黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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26章

たましらの思い出③ 完

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 温泉街の人混みの中を、人にぶつからない様に歩くものの、少し前に竜人の国に捕らえられていたせいで、足運びが少しぎこちない為に道路の隅を歩くしかないけど、温泉街の道路の両脇は足湯が設置されているから、端っこばかりも歩けない。

 私が『たましら』に着くと、お店の中には老人達が座っていて、私に気付くと「ミカギ。お客さんだよー」「ミカ坊早くしなさい」と、老人達は騒ぐ。

「ほら、お客さん座って」
「ありがとうございます」

 椅子に座らせてもらうと、ニコニコと笑顔でお婆さんがお茶を淹れてくれて、お爺さん達はこぞってお茶請けを持ってきてくれる。
頭を下げながら受け取って、お茶と一緒にお茶請けの落雁らくがんを口にする。

「美味しいかい?」
「はい。中にあんこの入った落雁は初めてです」

 白い落雁は湯と書かれた丸い落雁で、中にはあんこと練った栗が入った珍しい感じの物だった。
お茶を飲んでいると、奥からミカギさんの声がして「爺様も婆様達も、今日はルーファスの番が来るんだから、いつもの客にやるような事しないでくれよ」と、言いながら出てきた。

「あっ、あああああぁぁーっ!!」

 ミカギさんの大声にビックリして目を丸くすると、ミカギさんがカウンターから飛び込む様に出てきて、お茶と手に持っていた落雁をパンッと、大きく私の手から弾き飛ばした。
何が起きたのかと、一瞬呆けてから、ジンジンとした手の平に赤い筋が浮かんで血をにじませた。

「爺様! 婆様! この子の菓子と茶に何を入れた!?」
「なんも入れてないよ」
「人聞きが悪いね」
「ミカ坊、お客さんに乱暴じゃないか」
「この子はルーファスの番だぞ! バレたら爺様も婆様も追い出されちまうかもしれないのに! 何考えてんだ!」

 何だか、少し物騒な話をしていないだろうか? 
不安な私と焦るミカギさんを余所に、老人達は飛び散ったお茶と落雁を拾って、付近で汚れた場所を掃除している。
なんだか、凄い温度差がある気がする。

「アカリさん、アンタ、何で一人で来たんだ? ルーファスか誰か一緒じゃないのか!」
「ご、めんなさい……一人です」
「爺様、婆様、本当に何も入れてないんだな!」

 ミカギさんが怒ると、お爺さんお婆さんは「なんもしてないよ! しつこい子だね!」と、プリプリと怒っている。
ミカギさんが懐から布巾を出して、私の手に巻き付けて抱き上げると、「爺様達、店番頼んだ!」と駆けだす。

「あの、ミカ、ギさん?」
「診療所に行くから、舌を噛まない様に黙ってて」

 口を閉じると、熊に抱かれて運ばれる時速は、ちょっとしたオープンカー並みだなと思う。
診療所に着くと、酔っ払いの怪我と、足湯で滑って舌を噛んだ子供の治療をボギー医師がしていて、私はそんなに酷い怪我でもなくかすり傷なので、後回しにしてもらい、待合室でミカギさんと椅子に座っていた。

「ほんっとうに、申し訳ない! うちの店に来る常連の爺さん婆さんは、ぼくを守ろうとしているだけなんだ」
「守る?」
「自慢ではないけれど、ぼくの小物造りの腕は子供の頃から有名だったんだ。だから貴族に攫われそうになったり、周りの人が人質にとられて無理やり作らされる事もあった。それを救ってくれたのはいつも、【刻狼亭】の元従業員の爺さん婆さんで……うちの客は大抵、爺さん婆さんに追い出されるんだよ」
「そうだったんですか。大事にされているんですね」
「いやいや、あの爺さん婆さんは、自分達の集まり所を守ってるついでだよ」

 ブンブンと勢いよく顔を横に振るミカギさんに、クスクス笑うと少し照れたように頭を掻いて「本当にそういうんじゃないんだよ」と困った声を出していた。
でも、少し嬉しそうで、お爺さんお婆さん達が好きなんだなって事は分かった。

 私の治療のばんになって、ミカギさんがボギー医師に「ぼくの爪が当たったんだ。綺麗に治してやれるか?」と聞いて、「二、三日で綺麗に治るよ」とお墨付きを貰った。
血は出てたけど、本当にかすり傷だったし、ミカギさんは爪を綺麗に切って丸くやすりをかけているから、傷つくこともそんなに無いと思う。
まぁ、滅茶苦茶ビックリしたけど……熊に襲われる人間の気持ちを味わった瞬間って、感じだった。

 治療を終えて、診察所を出てミカギさんと一緒に歩いて帰ろうと何歩か進んだところで、ミカギさんの腕の上に抱き上げられた。

「ふぁっ!?」
「足下が危ないから【刻狼亭】まで送っていくよ」
「大丈夫ですよ? ちゃんと歩けますし……」
「ルーファスが君を歩かせないのは、甘やかしてるのかと思ってたけど……そうじゃないのが分かって、君に失礼な事を思ってたお詫びって事で、大人しく連れて帰らせて?」
「失礼な事?」

 普通に接して貰っていたと思うんだけど、違うのだろうか?
首を傾げると、ミカギさんは「ぼくも爺さん婆さんの事言えないなぁ」と溜め息を吐く。

「ぼくはね、ルーファスが今までどんな女性を連れてこようと、ぼくの店の品だけは渡さないし、紹介もしなかった。それは絶対変わる事のないルーファスの友としての証だと思ってたんだ。でも、君を連れて来た。しかも、歩かせようともせずに、べったり甘えて……番に骨抜きにされて、ぼくとの友情もここまでかな? って、勝手に失望してたんだ」
「……申し訳ないです……」

 ルーファスがべったりなのは、私が誘拐されて危なっかしくて、目が離せないだけだと思う。
まぁ、会った時から抱き上げるのはデフォだった気はするけど……

「それに、噂で君が誘拐されて、ルーファスが探しに行ってたのも聞いてたしね。そういう事も考慮しない辺り、ぼく自身がルーファスの友人で居る資格がないよ」
「あの、ルーファスはミカギさんの事大好きですよ? 他の人とは違う友達同士の顔をしてますから」
「そうかな? ルーファスは誰にでもああいう顔だよ。面倒見のいい奴だから」
「いいえ! 私はルーファスと出逢って数ヶ月ですけど、ミカギさんだけがルーファスと対等に友達って感じです! ルーファスを今、一番近くで見ている私が言うんですから、本当ですよ!」

 力説してミカギさんの目を見ると、こげ茶色の優しい目がパチパチと瞬きして「そっかぁー」と屈託なく笑う。

「ルーファスは、見る目のあるお嫁さんを見付けたんだね」
「ふふっ、私、ルーファスとミカギさんの仲の良さに嫉妬しちゃうくらい、良い友情だと思いますよ」
「それは言いすぎだよ。でも、そうだね。ルーファスの友として、最高の帯飾りを結婚祝いに贈らせてもらうよ」
「ちゃんと、お金払いますよ!」
「ううん、ぼくの君達夫婦へのお祝いだから」
「むぅ……あっ、だったら……少しデザインを追加お願い出来ますか?」
「どういうの?」

 私は二人の友情として贈られる物ならと……ミカギさんにお願いしたのだ。
作ってもらった帯飾りに、ルーファスは少しだけ不満そうだったけど、私はとても気に入っている。





「おや、それはミカ坊の作品かい?」

 コハルを背中から下ろして、エプロンを外した私に、お店に集まっていたお婆ちゃんが私の帯飾りを見て目を細める。

「ええ、結婚祝いに頂いたんですよ」

 熊と狼の飾り細工が施された帯飾りは、ルーファスとミカギさんの友情の物として今も大事にしている。


 ちなみに、私が怪我をして帰ってきた事で、ルーファスはあの時ミカギさんを殴ろうとして、ひと悶着もあったのだけど、今でも二人の友情は続いているし、会合なんかでお酒を飲んでいる時は、ミカギさんといつも一緒なのである。
 春になってミカギさんが冬眠から目を覚ましたら、またルーファスがお酒を一緒に飲むのだろうと思う。
男の友情は長く続くものである。
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