くどくど言ってくるから、覚悟しておいてね?」
「ああ、わかってるさ」

 私の横にルーファスが座って、親子三人でのんびりとした時間を過ごしていると、「ただいまー」と元気な声がし始める。

「さて、もうゆっくりはできないわね。ルーファスはコハルを寝せて置いて、私は夕飯の準備をするから」
「アカリは休む暇が無いな」
「仕方ないでしょ? 我が家は大家族なんだから」

 コハルをルーファスに任せて、帰ってきたティルナールに「台所でのつまみ食いは駄目よ!」と注意し、これから帰って来るであろう孫のレーネルくんや、ハガネとスクルードにドラゴン達のご飯の準備と、私、なかなかに忙しいわ。
毎日これだから馴れちゃったけど、普通に考えたら、大家族のテレビに出れそうね。
フフッと笑って台所に立つと、「よしっ!」と気合を入れて割烹着に袖を通して料理開始である。 
我が家は賑やかなのがデフォだから、今日も忙しく頑張らなきゃね。

 コハルに関しては、もう少しお姉さんになるまでは目が離せそうにないかも?
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