黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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23章

大人スクルード

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 スクルードが笑顔で神社の境内を走って、私とルーファスの元へ駆けて来る。
その後ろで、六角帽子を脱いでサングラスを外した髪の長い男性の頭から黒い三角耳と金色の眼が光る。

「ははうー! あっ、うにゃっ!」

 派手に転んでスクルードが、ふるふる震えてくしゃくしゃの顔で泣く寸前になる。私は慌ててスクルードに駆け寄って抱き起こして、ケープと着物に付いた土を手で落とす。

「うー……うにゃぁああぁ」
「泣かないで、いつもより厚着だから、痛くない、痛くないよー」

 ハガネが厚着をさせてくれているおかげで、怪我も無いし転んで驚いただけだから、私は仕方がない子だなぁと眉尻を下げて、背中をトントンと叩く。

「ふふっ、俺ってばガキの頃、泣き虫過ぎでしょ」

 クスクス笑って男性は私とスクルードの方へ歩いてくる。
スクルードをグッと抱きしめて、身を硬くするとルーファスが私とスクルードの前に立つ。

「それ以上、オレの家族に近づくな!」

 唸り声を上げてルーファスが威嚇すると、男性は肩をすくめて両手を上げる。
ハガネが溜め息交じりに歩いてきて「なんで来ちまうかなぁ……」とブツブツ言っている。
訳知り顔のハガネがスクルードを連れて出て行ったから、ルーファスがハガネの匂いを辿ってここまできたら、なんだか話が、未来の話のようで、目の前の彼はスクルードだと、ルーファスが遠く離れた境内の鳥居の下で聞いていた。
私はそれを掻い摘んで聞かされただけだけど、確かに目の前の彼はスクルードに似ている。

「怖い顔しないでよ。息子相手にそういう顔するのはどうかと思うよ?」
「確かに、匂いはスクルードのものだが、信用は出来ない」
「うん。それでいいと思うよ。本来、会うつもりも関わるつもりもなかったし、アーネスさんの最期のお願いで仕方なく、姿を現すしか無かっただけだからね」
「お前が、アーネスの名を口にするな!」

 ヴヴヴッとルーファスが唸り声を上げると、ハガネが頭を掻きながら、二人の間に入って両手で二人の間の距離を取らせる。

「待てって。なんで喧嘩腰になってんだよ? ったく、頭冷やせ! アーネスの爺さんに最期を良いもんにしてやりたかったっつーのは、きっと、大旦那やアカリ、俺達が望んだことをスーが代わりに叶えてくれただけだろうが! 今のスーのチビッこい頭でアーネスの爺さんがどうこう言ってもわからねぇのに、大人のスーが動いてるとしたら、俺達大人が、こいつに背負わしちまったんだろ!」

 確かに、この幼いスクルードにアーネスさんを覚えていることはできないと思う。覚えていたとしても『もぐもぐの人』というぐらいだろう。
きっと、違う未来では、アーネスさんのことを私達が悔やんで声に出してしまったのだと思う。
ルーファスが殺気立つのは、アーネスさんの死を心がまだ受け入れるには早すぎて、納得を求めているからだと思う。

「俺は別になんとも思って無いよ。ただ、【刻狼亭】の元料理長の名に汚名がついてしまうことを、従業員達や俺の家族が気にしてたから、変えただけ。辛気臭いの嫌なんだよね、俺はさ」

 ニッと笑って大人のスクルードは、六角帽子をまた被る。
ルーファスは私達の前に立ったまま、警戒を解かずにいて、私はスクルードの顔を布巾で拭いて頭を撫でると、スクルードは大人のスクルードに「かみさんー!」と元気に言う。

「あの、「かみさん」って、なんで大人のスクルードが「かみさん」なの?」
「ここを俺がこの時代の根城にして、ハガネとチビッこい俺が「神様」って拝んでるところに出てきちゃって、それ以来、神さん呼ばわり」

 確かに、この神社は年末年始と行事の時しか参拝客も居ないし、根城にするには一目にもつかない場所かもしれない。
しかし、自分を神様呼ばわりとは……スクルードの将来が心配……いや、目の前に将来の姿がいるのだけどね?

「かみさん、ははうー、なおったー!」
「うん。良かったね。チビッこい俺」
「どういうことだ? アカリが治った?」

 ルーファスが怪訝けげんな顔をすると、ハガネがヒドラの七つ目の首を教えてくれたのは、大人のスクルードだと教えてくれて、ルーファスが少し困った表情で私を見る。

「ルーファス、顔を見てもスーちゃんだと思いますし、アーネスさんも死後汚名を残してしまうより、きっとこの方が良かったんじゃないかな? ね?」
「ハァ……そうだな。アカリを助けてもらったとあっては、礼は言わねばな‥‥…」

 眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をするルーファスに、大人のスクルードはカラカラ笑う。

「いいよ、父上。別に俺の母上を助けてあげたかっただけだし。あれは教えなくても時間をかければ、そのうちたどり着けた答えだしね。まぁ、おかげで俺の魔法の開花が早まったのは、今の俺にも影響が出て、魔法のコントロールが良くなったしね。あっ、そうだ忘れてた。母上にお土産があったんだ」

 大人のスクルードの背中に黒い羽が生えると、手の平から鍵を出して空間を探り、大きめの段ボール箱を取り出す。
段ボール箱の箱は『美味しいみかん!』とロゴが入っていて、どう見ても私の元居た世界の物だった。

「その段ボール箱……異世界の、だよね?」
「うん。そうだよ。俺、母上が異世界召喚されてるから、その影響で異世界に渡れるんだよね。まぁ、その分、この世界への影響を考えて持ち込めない物とか、母上やアリスさんにギャースカ言われたりするけどね」

 ギャースカ……って、うちの子が田中賢治のような危ない人になってはいないだろうか?
大人のスクルードが、私に段ボールを「はい。あげる」と目の前に置く。

「えっと、これなに?」
「開けて見れば分かるよ」

 段ボール箱のガムテープを剥がすと、中に入っていたのは私が元の世界に置いてきた家族アルバムだった。
10冊は私の小さい頃のアルバムで、妹や弟が生まれてからの物はデジカメや携帯が支流だったから、写真として現像したものは3冊くらいしかない。
涙がじわりと溢れてきて、アルバムを抱きしめると少し懐かしいお線香のような匂いがする。

「持って、きてくれたの……?」
「うん。母上のお友達の香夏子さんがアルバムとか管理しててくれて、事情を話して譲ってもらったんだ」
「香夏子……佐々木香夏子ささきかなこのこと?」
「今は、丸山香夏子って名前で、母上の親戚の信明のぶあきさんと結婚してる」
「カナッペが、信明兄のぶあきあんちゃんと!? 嘘っ! 本当に!?」

 なにがどうして、そうなったのー!? と、アルバムで感動して泣きそうだった涙も驚きで引っ込んだ。
大人スクルードは「探し出すの大変だったんだから」と褒めてと言わんばかりに尻尾を振っていて、頭を撫でてあげたいけど、私より四十センチ以上高い息子の頭を撫でるのは出来なかったから、小さなスクルードの頭を撫でておいた。
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