黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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25章

おヨメさまとお弁当

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 冬の寒さにかじかむ手、空の上からチラつく雪。
氷竜グレリムレインは、温泉大陸から北の大地へ旅行中。
グリムレインのドームが温泉大陸を覆っていても、冷えた空気が山に当たれば温泉の蒸気が固まり雪として降ってきてしまう。

 はぁ……と、両手に口から息を吐き付けても直ぐに冷えてしまう。

「私一人だと……この部屋も広いね……」

 貸家に再び戻った……と、いうより戻された私とルーファスは、やはりスクルードの異世界渡り等の能力からして、魔法のコントロールを急がせた方が良いらしく、ハガネが付きっきりで教えているのと、シャルちゃんがまだ安全とは言えない為に、リュエール夫婦が【刻狼亭】の従業員宿舎も近い屋敷の方へと移り住むことになったのもあって、追い出される形に近い感じで戻って来てしまった。

 リュエールが「母上はなにかしら仕出かす心配があるから、シャルの安全確保できるまでは、貸家にいて」と……私とルーファスの屋敷なのにぃ~っ!
私のお腹の中に優しさを忘れてきたの? むしろシュトラールに優しさを吸い取られたのかしら?

 でも、大事な孫を私のドジに巻き込むわけにもいかないし……私はドジをしないと言い切れないのが悲しいところ。

 ついでに今、ルーファスがこの貸家に居ないのは、私のドジで大人から子供になってしまうという怪しいアイテムの犠牲になったから、リュエールに「母上は、蔵に入らないこと! 父上は一人で蔵を整頓すること!」と言われて……こうして、私を一人残して、蔵の整頓を毎日少しずつしているのである。

「さて、一人で寒さに浸ってないで、お庭でもお掃除しよっ」

 庭をほうきで掃きながら、体を動かせば体も温かくなるだろうし、軽い運動だと思えば体力づくりともいえるかな? 

「あっ、ルーファスにお弁当作って持っていこうかな?」

 それぐらいなら許されるはず。
リュエールはすぐに「母上、次なにかしたら分ってるよね?」と、母親に、なにをするっていうのか、ニッコリ笑顔で告げるのだから……うちの息子怖い~っ!
お弁当届けるだけなら、なにも起きることは無い……はず?

 庭掃除をサッサと終わらせて、お弁当作りに取り掛かる。
日本人はお弁当文化のところだから、割りとお弁当ってポイポイッと作れちゃうけど、この世界に来てお弁当って、あまり見ないものなんだよね。
【刻狼亭】の仕出し弁当とか、料亭やお店がお弁当は作るってイメージみたいで、個人で作るって考えはあまりないらしい。

 大抵は干し肉とかパンとか、そういった日持ちのするものをお仕事場に持っていったりして食べたり、あとは【刻狼亭】みたいに賄いとか、露店で色んな物を買って食べたりするようだ。
あとは近場の食堂で食べたりかな?
お弁当屋さんとか面白そうだけど、料亭や小料理屋さんみたいな商売の人達が良い顔をしないので、お弁当屋さんは難しいらしい。
それでも我が家は、お花見とかもそうだけど、お弁当は割りと作っている。
お弁当は家庭の味である。


「さて、なにを入れようかなー?」

 大きめのお弁当箱に出汁巻き卵は絶対入れる。子供達になら甘い卵焼きなんだけど、ルーファスは出汁巻きの方が好きだから出汁巻き! ミンチ肉をカラッと油で揚げて爪楊枝に二つずつ刺して、甘辛ダレを付ける。あと、昨日の残りの煮物も入れちゃおう。
ご飯は半分は醤油に絡めたかつお節の上に海苔を乗せて、半分は甘醤油と生姜の肉そぼろを乗せちゃう。
タコさんウインナーは入れておきたい。
これはもう日本人なら入れちゃいたいものだよね。
あとは夕飯用に漬け込んでいる唐揚げ肉も3個程お弁当用に使っちゃう。
ほうれん草の胡麻和えを緑のものとして入れておけば少しは見栄えがいいかな?

「あっ、温かいお茶は絶対欲しい! ちゃんと淹れておこう」

 竹で出来た水筒……【風雷商】に今度なにかいい物を作ってもらおうかな?
保温魔法があるとはいえ、これは流石に味気ない。まぁ、別の観点から言えば、古風で良いのかもだけど。

 お弁当の蓋を閉じて、風呂敷に包み、お箸を入れて水筒も持った!
愛妻弁当! いざ、出陣である!

 家の戸締りも、火の元確認も大丈夫!
抜かりはない! ふふふっ、私とて日々進化しているのだよ。

 下駄をカラコロいわせて、温泉街を歩く、街中の人々は冬休暇の湯治客ばかり。
相変わらずの圧巻ともいえるこの世界の人々に「ふぇー……凄いなぁ」と感嘆の声が漏れる。
こうして色んな種族の人達を見ると、人間でしかも日本人のちんまりした私はとてもちっぽけな感じに思える。
番傘を差して動くと、お客さんの腰とか背中に当たってしまうので、私は頭からショールを被って、冒険者の人や、忙しく冬の間の荷物運びの子供達にぶつかりそうになりながら、目的に到着する。

 【刻狼亭】の料亭前ではお昼前に並ぶお客さん達で賑わっている。
今の時期は温かい天ぷらもおススメだけど、やはり小さな鉄鍋で出る温牛のすき焼きと、しめのおうどんは堪らない。まぁ、おうどんは言わないと出してくれない隠れメニューに近いのだけどね。

 私はお客さんの列を横目に庭園へ通じる正面玄関横の道に出る。
この先は白い玉砂利たまじゃりの小道で、黒大理石の飛び石がある。綺麗に刈り取られた植木は木竜のケルチャによって、ドラゴンの形をした植木にされてしまっているのはご愛嬌かな?

 蔵の前には壺が並び、壺の中には筒状の地図のような物や、伸ばし棒に巻かれた紙みたいなのが沢山詰め込まれていた。映画とかで見たことがある……こういうのを広げて罪状を読み上げたりするんだよねぇ。
手を伸ばして触ったら、足元から「バウバウバウ!」となにか玩具のような鼻の潰れた犬が吠えている。ブルドッグかな?

「なにこれ?」

 ブルドッグの玩具に触ろうとしたら、執務室の縁側の窓が開き、「母上ーッ!」とリュエールの怒りの声が上がった。

「ひぇっ!」

 ビクッと飛び上がると、飛び上がった拍子に足に壺が当たって……まぁ、燦々さんさんたる有様になり、蔵の中から出てきたルーファスには苦笑いされ、執務室から庭園に出てきたリュエールには「だから母上は蔵に近づかないでって言ったでしょ!」とカンカンに怒られてしまった。

「だって、リューちゃんがいきなり大きな声出すから……」
「僕の声の前に、母上が蔵の物に触ろうとするからだよ! この魔道具は蔵の物に誰かが触ったら警報が鳴るようになってるの! つまり、母上がなにか仕出かそうとしたってこと!」

 このブルドッグの玩具は魔道具だったんだ……触ろうとしたら、リュエールに手をペシッと叩かれた。

「うぅ~……ルーファス、リューちゃんが怒るよー」
「まぁまぁ、リュー、アカリも悪気があったわけではないのだから……」
「父上! そうやって、父上が母上を甘やかすから!」

 この後、散々リュエールに怒られて「母上は反省して!」と、旅行券を渡されて追い出されてしまった。

「この旅行券あげるから、なにか他の観光地でめぼしい物でも見て、アイデアでも絞り出してきて! ご褒美じゃないからね! ちゃんと写真や報告書を出してよ!」
「わぁーい! ルーファス、リューちゃんが旅行券くれたー!」
「だから、ご褒美じゃないの! 母上は~……はぁ……もう」

 手でシッシッと追いやられたけど、これは母親想いの良い息子……でいいのかな? 厄介者払いに見えなくもないけど、旅行は楽しみである。
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