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26章
ティルの失業
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我が家の三男ティルナール・トリニア今現在十二歳。
三つ子の一番上の子で、二ヶ月ほど早く他の二人より先に生まれた為に、誕生日が若干異なり、赤ん坊の頃はよく病気がちだった子である。
魔国の学園で三年間過ごしている間に、生徒会に入りその時に活動記録を撮る係りとして、カメラを片手に動き回っていて、卒業後は新聞記者を夢見て、新聞社に入社した……はずなのだけど、どうも仕事を辞めて帰って来てしまったらしい。
「だってさー、僕がトリニア家の息子だってわかった途端に手の平返してくるんだよ? やってらんないよ!」
撫すくれるティルナールに困った顔をしたのは私とルーファスで、気持ちが解らない訳じゃないけど、これから先も働いて生きて行かなきゃいけないのに、いきなり辞めてしまってどうするの? という感じである。
「ティル。周りから何を言われようと、仕事を一ヶ月余りで辞めてしまうのは、お前の忍耐力が足りないと思われてしまうんだぞ?」
「そうよ。周りが態度が変わっても、ティルはティルなんだから、お仕事には関係ないでしょう?」
「そんな事言ったって、温泉大陸の特集をして【刻狼亭】の取材を独占でやらせてくれとかさ……絶対、リュー兄上に『正式なオファーを取ってから出直して。弟だろうと家族だろうと、そこら辺は守ってもらわないとね』って言われるの目に見えてるし、『【刻狼亭】の息子なら旅館無料とか割引出来るでしょー?』とか言ってくる奴等が絶え間なく寄って来るんだよ?」
あー、確かにそれは鬱陶しいかも?
リュエールなら絶対に、家族だからって甘い顔は早々してくれない。
ミルアの結婚式でも、ミルアが三年かけて貸し切り予約を入れたりしていたぐらいなのだから……甘くないのは実証済み。
「まぁ、辞めてしまったものは仕方がない。ティル、お前は今後どうするか決めているのか?」
ルーファスが小さく溜め息を吐きながらも、切り替えたらしく、私も辞めたものはどうしようもないと、ティルナールの顔をジッと見つめ返す。
ティルナール本人は少しバツの悪そうな顔はするものの、持って帰ってきた古臭いカメラを手に、チラチラとルーファスの顔を見ては目を横にして耳を上下に動かしている。
自分の中で話をまとめているのだろうと、私とルーファスもお互いに横目でコンタクトを取り合う。
「ティル、その古臭ーいカメラはどうしたの?」
「これ? これは退職金みたいなもの。新聞社に昔から置いてあったみたいで、仕事を辞めるって言ったら、金は出さないって言うから、じゃあコレ貰うねーって、貰ってきた」
ルーファスが片眉を上げて怒りだしそうな顔になり始めている……うーん、我が子ながら、ティルナールの常識の無さに私も少し頭が痛い。
「ティルナールッ! 仕事に関しての金銭のやり取りは労働した者への対価でもある! それを物と交換して終いにしてくるとは……っ」
「まぁまぁ、ルーファス。落ち着いて、もうそんな事を言ってもカメラで手を打ってしまったのだから、どうしようもないじゃない? ティル、あなたも反省しなさい! 今後に関しては、自分の中でちゃんと話をまとめてから話に来なさい」
ルーファスの腕をポンポンと叩いて、耳を下げているティルナールには『ルーファスの怒りが下がるまでは何処かに行って居なさい』と目配せする。
「当分は冒険者業でもして、日銭を稼ぐよ」
項垂れながらそう言ったティルナールに、私は「アッチャー」と、目元を手で押さえる。
「ティルナールッ!!」
ルーファスの怒り爆発の声に、私はサッと机の上の湯飲みを退避させる。
驚いた顔のティルナールに、私は首を振る。働くって事を少し甘く見過ぎているのと、冒険者稼業はそんなに甘くないし、日銭を稼ぐなんてそれこそ甘い考えでもある。
冒険者業で一日分のお金を稼ぐ事が出来る人達は、それこそ死と隣り合わせの危険を冒している人達で、遊びでやれるほど甘くない。
どちらにしても、ティルナールがほどよくお坊ちゃん育ちなのがよく分かる。
「魔国の学園生活で少しは成長したかと思ったが、世間知らずの軟弱な考えしか身に着けてこなかった様だなっ!」
「ちょっ、ルーファス。落ち着いて下さい。ティル、あなたも冒険者がどれくらい大変か知らない訳じゃないでしょう? 少しは物を考えなさい。頭を冷やす為にも、他の兄弟や周りの働いている人から、助言を貰っていらっしゃい! はい! 直ぐに行く!」
ティルナールに手でシッシッと追いやって、ルーファスから緊急回避とばかりに屋敷から追い出す。
ルーファスはギリギリ「出ていけ!」と、言う寸前で……そこまで言ってしまうと、親子関係が拗れてしまうから、私としては冷却時間を稼いで円満な家族関係でいたいところだ。
前にニクストローブの卵孵りの事件で、二人を魔国へ出してしまった時の二の舞は流石にやっちゃいけないと思う。
「まったく、ティルは……」
「ルーファス、まだ十二歳なんですよ? 働ける歳でも、世間を知らない子供なんだから、頭ごなしに怒るのはよくないでしょ?」
「アカリは、子供の事に関しては子供の味方だな」
「ふふっ、母親ですし。なにより、私は家族を失って働く以外の道は無かったから、出来れば子供達にはもう少し自由でいて欲しい所もあるの。ルーファスだって同じでしょ? 当主の座に就くしか道が無かったんだから」
「……そうだな。少しティルにも考える時間を与えておくか」
親の私達が苦労した分、子供達への配慮も分かってあげなくてはね……とは、思ってはいるけど、ティルナールの今後については、他の子達がどうアドバイスするかも、少し心配ではあるのよね。
「少しカッとなり過ぎた」
「ふふっ、ルーファスは昔から怒りやすいんだから」
「反省はしている……」
ルーファスに抱き上げられて、おでこをくっつけ合わせ、クールダウンである。
ティルナールにとって、この失敗を糧に良い方へ行ってくれたら良いのだけど……うーん、不安だなぁ。
三つ子の一番上の子で、二ヶ月ほど早く他の二人より先に生まれた為に、誕生日が若干異なり、赤ん坊の頃はよく病気がちだった子である。
魔国の学園で三年間過ごしている間に、生徒会に入りその時に活動記録を撮る係りとして、カメラを片手に動き回っていて、卒業後は新聞記者を夢見て、新聞社に入社した……はずなのだけど、どうも仕事を辞めて帰って来てしまったらしい。
「だってさー、僕がトリニア家の息子だってわかった途端に手の平返してくるんだよ? やってらんないよ!」
撫すくれるティルナールに困った顔をしたのは私とルーファスで、気持ちが解らない訳じゃないけど、これから先も働いて生きて行かなきゃいけないのに、いきなり辞めてしまってどうするの? という感じである。
「ティル。周りから何を言われようと、仕事を一ヶ月余りで辞めてしまうのは、お前の忍耐力が足りないと思われてしまうんだぞ?」
「そうよ。周りが態度が変わっても、ティルはティルなんだから、お仕事には関係ないでしょう?」
「そんな事言ったって、温泉大陸の特集をして【刻狼亭】の取材を独占でやらせてくれとかさ……絶対、リュー兄上に『正式なオファーを取ってから出直して。弟だろうと家族だろうと、そこら辺は守ってもらわないとね』って言われるの目に見えてるし、『【刻狼亭】の息子なら旅館無料とか割引出来るでしょー?』とか言ってくる奴等が絶え間なく寄って来るんだよ?」
あー、確かにそれは鬱陶しいかも?
リュエールなら絶対に、家族だからって甘い顔は早々してくれない。
ミルアの結婚式でも、ミルアが三年かけて貸し切り予約を入れたりしていたぐらいなのだから……甘くないのは実証済み。
「まぁ、辞めてしまったものは仕方がない。ティル、お前は今後どうするか決めているのか?」
ルーファスが小さく溜め息を吐きながらも、切り替えたらしく、私も辞めたものはどうしようもないと、ティルナールの顔をジッと見つめ返す。
ティルナール本人は少しバツの悪そうな顔はするものの、持って帰ってきた古臭いカメラを手に、チラチラとルーファスの顔を見ては目を横にして耳を上下に動かしている。
自分の中で話をまとめているのだろうと、私とルーファスもお互いに横目でコンタクトを取り合う。
「ティル、その古臭ーいカメラはどうしたの?」
「これ? これは退職金みたいなもの。新聞社に昔から置いてあったみたいで、仕事を辞めるって言ったら、金は出さないって言うから、じゃあコレ貰うねーって、貰ってきた」
ルーファスが片眉を上げて怒りだしそうな顔になり始めている……うーん、我が子ながら、ティルナールの常識の無さに私も少し頭が痛い。
「ティルナールッ! 仕事に関しての金銭のやり取りは労働した者への対価でもある! それを物と交換して終いにしてくるとは……っ」
「まぁまぁ、ルーファス。落ち着いて、もうそんな事を言ってもカメラで手を打ってしまったのだから、どうしようもないじゃない? ティル、あなたも反省しなさい! 今後に関しては、自分の中でちゃんと話をまとめてから話に来なさい」
ルーファスの腕をポンポンと叩いて、耳を下げているティルナールには『ルーファスの怒りが下がるまでは何処かに行って居なさい』と目配せする。
「当分は冒険者業でもして、日銭を稼ぐよ」
項垂れながらそう言ったティルナールに、私は「アッチャー」と、目元を手で押さえる。
「ティルナールッ!!」
ルーファスの怒り爆発の声に、私はサッと机の上の湯飲みを退避させる。
驚いた顔のティルナールに、私は首を振る。働くって事を少し甘く見過ぎているのと、冒険者稼業はそんなに甘くないし、日銭を稼ぐなんてそれこそ甘い考えでもある。
冒険者業で一日分のお金を稼ぐ事が出来る人達は、それこそ死と隣り合わせの危険を冒している人達で、遊びでやれるほど甘くない。
どちらにしても、ティルナールがほどよくお坊ちゃん育ちなのがよく分かる。
「魔国の学園生活で少しは成長したかと思ったが、世間知らずの軟弱な考えしか身に着けてこなかった様だなっ!」
「ちょっ、ルーファス。落ち着いて下さい。ティル、あなたも冒険者がどれくらい大変か知らない訳じゃないでしょう? 少しは物を考えなさい。頭を冷やす為にも、他の兄弟や周りの働いている人から、助言を貰っていらっしゃい! はい! 直ぐに行く!」
ティルナールに手でシッシッと追いやって、ルーファスから緊急回避とばかりに屋敷から追い出す。
ルーファスはギリギリ「出ていけ!」と、言う寸前で……そこまで言ってしまうと、親子関係が拗れてしまうから、私としては冷却時間を稼いで円満な家族関係でいたいところだ。
前にニクストローブの卵孵りの事件で、二人を魔国へ出してしまった時の二の舞は流石にやっちゃいけないと思う。
「まったく、ティルは……」
「ルーファス、まだ十二歳なんですよ? 働ける歳でも、世間を知らない子供なんだから、頭ごなしに怒るのはよくないでしょ?」
「アカリは、子供の事に関しては子供の味方だな」
「ふふっ、母親ですし。なにより、私は家族を失って働く以外の道は無かったから、出来れば子供達にはもう少し自由でいて欲しい所もあるの。ルーファスだって同じでしょ? 当主の座に就くしか道が無かったんだから」
「……そうだな。少しティルにも考える時間を与えておくか」
親の私達が苦労した分、子供達への配慮も分かってあげなくてはね……とは、思ってはいるけど、ティルナールの今後については、他の子達がどうアドバイスするかも、少し心配ではあるのよね。
「少しカッとなり過ぎた」
「ふふっ、ルーファスは昔から怒りやすいんだから」
「反省はしている……」
ルーファスに抱き上げられて、おでこをくっつけ合わせ、クールダウンである。
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