黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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26章

朱里と反抗期

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 仕事を辞めて屋敷に戻ってきたティルナールに色々と言ってはみたけれど、本人がどうしたいかだし、焦らせて安易な道を選ばせてもいけないと、しばらくは様子見という事にした。
まぁ、家族がこうも多いと一人ぐらいこういう事に行きついてしまう事もあるだろう。

「母上~っ、お腹すいたー」
「あんあー。まんま!!」
「ははう! ごはん!!」

 ティルナールがお腹が空いたといえば、コハルとスクルードもご飯を連呼して、あなた達の目には私が何をしているのか見えないのかな? と、少し聞きたい。
目下、お昼ご飯を作る為に包丁を握り野菜を切っている母親の姿は見えないのだろうか?

「こらっ! コハルは危ないからお台所はダメよ。ティル、スーちゃんとコハルを居間に連れて行っておいて」
「いーやぁー! あんあー!」

 ぷにぷに頬っぺたを私の足に擦りつけて左右に振るコハルに、可愛らしさはあるけれど、台所は一歳の幼児にはまだ早い領域だ。
スクルードも尻尾を振って、目をキラキラさせているし……さすがに私も幼児二人を相手に台所仕事は無理。

「ティルー? ねぇ、聞いてるのー? スーちゃんとコハルをお願い出来る―?」

 反応を待っても一向に来ないティルナールにしびれを切らして、包丁をまな板に置いてから居間に行くと、ティルナールは居間のカウチソファの上でゴロンと横になっていて、挙句「ご飯できたのー?」である。
ハァー……と、溜め息を吐いて腰に手を当てる。

「ティルナール・トリニアッ! お仕事をしていないのなら、弟と妹の面倒をちゃんと見なさいッ!」

 私がカッと声を上げて怒ると、耳に指を入れて迷惑そうな顔をするのだからたまったものではない。
こういう時、スクルードはコハルをギュッと抱きしめて、妹を守ろうとする行動をとる。これぞ、兄と妹である。

「ティルナール! 母上の話を聞きなさいッ!」
「もぉー、母上、更年期? イライラしないでよ」
「なんですってぇぇぇ! 母上があなたが怒られないで済むように、色々と気を使っているのに、あなたって子は!」
「そういうの、押しつけがましい。迷惑だよ母上」

 ぶすっとした顔でティルナールはカウチソファから体を起こすと、これ以上は御免だとばかりに縁側から出て行ってしまう。

「ティル―ッ!!」

 私が声を上げたところで、言う事を聞きそうにないのは目に見えて分かる。
ひっ、ひっ、と、ひくひく泣き始めたコハルを抱き上げて、耳をぺしゃんこにしたスクルードの頭を撫でながら、少し泣きたい私である。
こういう時に、他の家族が居てくれたらいいのだけど、ルーファスとハガネは温泉街の集会に顔を出しているし、ドラゴン達はこんな夏の初めの良いお天気には出掛けている。

「コハル、泣かないで。大きな声を出して母上が悪かったわ」
「ははうー」
「スーちゃんもごめんね。スーちゃん、コハルの面倒をみてくれてありがとうねー」

 スクルードは頭を擦りつけて、尻尾をフリフリ振って可愛いばかりである。
この素直さ、ティルナールにも見習ってほしい。

「ああ、これが反抗期というものなのかしらね? うちの子で反抗期って、なかなかに無いイベントよね」

 赤ん坊の頃の嫌々期とか、幼児の頃の好き嫌いのハッキリした頃は苦労したけど、あれは第一次反抗期で、十代頃にかかるのが、第二次反抗期だったかしら?
うちの子で十代で反抗期を巻き起こしたのは……シュトラールかしら? でもあれは家出というか、駆け落ちと言うべきか、少し違うベクトルの事なのよね。

 でも、ティルナールのあの態度は頂けない。
こうなったら、面白おかしくこちらも反抗期に対抗してしまおうかしら?
そうと決まれば、母親を怒らせたことを思い知らせなくてはね。

「よぉーし、スーちゃん、コハル。今日のお夕飯は豪華にしますよ~」
「ごーか?」
「まんまぁーん?」
「うんうん。スーちゃんとコハルの大好きなマンマがいっぱいだよー」
「うー! ははうー! いま?」
「まんまー!」
「今じゃなくて、お夕飯ね。ふふっ、後で一緒に買い物に行くわよぉ」

 パチパチと二人が手を叩き、私のモチベーションも上がるというものだ。
ティルナールが生意気な事を言わないように、私は私の出来る戦法で戦いあるのみだ。

「さぁて、先ずはお昼ご飯を作っちゃわないとね。父上とハガネが帰ってくる前に、美味しいのを作らなきゃねー。スーちゃん、コハルに絵本を読んでおいてくれる?」
「ハル―。えほん」
「あー、きゃあ」

 スクルードに布で作ってある絵本を渡してコハルをお願いして、台所に戻る。
ティルナールが居ないから、二人をちょくちょく見に行かないといけないから、少し慌ただしくなりそうだ。
スクルードはコハルが生まれてからはお兄ちゃんとして、面倒見がよくて手が掛からなくなった分、コハルが目が離せない。
魔の一歳児である。
よちよち歩きが出来るようになったから、コケても頭をぶつけないように大きめの人形を頭ガードに背負わせたりしているけど、横にコケるとギャン泣きからの、お花を出して閉じこもるのコンボがあるから、本当に目が離せない。
おかげで我が家の床はコハルがコケても良い様にふわふわの敷物を二枚重ねである。
まぁ、孫のシャルちゃんも居るし、これからフィリアちゃんが赤ちゃんを産むし、ミルアも産むし、当分はふわふわの敷物生活のままになりそう。

 小鯵コアジを開きにして、紫蘇シソを巻いて梅肉をぬりぬり、そして唐揚げ粉にまぶして、油でカラッと揚げちゃう。
すぐに火が通るから、急いでやっておかないとね。
家族が多い分、量が半端ないけど、急げ急げ。と、自分を急がせてちゃっちゃと揚げて、火を扱う作業は早めに終わらせたい。
こういう時に、コハル達が台所に来ると危ないからね。

「ははう―」
「あー、スーちゃん駄目よー? 直ぐに終わるからねー」
「ははうー。ハルー、ちーしたのー」
「ええーっ、コハルのおしめ換えなきゃね。待ってねー」

 うーん。忙しい時に、忙しいことは起こる。
火を止めるのはしたくないけど、仕方がない。止めよう。
スクルードと一緒に居間に戻って、グッと顔をしかめっ面にしているコハルを回収する。
この顔の時は、おしめが濡れた時で、お肌が気持ち悪いと怒っている顔なんだよね。
泣きはしないけど、お顔はブサイクちゃんになる。

 子供九人、それぞれ特徴があるから一人として同じじゃないけど、母親の勘なのか『あー、嫌な予感するなー』って時は、子供は何かしらやらかしてくれるものである。

「はーい。コハル、お尻拭くからねー」
「うぅぅー」
「すぐだよー。ブサイクちゃんにならないの。可愛い可愛いだよー」

 もう布おむつも慣れた! 九人のお母さんは伊達じゃない。うむ。私もお母さん歴二十四年だからね。
コハルのおむつを換えて再び居間のベビーサークルにコハルとスクルードを入れて台所に戻る。
すると、足元をフェネシーとクロが走っていき、ついでに口を膨らましたササマキちゃんが掛け去った。
うん。嫌な予感しかしない。

 揚げたはずの小鯵の唐揚げが……無い。
まだ揚げていない小鯵の唐揚げだけじゃ数が足りないし、仕方がない。
腕に付けた魔法通信でルーファスを呼び出し、報告である。

「ルーファス。まだ街の方に居る?」
『ああ、丁度今から帰るところだが?』
「おかずをクロ達に食い逃げされちゃったの。お昼ご飯は外食でいいかな?」
『わかった。仕方が無いな。何処が良い? 席を取っておこう』
「そうねぇ。スーちゃん、コハル、父上とハガネとお外に食べに行くよ。何処が良い?」

 居間に戻ってベビーサークルで絵本を叩いている二人に尋ねると、スクルードは目を上から横のコハルへ向け、コハルは「あんこー」と手を上げて、スクルードはそれを見て、うんうんと頷く。
妹の希望を叶えてあげるらしい。

「聞いた? 餡子だって。デザートのあるお店かな?」
『なら、東国風の店にしよう』
『だったらよ。新しく出来た【来夢らいむ】って店にしようぜ』
「じゃあ、ハガネとルーファス、席を取っておいて。私とスーちゃんとコハルの三人で行くね」
『ティルはどうしたんだ?』
「知りません」
『後で話は聞くとするか』
「ええ、そうして下さいな」

 魔法通信を終えて、台所の火の元確認と小鯵を氷室へ片付け、戸締りをしてからコハルをおんぶして、スクルードと手を繋いで屋敷を出る。

「よーし、スーちゃん、コハル。美味しいの食べよー!」
「あい! ははうー、あるくー!」
「まんま! まんまぁー!」

 途中でコハルがおんぶ中に足をポンポン飛び跳ねさせたり、スクルードが道路脇の足湯に入りたがったりと、子供を連れての移動はなかなか難易度は高かったけど、新しい東風の食事処に着いて、ルーファスとハガネに「お疲れ様」と言われる。
子供二人を連れ歩きは、本当にお疲れ様だよね……と、テーブルに突っ伏した私である。

「アカリ。水でも飲んで落ち着いたら、メニューを決めておけ。コハル、父上と何を食べるか決めるか」
「あいなー」

 ルーファスがコハルを抱っこして一緒にメニュー表を開いて、指で「これがいいか?」と聞いて決めていて、スクルードはハガネと一緒にメニュー表を開いて「コレするー?」「いや、コレだろ?」と和気藹々わきあいあいと決めている。
この師弟関係は安心出来るから少し楽が出来る。
水を飲んで、ぷはぁー……と、息をつき、これが真夏でなくて良かった。
真夏に子供二人と時間を掛けて歩くのは……うん、大変なんだよね。
コハルはベビーカー拒否児だから、余計にね……我が子ながら親を楽させてくれない子である。

 ティルナールも生意気を言わなければ、今頃ここで……ううん、そうしたら、お昼ご飯の小鯵は無事だったわね。
帰りに夕飯のご馳走を買って帰らなきゃ。むしろ、荷物を持ってくれる旦那様と従者を確保出来たのだし、これはこれで良しとしなきゃね。
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