黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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23章

レシピ

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 アカリとルーファスが屋敷でアーネスの風呂敷包みに目を奪われている間に、ハガネはスクルードを連れて屋敷の庭を出る。
目の前にはヒョイヒョイと足軽に歩く青年スクルードが居る。

「待て! スー、お前何考えてやがんだ!」
「うー?」
「いや、お前じゃねぇよ? ったく、ややこしいな!」
「かみさんー! うーっ! いたー!」

 青年スクルードを追うハガネの腕の中で、チビッ子スクルードが両手をバタバタさせて騒ぎ、ハガネの肩によじ登るとハガネの耳を掴んで「まてー!」と鬼ごっこ気分で楽し気な声を上げる。

「あはは。なんか面白いなぁ」
「俺は全然面白くねぇよ! ったく、お前は何がしたかったんだよ!?」
「んーっ、歴史の改ざんだよ。アーネスさんの歴史を書き換えただけ」
「ハァ!? アーネスの爺さんの死はお前のせいかよ!?」
「違うよ。あれはアーネスさんの寿命だよ」

 神社の境内まで来ると青年スクルードが立ち止まり、両手を上げて伸びをする。
追いついたハガネの頭からチビッ子スクルードがするすると降りると、青年スクルードの足にしがみ付く。

「かみさんー! とったー!」
「流石、俺! 俺の神さんは俺ってねー!」
「自画自賛してねぇーで、アーネスの爺さんの何の歴史を変えたんだよ?」

 境内の狼の像の上に座り、チビッ子スクルードを青年スクルードが膝に乗せて、焼き芋をハガネに半分差し出す。
ハガネが溜め息をつきながら、焼き芋を受け取り口に運ぶ。
青年スクルードが半分こにした焼き芋を、小さく千切ってチビッ子スクルードに分けながら自分の口にも運ぶ。

「アーネスさんのレシピで人が死んでしまう歴史を変えたんだよ。あのレシピはね、魔石が満ちる前の料理素材や魔獣の肉とかだから、今の魔力が満ちた状態のモノは使えないんだ」
「それでお前は盗んだわけか? でも戻したって事は、ヤバいのは消したか抜いたんだろ?」
「そう。墨で塗りつぶして、アーネスさんが書いた手紙を父上に届けたの」
「待て、手紙つーことは、お前、アーネスの爺さんに会ったのか?」

 青年スクルードはニッコリ笑って頷き、「俺、こんなチビの時にしか会ってないからねー会ってみたかったんだよ」とチビッ子スクルードを上に持ち上げて目を細める。

「でもよ、それなら……お前が姿をアカリに見せなきゃ、大旦那は、生きてるアーネスの爺さんに会えたんじゃないのか?」
「ううん。俺が介入しない時間軸だと……アーネスさんの死はもっと早かった。俺が母上の前に姿を現した馬車が暴走した時に、巻き込まれて死んでた。レシピも、息子のリグリスさんが遺品整理でアーネスさんを慕う他の料理人にレシピをあげてしまって……死人が出ることになって、アーネスさんの今までの料理人としての人生に汚点を残すことになったんだ」

 自分の死後、自分が書いたレシピで人が死ぬような料理が作られたら、死んでも死にきれないだろうとハガネも思う。

「じゃあ……アーネスの爺さんは、本当に寿命だったんだな……」
「うん。父上にとって、アーネスさんは大事な人だったから、歴史に影響が出ない程度の書き換えだよ。まぁ、レシピの料理で死ぬはずだった人達は、別の料理で亡くなってしまうのは変えられなかったけど、でも、歴史としては辻褄つじつまが合うから、そのままだよ」

 大きく歴史を変えれば何かしら起きてしまうのは避けられはしない。だからこそ、時間移動の魔法や魔道具は秘匿されがちで、【刻狼亭】の時間移動の魔道具も19代目に渡るまでは使われずに封印することになったのだ。

「お前は、歴史に介入して大丈夫なのか? ああいう魔法や魔道具の類は自分の存在を消しかねねぇんだぞ?」
「ふふっ、ハガネは同じ事言うね。まぁ、この魔法は俺の能力だから何とでもなるよ」
「また変な能力を持ってんなぁ」
「母上が時間移動の魔道具を使って【刻狼亭】の歴史を変えた後に生まれたからね。能力が母上の身に起こったものをコピーする能力っていうのかな? わりとなんでも出来ちゃうんだよね。魔力第一世代だからさ」

 青年スクルードがチビッ子スクルードの頬っぺたをぷにぷにと突くと、ガブッとチビッ子スクルードに指をかじられて「俺ってば凶暴!」と笑い声を上げる。

「魔力第一世代? なんだそりゃ?」
「魔獣の王が倒されて、魔力が満ちている時代に生まれた子供のことだよ。一番魔力が強い時代の子供で、温泉大陸の魔力の濃い場所で育ったから、温泉大陸出身の魔力第一世代は化け物呼ばわりされてる」
「じゃあ、シャルなんかもそうなるのか……」
「シャルは、どうかなぁー? シャルって物静かで大人しいし、引っ込み思案だから……ああ、でも魔法はすごく綺麗だよ。芸術的ってやつかな?」

 スクルードがポーションホルダーの中から手の平サイズの写真を取り出してハガネに見せる。
写っているのは、ドラゴン達と大人になったトリニア家の人々にハガネだが、真ん中にいる二人の人物に目が留まる。

「この真ん中の二人、アカリと大旦那に似てる気がすんだけど?」
「うん? 父上に母上だよ?」
「いやいや、こいつ等何歳だよ!?」
「六十半ばじゃないかな? それにハガネも変わってないじゃない?」

 写真に写るハガネも今と変わらず、誰の子かは分からないが、おそらくトリニア家の誰かの子供達を両手に抱えて笑っている。見た事のない顔もいるが、おそらく誰かしらの子供か家族になった者なのだろう。

「あー……確かに俺も変わってねぇけど……アカリと大旦那変わらなさ過ぎだろ……シューでさえ、それなりなのによ」
「シューにぃは、リュー兄に自分の若さを横流ししてるからね。キリンねぇが歳取らないのにリュー兄だけ歳取るのは考えちゃうじゃない?」
「あいつ、んなことしてんのかよ……」
「双子ってそういうもんでしょ? 今もやってるはずだよ。疲れをとるとか言いながら……シュー兄はそういうとこあるから」

 一人、歳を取っていく双子の兄を若いまま見送りたくはないのだろう。ハガネもそれはわかる。

「これがシャル。んで、シャルの婚約者のヒナイ。大人しすぎる二人だから、よく婚約まで持ってこれたなーって俺は思うよ」

 写真に写る黒髪、黒目の綺麗な女性が赤ん坊のシャルだとは驚きもあるが、面影はある。婚約者のヒナイという黒髪、黒目の男性も見たことがある顔をしていて「うん?」と首をひねる。

「こいつ、見たことある気がすんだよな……」
「ヒナイは東国のカイナ王の第一王太子だけど、王位を放棄して海運業をしてるよ」
「あーっ、カイナの子供か! どうりで見たことあるわけだ」

 そう言われてみれば、カイナに似ていなくもない顔立ちだが、大人しい感じではある。
しかし、随分みんな大人になったものだと思う。
そして、この写真に一人写っていない人物に気付く。

「スー、この写真……お前写ってないじゃねぇか」
「だって、写真撮ったの俺だからね」

 本当にそうか? と、言いかけてハガネは口をつぐむ。
もし、これがスクルードが消えてしまった未来のもので、目の前のスクルードがこの写真に自分が映るまで時間を修正しているのだとしたら、どんな言葉をかければ良いのか、ハガネの中にその答えは無い。

「お前、この時代のアーネスの最期を修正する為に居たんだったら、そろそろ帰るのか?」
「ううん。俺の目的は、異世界人を見つけ出して異世界に送り返す事だから、そいつを探し出すまでは帰れないんだ」
「異世界人? アカリやアリス以外にこの大陸に居るのか?」

 青年スクルードは頷いて、チビッ子スクルードをハガネに返すと、「なんだ、来ちゃったんだ」と狼の像から降りて、神社の入り口を見ると、ルーファスとアカリが困惑した顔をして立っていた。
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