黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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23章

魔王城

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 黒色を基調とした【刻狼亭】の斜め向かいにある屋敷も黒色を基調としているが、門扉の奥は広い中庭があり、その中庭から従業員宿舎と間には薬草園や花壇、そして温泉鳥の治療中の鳥達が治るまでの治療小屋がある。
温泉大陸の『魔王城』____そう呼ばれている一角である。

 大人のスクルードからの情報で、この屋敷に異世界人が現れること、そしてそれを捕まえる為に、隙を作る為にもルーファスはあえて「事務所に子供達の安全面について警告と、最近の盗難事件を時系列で調べさせて来る」と言い出掛ける。

 門扉から出て行き、ハガネの匂いが近くからしていることから、大人のスクルードも近くに居るのだろうと、はらわたの煮えくり返る思いで屋敷を後にする。
大事なつがいと子供から離れたくはないのを、グッと我慢するしかなかった。

「さぁ、スーちゃん。父上が居ない間に、美味しいオヤツ作りますよー!」
「おやつー! なーに! なーに!」
「なにかなー? なにが良いかなー? あはは、足にしがみ付いちゃダーメ。動けないよー」
「おやつぅー!」

 楽し気な声がルーファスの耳に届く。
獣人だからこそ、戸締りをしっかりさせていても、屋敷の中の声がこうして聞こえているのだ。
ドラゴン達も協力している為に、アルビーの透明化魔法で上空で待機している。

 なにもするなと言われてはいるが、「近くに居て」と言う言葉にアカリに気付かせないように動けという事なのだろうと、【刻狼亭】に入るとすぐさま獣化して料亭内の厨房から外へ出て、屋敷の庭の木陰に身を隠す。
匂いと物音に全神経を集中させて、自分の気配を押し殺すものの、アカリのすぐそばで守っておきたい気持ちが強すぎて殺気が駄々洩れしている。

「スーちゃん、はい。卵の殻をポイポイしてね」
「あい! ぽいぽいー!」
「はい。お利口さんだよ~」

 呑気で明るいアカリとスクルードの声に、殺気も少し静まり、数十分程アカリとスクルードのやり取りが続き、甘い香りが屋敷からしてくる。

「ジャーン! 母上特性、お芋さんのモンブラン!」
「おももさんの、もんぷー!」
「スーちゃん、お茶とジュースどっちにしようかー?」
「おちゃー!」
「おお! スーちゃんもほうじ茶のお味が分かるようになりましたか! 流石、二歳になっただけのことはある!」
「スー、にさーい!」
「あらら? お手々、三本だよー?」

 のんびりとした日常の笑い声に、何事もなくこのまま今日は過ぎてしまう気さえしてしまう。
しかし、門扉が静かに開き、誰も居ないのに閉まったのを見て、緊張が走る。
侵入者の匂いに鼻を動かし、地面を歩く物音に耳をそばだてる。 

 縁側の近くで物音は止まり、匂いはそこから動かない。
縁側の奥の大広間では、アカリとスクルードがおやつを食べながら、「おやつを食べ終わったらなにをしようか?」と楽しそうに話している。

 縁側と大広間の間には硝子ガラス戸で仕切られている為に、大広間へ縁側から入る為には硝子戸を開けねば入れない上に、用心の為にアカリが硝子戸に内側から鍵をしている。
硝子に白い息がかかるのを部屋の中に居るアカリ達は気付いていないが、外に居たルーファスは見ていた。
 絶対にあの硝子戸を浄化魔法で綺麗にするか、新しい硝子に取り換えよう___
そう思ってしまったのは仕方がない。

「はい。ご馳走様~」
「あい! ごたまいまい!」
「じゃあ、私はお皿を片付けるから、そこで大人しくしててね?」
「あい!」

 アカリがお皿とコップを持って台所へ行くと、硝子戸の前に男が現れる。
茶毛の天然パーマの男で、目元は髪でよくは見えない。手足の長い男でダルッとした薄手のトレーナーの上にダッフルコート、下はジーンズで膝の所が擦り切れている。
コンコンッと小さく硝子戸を叩き、トコトコと部屋の中に居たスクルードが硝子戸に近づいていく。

「うー?」

 コテンと、首を傾げるスクルードに男が手招きする。
家の中というテリトリーに居るせいか、スクルードの警戒心は低いのか子供ゆえなのか、男が手を振るのを尻尾を振って、目で追っている。
男の手は内側の鍵の所に行き、左回りにくるくると指を回していて、スクルードはその指を追って硝子戸を手でパチパチと叩いている。
回すという動きをスクルードはまだ訓練中で覚えていないのもあってか、内鍵が開くことはなかったが、それを見ていたルーファスは内心いつ飛び出すべきか肝を冷やしていた。

 腕輪が震え、ルーファスが出るとドラゴン達もヤキモキしていたようで、『もう捕まえよう!』と騒いでいる。

「まずは逃げられない様に庭の周りをグリムレインの氷で透明度の高いあるかないかも解らないぐらいの氷を張れ」
『わかった』
「異世界人が透明化したらケイトの花から採取した色絵具で各自空から散布しろ」
『了解!』

 男は硝子戸に白い息を吐き、『かくれんぼ』と書くと、スクルードが「するー!」と声を上げる。
その声に気付き、アカリが台所から戻ってくると、スクルードがアカリの方を向いた瞬間、男は姿を消して硝子戸の文字を消してしまう。

「どうしたの? スーちゃんなにか言ってた?」
「かくえんぼするー!」
「隠れんぼ? お家の中でするの?」
「おんもー!」

 スクルードが外を指さし、アカリが困った顔をする。
アカリが庭を見て「寒くなかったらね」と言うと、ルーファスが風魔法で木々を揺らし、それを見たアカリは首を横に振る。

「お外、風が強いからお家の中で遊びましょうね」
「うーっ、かくえんぼー」
「お家の中でかくれんぼしようね。じゃあ、鬼は私が先にやるから、スーちゃんは、すぐに逃げること!」
「きゃー!」

 アカリが両手をワキワキさせて追い駆ける振りをすると、スクルードが笑いながら声を上げて屋敷の中を走って行く。アカリが五秒程してスクルードを探しにゆっくりと屋敷の中を歩いていく。

「チッ」

 舌打ちの声がして、硝子戸の外に男が現れると自分のダッフルコートを手の先まで伸ばして、硝子戸を押さえるようにして鍵部分を叩く。

 男が硝子戸にヒビを入れた瞬間、硝子戸の後ろに人影が写り、男が後ろを振り向く。 

「はーい。そこまでだよ」
「人ん家の庭で、なにしてやがんだ!」

 大人のスクルードが「まったく、チビッこい俺が危うくトラウマ埋め込まれるとこだった」と苦笑いし、ハガネが「ったく、鍵開けてたら今頃、お前を殴ってるとこだ」とスクルードを小突く。

 二人のやり取りの最中に男が透明化すると、二人が同時に硝子戸に透明化した男を押し付ける。

「透明化しても、捕まえちゃえば逃げようがないよ?」
「すり抜けられねぇ能力なら物理で充分だ」

 コッキンと妙な音がすると、二人は押さえつけていた男の感触が変なことに気付く。
透明化が解けたのか、二人が手で押さえていたのは男の着ていたダッフルコートと薄手のトレーナーだけが残っていた。

「うっそ!?」
「マジかよ!?」

 自分の関節を外して上半身裸で逃げる男はそのまま、また透明化して姿を消してしまう。
庭を走る物音に二人が耳を傾けると、空からオレンジ色の液体が降り注ぎ、ドラゴン達が空から屋敷を見張って旋回を始め、オレンジ色の人型が動いているところへ黒い影が飛びつき、唸り声を上げながら噛みついている。

「うわぁー……父上出てきちゃってるし」
「大旦那、程々にな」

 スクルードが「あちゃー」と言いつつ肩をすくめ、ハガネは面白そうに見物というところで、ドラゴン達は「いけー! ルーファスやっちゃえー!」と野次を飛ばしている。
 その騒ぎに屋敷の中に居たアカリが気付き、チビッ子スクルードを腕に抱いてやってくると、悲鳴を上げる。

「もう! 硝子にヒビが入ってるじゃない! 遊ぶ時は縁側から離れなさいって言ってるでしょー!」

 ドラゴン達に向かってプンスカと怒りの声を上げ、庭がオレンジ色になっているのも見て、それも「なにしてるの! あなた達は!」と大きな声で怒るのだった。 
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