黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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24章

嫉妬の手

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 食堂を出てルーファスが私を抱き上げると「唇を閉じて、声は出さんようにな」と耳元で囁いて、地面を蹴ると跳躍ちょうやくして宿舎の二階の窓に飛び移り、窓から宿舎内に入ると窓から少し離れて外の様子を見る。

「はわわっ」
「ああ、すまん。変な気配がついてきていたからな」
「変な気配?」
「クミンのようだ」

 あの子がなんで私をつけ回す必要があるのやら?
ルーファスの腕の中で私も窓の外を見れば、クミンが少しキョロキョロした後で料亭の方へ向かっている。
おそらく事務所へ向かったのだろうけど、あの子本当に懲りてないな……。

「やはり、クミンはなにかしらやらかしそうだな」
「うーん。あの子、お仕事だけ頑張ってくれたら本当に良いのだけどね」
「さて、リューに怒られる前に行くか」
「リューちゃんなんの用だろう?」
「さっき、杖のことで調べろと言っていただろ?」
「もう分かったんだ。流石、小鬼達だね」

 あの子達の見た物を瞬間記憶してしまうので、映像なんかも共有で見れるのが強みだと思う。
まぁ、『テン』の小鬼はテンが色々やらかすので、「『テン』の小鬼は怖い映像ばかりだから、送らないで―!」とキャーキャー言われたりするらしいけどね。

「それでは降りるが、舌を噛まんようにな?」
「はい」
「と、その前に……」

 ルーファスの顔が近付いて唇が重なると、下唇をペロッと舐められて唇が離れる。
満足そうにルーファスが笑って、窓枠に足を掛けると落下する感覚に、ヒュンッとお腹の中がして危うく悲鳴が出そうだった。
アクロバットな移動は私には無理ぃー!!

 地面に下りると、ルーファスが下ろしてくれて、ヨロヨロしながら歩いて移動すると屋敷の庭ではグリムレインとハガネとスクルードが七輪で何かを焼いていた。

「なにを焼いてるんだろ?」
「この匂いは……チーズとベーコンとトゥートとリンゴにカスタードのようだな」
「ああ、また美味しそうなことを……」

 一体その材料でどんな料理を作っているのか気になるところだけど、近づきすぎるとスクルードの鼻にも引っ掛かるので、ここは一先ひとまず退散である。
絶対あとでハガネに料理を聞いてやるぅ―!!

 事務所へ向かうと、料亭内でクミンがフリウーラに怒られていた。
なにをやらかしたのやら? 横を通った時にカクンといきなり足がつまずいてコケそうになったのを、ルーファスに抱きとめてもらう。

「大丈夫か? ミヤ」
「うん。平気……いきなり足がカクンってなっただけなの」

 なんだったんだろう今の? なにも無いのに、いきなり足が落ちるような感じだった。
思わずクミンを見ると、クミンはフリウーラに怒られて、シュンッとしおらしい顔で涙を堪えるように小さく震えている……感じというか、演技をしている。
ハガネに演技だとバレるような嘘は止めろって言われたのに、懲りて無いなぁ。
フリウーラも困ったような顔をしていて、私と目が合うと小さく首を振る。

「フリウーラ、どうしたんだ?」
「それがねぇ、この子が事務所に入ろうとして、旦那様から立ち入りを禁止されたんだよ。そしたら、なにが悪かったのか教えてくれって……そんなのも分かんないようじゃ【刻狼亭】ではやっていけないって言われて、納得いかなかったのか、こともあろうに女将に聞くって言って、旦那様を怒らせちまったんだよ」

 あー、それは駄目だわ。
リュエールはつがいのキリンちゃんのこと大好きだから、迷惑を掛けようとした時点でリュエールの敵認定されちゃってる。

「愚かだな。つがい持ちは番を一番大事にする。その番に迷惑を掛けようとした時点で、クミン、お前は近いうち辞めることになるだろう」

 私と同じ意見に達しているルーファスがクミンにそう言うと、クミンがバッと顔を上げる。

「そんな……っ、私、悪いことなんて……グスッ」

 ___パンッ。

 うるうると瞳を潤ませて涙目で訴えるクミンが、ルーファスに手を伸ばしたのを見て、咄嗟とっさにクミンの手を叩いていた。

「あっ……」

 私とクミンどっちの声だったのか、クミンが「酷いッ!」と泣いて駆け出していき、私も自分が嫉妬して人に手をあげた事で、心臓がバクバクいっていた。
完全に私が悪者のような状態になってる……と、いうか私が悪いんだけど、手を出しちゃ駄目だった。
 ルーファスとフリウーラが「今のは仕方ない」と言ってくれたけど、叩いた手はヒリヒリして罪悪感が胸に渦巻く。
あんなミルア達と変わらないような子に嫉妬してしまうなんて、情けない。

 ルーファスに「叩いた手は痛くないか?」と聞かれたけど、痛くないと答えた。
これは、私が人に手を出してしまった痛みで、理由なんか無い、ただの暴力だ。
今まで、何度か手を出してしまった事はあるけど、全部、理由があった。でも、今回のは醜い嫉妬でしかない。
 私が自己嫌悪に陥っていると、ルーファスが「アカリが嫉妬してくれたことが嬉しいな」と耳元で囁き、手の平に回復魔法をかけてくれた。

「しかし、あの子は仕事は出来るのに、ああいうところが子供で、未完成だね」
「若いからと言って、少し査定が甘くなり過ぎていたな」

 フリウーラが腰に手を当てて、クミンの走って行った方向を見ていた。
私とルーファスは事務所の方へ行き、リュエールに「遅い!」と八つ当たり気味に怒られてしまった。
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