黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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24章

大女将

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 見習い達の視線が私に向き、私は笑顔のまま見つめ返す。
顔色が悪くなったのは前に居た八人以外に、私がこの大広間に来る途中で掴みかかろうとした見習いの男性と、私に「許さないから!」と言ってきた見習いの女の子に、クミンの話を信じて、私を諭そうとしてきた人達。

 ペテロピは別の意味で、赤い顔から青くなっている。
ああ、本当にペネロピにはこれが終わったら、屋敷に呼んでバーベキューか外に食事にでも誘おう。

「待って、旦那様のお母上なわけ、ないじゃ、ない? だって、『温泉大陸の黒真珠』の髪がオパール色なワケない! だって、髪も眼も黒いはず……でしょう?」

 クミンが震える声で、信じられないとばかりの目で私を見ながら言う。
その声に少し困惑する見習い達の顔は、私の髪色を見た後、黒い目と目線が合う。

 私の所へ製薬部隊のマグノリアさんが来て、髪を戻すポーションを差し出して、ルーファスがそれを受け取るとポーションを口に含み、『刻』と白字で書かれた黒い扇子せんすで顔を隠すと、私に口移しで飲ませて、お互いの髪色が黒く戻っていく。
三つ編みを解いて、少し頭を振る。

「さて、自己紹介がまだでしたね? 私は【刻狼亭】十五代目のつがいで大女将のアカリ・トリニアです。旧姓からもじり『ミヤ』と、名乗らせてもらっていました」

 私はルーファスの黒い扇子をたたんで手に持ち、エーベを扇子です。

「私は、あなたに口を利くのも、今が初めてなのだけど、あなたは私から目薬を貰ったと言うのよね? 不思議過ぎてビックリだわ」
「あ……いや、み、見間違いだったかも、しれないっ!」

 狼狽ろうばいするエーベから、隣りの六人の前を扇子ですぅーと指してから、首をかしげる。

「私、あなた達とは挨拶程度だったと、記憶しているのだけど目薬を私が渡したの? ねぇ、ハッキリ私から貰ったと言ったのだから、答えられるでしょう?」

 六人は目を彷徨さまよわせて口を開いては閉じ、声にならない答えしか出てはこないようだ。
人を散々勢いよく「コイツが主犯です!」みたいなことをしておいて、やれやれという感じだ。
最後にクミンに扇子を向け、今までのことを含めて、一番いい笑顔を向ける。

「ねぇ、クミン。あなたなら答えられるわよね? 製薬室で私が目の前に居たのにも気づかず、息子のシュトラールに『ミヤに騙されたんです』って言っていたじゃない? 息子はあなたに『嘘はないか?』と聞いた時、あなたハッキリと『嘘など一切言っていません! 信じてください!』って、言いましたよね?」
「あ……嘘……」

 いつもの物悲し気で庇護欲ひごよくをそそるような表情をわざとしているクミンの表情が、なんだか初めて本当の表情になった気がする。なにも演じることのない顔。

 クミンの後ろでは、残った見習い達が私とクミンを不安そうな表情で見ている。
従業員達は真面目な顔をして見守って入るけど、あれは絶対「大女将やったれー!」とか野次飛ばしまくりの顔だ。
みんなお祭り好きなんだから、困ったものだ。

「あら? 嘘? 私の台詞せりふだわ。私は、あなたをいつ騙したのかしら? ああ、身分は騙していましたが、それ以外で、何を、騙したというのかしら?」
「ち、違う、んです……私は……」

 顔の表情がどう作っていいのか分からなくなっているのか、クミンの表情は困っているのか笑っているのか判別つかない。膝から崩れ落ちるように床にクミンが膝をつく。

「なにが違うの? 私の従者が言ったはずです。『嘘を付くのを辞めろ』と、そして、私も言いましたよね? 『心根を入れ替えろ』と、私達の言葉はあなたには届かなかったことが、酷く悲しいです。あなたは仕事に関しては、本当に優秀だったから、期待していただけに」

 クミンが私を見上げて、目が合うと彼女は「うーっ」と唸るような声を絞り出して、土下座した。

「お願いです! 私はお役に立ちますから! 期待していたなら、もう一度チャンスを__っ」

 私の腰にしがみ付こうとしてきたクミンを、私の左右から長い足が伸びてクミンの体を踏みつける。
ルーファスの足がクミンの右肩の上にあり、グリムレインの足がクミンの左肩を押さえ付けている。

「私のつがいと従者のは、私を傷つける者を決して許さないの。与えたチャンスを無下むげにして、あまつさえ、またチャンスが欲しいなんて、図々しいですよ?」
「なんで……? 私は、ただ私を見て欲しくて」

 眉間にしわを寄せて悔しそうに涙を流すクミンの顔は、本当の顔で泣いていた。
初めから、そうやって本当の顔でやっていたら良かったのに、本当にこの子は、仕方がない子だ。

「ええ、ですから私や見習いにふんした従業員、そして小鬼見習い達が見てあげていたでしょう?」
「違う! ちゃんと、ちゃんと評価してほしかった!」
「評価した結果がコレです。あなたは【刻狼亭】には相応しくない」
「違う! 違うっ! 私には、希少価値があるの! 闇属性だって持っているし、この【刻狼亭】なら私の能力は絶対に必要、そうよ! ここは【刻狼亭】なのだから、絶対必要になる!」

 確かに、【刻狼亭】は武力には武力で対抗する、少し喧嘩っ早い従業員の巣窟そうくつではある。
そして攻撃魔法ばかりの闇属性持ちなら、ここでなら活躍できるだろう。

「クミン、あなたは【刻狼亭】を解ってない。ここは闇魔法なんて無くても、対応出来る能力持ちばかりなの。人を転ばせる程度のお遊び闇魔法はお呼びじゃないの」

 ダンッと、クミンがまだ自由な手で床を叩く。
ルーファスとグリムレインが眉間にしわを寄せるが、あえて二人を止める。

「私の希少性を解ってない!! 闇属性は滅多に居ない、属性なのよ!」

 ハァ……と、溜め息をつくしかない。
そこまで希少では無いものだとリュエールは言っていたけど、闇属性の人達は自分の生活の為に口を閉ざす為に、数が居ないと思われがちで、希少だと思い込んでいるのだろう。

「ハッ、闇属性なんぞ。見飽きておるわ」
「むしろオレの番と子供達の聖属性の方が何十倍も希少だ」

 グリムレインが鼻で笑い、ルーファスも鼻で笑う。

「お前は山一つ、闇魔法で一瞬で消せるのか? 城一つ、街一つ、家一つ、一瞬で消せるのか?」
「なっ、そんなこと……」
「出来ないのであれば、【刻狼亭】には不要だ」

 ルーファスが冷たい目でクミンを見下ろし、足を退けるとグリムレインも足を退ける。
クミンがワナワナと震え、ギッと目だけが私を見ると、チリンチリンと鈴が鳴り、私の足元が消える。
ああ、本当にバカな子だな……。

 ドシンッと氷色の竜がクミンを圧し潰し、前に居た他の見習い達も壁に押しつぶされている。
リュエールや従業員は即座に回避して、見習いの子達もついでに助けたみたいだ。
私は、ルーファスの腕に抱き上げられているので無事である。

 一応、リュエールが予測してこういう事態には備えていて、小鬼達が共有で地面が無くなった瞬間に、鈴を鳴らすように言ってあった。
一瞬の出来事も、小鬼達の目は見逃さない。
それ程に、彼らの目は優秀なのだ。だからこそ、彼らの目を壊そうとしたことを、【刻狼亭】は許しはしない__。


 パチンッと扇子を開いて閉じて、私は悪役にされた挙句、結局、悪役の親玉のような位置に自分が居るのは気のせいかな? と、頭の片隅で考えつつ、ルーファスの腕の中からグリムレインに潰されて藻掻もがいているクミンに言う。

「言ったでしょう? 私を傷つけようとした者を、私の従者は許さないと。グリムレイン、手が汚れてしまうから、もう離してあげていいよ」

 グリムレインが人型になり、クミンが可哀想なことになっていたけど、生きているようだし……これは慈悲でもある。
もし、五体満足で彼等を許してしまえば、うちの事務員テンがこの八人を魔獣の餌にしかねないのだから。
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