黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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24章

悪い予感 1 クミン視点

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 悪い予感、それは本能が嗅ぎ取った危険な信号。
それを読み違えた結果が、暗闇の中に居るのに、全てが見えるのに見えていない、こんな恐怖を味わうことに繋がった。

「ここから、ここから出してぇぇぇ!!!」

 座敷牢から響き渡る声に、誰も答えてはくれない。
どこで、どこで間違えたんだろう? 私は希少な闇属性の子供だったのに……。

 _闇属性のことは黙っていなさい。とても希少な属性なの。

 そう、母親は言った。私は希少な属性を持った子。

 _闇属性の魔法は使っては駄目よ。悪い人に狙われてしまうから。

 そう、母親は言った。私は狙われないようにか弱い振りをした。

 _クミン、貴女は何でも出来る立派な子よ。強く生きなさい。

 そう、死ぬ前に母親が言った。私は生きる為に必死に色々覚えた。

 私が何をしても、もう誰も褒めてくれない。
仕事を熱心にしても、褒めてくれなくて、それ以上に他のやらない仕事にも手を付けて「まぁ、クミンやってくれたの! ありがとう」と言われて、私の心は満たされる。
でも、同じことを繰り返しても、それが当たり前になると、誰も褒めてくれなくなる。

 そうだ、希少な私の闇属性なら、人の役に立つ。褒めて貰える。
そう思って、仕事場の宿屋で貴族や商人に「私は闇魔法が使えて役に立つので、何かしましょうか?」と言って回っていたら、宿屋をクビにされてしまった。

 もっと、私の闇属性の魔法が使える、必要な仕事場に行くべきなんだ!
そう思って求人情報が集まるギルドへ行った時に『温泉大陸【刻狼亭】従業員募集、まずは見習いから審査』という張り紙を見付けた。

 【刻狼亭】といえば、戦闘在りの旅館と料亭。
私の今までの仕事スキルと、闇魔法が使える。これは天職を啓示されたのだと思い、直ぐに募集に飛びついた。


 【刻狼亭】から届いた入国証明証と、仕事に関しての注意事項。
見習い期間に【刻狼亭】に相応しくない振る舞いがあった場合は、即座に『失格』とみなし、辞めてもらうと言うようなことがズラズラと書いてあったが、私は【刻狼亭】に選ばれる自信があったから、深く考えなかった。


 温泉大陸へ渡り、初めて見る街並みと活気の溢れたそこで働く人々。
こんな素敵な場所に私は選ばれたんだ。やはり、私が書類に書いた『闇属性持ち』だということが良かったんだ。
嬉しくて、跳ねるような気持ちで私は地図にあった【刻狼亭】へ向かった。

 そこで見たのは、私以外の数多くいる見習い候補達。
そんな、選ばれたのは私だけじゃなかった。いや、この中で私が選ばれる。

「見習いの方は並んでください!」

 『刻』と字が書いてある濃灰色の羽織はおりを着ている従業員が声を出し、一同が並び、順番に入国証明と身体検査の書類等を従業員に見せて、本人確認をしてもらっていた。
その時、従業員が深緑色の羽織を着ている一人の少女に声を掛けていた。

「あっ、大……ミヤさんっ! おはようござ、ます!」

 オオミヤ? 何者だろう? 深い緑色の羽織は濃灰色より地位が上の羽織なんだろうか?

「先輩! おはようございます! 今日も宜しくお願いいたします!」

 元気に挨拶を返した少女は、従業員を「先輩」と言った。
そして、他の従業員の双子の子供にも「先輩」と言い、「合格!」「満点!」と褒められていた。
ズルい、ズルい、ズルい、それは、私の貰う言葉なのに……。
少しして、【刻狼亭】は子供を雇うのか? 等と揶揄やゆした見習い候補が『失格』になった。
従業員に逆らうと、即失格……従業員には媚を売って、失敗しないようにしよう。

 その後、見習いの間に着ると言う、深い緑色の羽織を貰った。

「あの、さっきこの羽織を着ていた人が居たんですが、その人達も見習いなんでしょうか?」

 教育係の女性に声を掛けると、「アンタ達より二ヶ月先輩の見習いだよ」と教えてもらった。

 あの子も自分と同じ、見習い……二ヶ月先に見習いということは、私は出遅れている。負けられない。もう既にあの子は先輩従業員との絆を築いている。絶対、蹴落とさなきゃいけない。
あの子は、私にとって、『悪い』ものだ。

 __予感がする。あの子は『悪い』ものだ。

 
 それに、この人数の多さ……蹴落とさなきゃ、私の邪魔になる。
私は早く【刻狼亭】の従業員になって、闇属性で褒められて、私が必要だったと言われてみせる。

 私はそれから、みんなを気遣う振りをして、従業員には必要以上に、でもさり気なく、私をアピールした。
宿屋でアピールをし過ぎて失敗したから、少し反省をした。さりげなさを演出する事が一番いい。
仕事も宿屋のノウハウを生かして完璧な仕事をした。でも、それじゃ、まだ駄目。
休憩時間のお茶も率先して淹れた。

「あっ、あなた、着物の合わせが逆ですよ?」
「え! 嘘ッ! ウチまだ着物の着方上手くわかんなくて……」
「大丈夫ですよ。着慣れてくれば、三分もあれば完璧ですから」

 あの時の二ヶ月先輩の見習いの少女「ミヤ」が、着物の着方を間違えていた子の着物を言葉通りに三分もしないで着直させて、見ていた見習いの他の子にも、着崩れを直したりして、着崩れないアドバイスもしていく。
見習い同士は敵のようなものなのに、ああして良い子ぶって『褒め』られようとしている……。
なんて、嫌なやつなんだろう。

 あの子は、絶対に蹴落としてやる。

 ミヤの観察をしたら、旦那様と呼ばれる経営者が居る事務所にお昼休みが終わると行き、お昼を食べ終わって戻ってきた事務員や旦那様にお茶を淹れて、床の掃除や給湯室の掃除をしていた。

「ミヤさん、ありがとう」
「ミヤの淹れるお茶は、やはり一番美味いな」
おだてても、何も出ませんよー? でも、お茶菓子も付けちゃう!」
「あはは。相変わらず煽てに弱いね」

 和気藹々わきあいあいとしたやり取りをしていて、旦那様にも名前を憶えて貰っている。
私が休憩室で従業員や見習いにお茶を淹れて点数稼ぎをしている間に、ミヤは一番点数の大きい所で稼いでいたんだ。だから、他の従業員もミヤの名前を憶えていて、声を掛けるんだ。

 なんて、ズルい女。

 でも、ミヤの好きな男を見付けた。
同じ見習いの「ルーフ」を見るミヤの目は他の従業員を見る目とは違う。
だから、奪うつもりで、見せつけるように書類を引っ掛けて落とし、ルーフの手を触った。
あの時の嫉妬したミヤの目は気持ちが良かった。

 だから、ミヤより先に昼休みが終わる少し前に事務所に入って掃除やお茶淹れをして先回りした。
ミヤが悔しがる顔が見たい。 

「お茶ならさっきクミンが淹れて行ったぞ」

 悔しそうなミヤの顔を見て胸がスゥーと気持ち良くなる。

「でも、ミヤの淹れてくれた茶が飲みたいから、淹れ直してくれるか? 手間をかけさせて悪いが」

 ルーフの一言で、旦那様や他の事務員も自分も淹れ直して欲しいと口々に言い、嬉しそうな顔をしたミヤの顔を見て、私の心は怒りが込み上げて、ミヤが憎い、憎いと叫んでいた。 
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