黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

文字の大きさ
上 下
758 / 960
23章

秋の別れ

しおりを挟む
 【刻狼亭】の古株で長年、料亭の料理長として数々の人々の舌を唸らせてきた職人アーネス・ネイト。
若い頃は世界中の料理を食べ歩き、食を極めた伝説の料理人。
ただし、彼の伝説は食だけではなく、各地で食材として様々な魔獣を倒して回った事から、【魔獣食材人】という変な称号が付くぐらいの腕っぷしの料理人だった。

 私がルーファスに拾われて料亭で最初に食べたお料理も、お誕生日や年始のお祝い事や各行事で出された料理全てがアーネスさんのものだった。

 私も二十年以上の付き合いになるけど、ルーファスは四十年以上アーネスさんと付き合いがあり、自分の父親よりも関わりのある人だったから、アーネスさんが亡くなって葬儀の間は色々思うところがあったのかもしれない。

 ルーファスが風呂敷の中身を聞きに、アーネスさんの家を訪れた時にはもう亡くなっていたらしくて、お茶を淹れて飲んでほっと一息ついた時に亡くなったようで、穏やかな顔でまだ温かい湯飲みを手に持ったまま亡くなっていたそうだ。
 私とスクルードと会って、そう時間の経っていなかったから、生きているアーネスさんを見たのは私達が最後になる。あのしわの刻まれた柔らかな笑顔が、最後に見たアーネスさんの顔になった。

「大往生ですよ。親父も九十歳近かったですしね」

 息子のリグリスさんはそう言って、穏やかな顔でアーネスさんが逝けたのは良いことだと言っていた。
アーネスさんは温泉大陸の墓地にあるトリニア家の先祖代々のお墓の近くに埋められ、従業員総出で別れを惜しみつつも見送った。

 墓地から人がまばらに帰り始め、私とルーファスが最後に残った。
知っている人が亡くなるのは、いつだって悲しい。ルーファスに寄り添うと肩を抱かれて、「もう帰ろう」とうながされる。
小さく頷いて、私達は静かにその場を後にした。

「アーネスは、最後に何を持ってきたのだろうな……」
「入国記録には載っていなかったの?」
「黒水晶の入国証明札を持っている者は、【刻狼亭】の従業員やこの大陸の住民達になるが、入国で不審な者もいない。入国詐欺をするには黒水晶の札は魔法でかなり厳重に偽証できないようになっているから無理なはずだ」
「スーちゃんが知っているっぽいのに、あの子じゃ答えようがないから難しそうだね」
「ああ。最近、スーはエルシオン達と遊びによく出掛けるから、そっち方面でも聞いていくしかないな」

 喪服を着替え終えて、夫婦の部屋から大広間に向かうと、庭でハガネとスクルードが焚火たきびをしながら木の枝でサツマイモを焼いている様で、縁側に壺に入ったバターとお皿が置いてあった。

「ハガネ、ただいまー。スーちゃんを見ててくれてありがとうねー」
「おう、おかえり。芋がそこにあるから食ってていいぞー」
「はーい……って、無いけど?」
「んあ? そんなハズねぇんだけど……」
「かみさん、とったー!」

 スクルードがそう言って、ハガネが「あー……」と、言った後、「クロかフェネシーが食ったのかもな」と言葉をにごす。
けれど、私は確かに「かみさん、盗った」と聞こえた気がする。

「スーちゃん、かみさんって人がここにまた来たの?」
「あい!」
「スー! その話を詳しく話せるか!?」

 ルーファスも縁側に出てスクルードに問いかけると、ハガネが眉間にしわを寄せながら、頬を掻いてスクルードを抱き上げる。

「かみさんっつーのは、神社の神様のことだよ。スーの見えないお友達っつー奴だ」
「うーっ! かみさんいるもー!」
「はいはい。今度また神社に行ってこような」

 ぽふぽふとスクルードの頭を叩きながらハガネが言うが……それでは、私が見たあの男性を「かみさん」と言ったスクルードの説明がつかない。
ハガネは飄々ひょうひょうとしているから表情が読み取り辛いけど、長年一緒に暮らしてきたのだから怪しいことだけはわかる。

「ハガネ! なにか知ってるなら教えて! なんであの人がアーネスさんが持ってきた荷物を持ち去ったのか知りたいの!」
「あー、だから、スーが最近、色んなもんを「かみさん」って言ってるだけだからな」
「私はスーちゃんから、そんなの聞いた事ないよ! 男の人にハッキリ「かみさん」って言ったもの!」

 私とハガネのやり取りに、ルーファスが「ハガネ、知っていることを言え」と低く唸るように声を出す。
ハガネが片目を開けて、少しだけ考えこんでからスクルードを抱き直す。

「後で会えたら聞いてみる。会えなかったら諦めろ。あいつは敵じゃねぇし、きっと何か理由があるはずだ。ったく、そんなに睨むな! アカリも大旦那も、ここはスーに免じて見逃しといてくれ!」
「意味が分かんないよ!」
「俺もあいつに関しては、ワケわかんねぇんだよ! 神出鬼没だしよ、それに俺が喋ってスーに何かあれば、そっちの方が問題だろうが!」

 益々意味が分からないけど、あの男にスクルードに何かされてしまうという事だろうか? 不安になってルーファスを見上げると、ルーファスはかなり怒っていて牙を剥いて唸り、髪や耳や尻尾の毛並みが逆立っていた。

「オレの家族に手を出す奴は、誰であろうと許さんっ!」
「あー、もう! だーかーらー、大旦那もアカリも少し待てって! あいつがスーをどうこうする訳じゃねぇし、それでもスーが危険なことになるかもしれねぇ、だから、今は大人しくしててくれ!」

 カタン……と、後ろの机から何かを置く音がして振り返ると、アーネスさんの風呂敷包みが置いてあった。

「あ……っ、いつの間に!?」
「オレに気配を悟らせないだと!?」

 ルーファスが獣化して鼻をヒクつかせて風呂敷の匂いを嗅いで「わからん……」と声を絞り出す。
床や机の匂いを嗅いだけど、侵入者の匂いがしないらしい。
獣化を解くと風呂敷包みを開き、中にあった木の箱を開ける。
中には古びた紙の束が入っていて、植物や魔獣の絵に料理の絵が描いてあることから、料理のレシピだということがわかる。
一番下に真新しい手紙が封をして置いてあった。

 ルーファスがその手紙の封を切って静かに目を通し、途中で目頭を指で押さえながら唇を噛んで泣くのを堪えているような顔をしている。

「ルーファス……大丈夫?」
「……ああ。アーネスに、今度、酒でも持っていかないとな……」
「お手紙はなんて……?」
「オレの子供の頃の思い出話と、アカリと子供達のこと、それと、このレシピは【刻狼亭】に寄贈してくれるらしい」
「そう。……でも、所々、このレシピ黒く塗りつぶされてるね」

 真新しい墨だから、アーネスさんが使えないと判断したレシピかもしれない。
私達が手紙とレシピに夢中になっている間に、ハガネはスクルードを連れて姿を消していたけど、アーネスさんの風呂敷包みが戻ってきたのは良かった。
しおりを挟む
感想 1,004

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

婚約者である皇帝は今日別の女と結婚する

アオ
恋愛
公爵家の末娘として転生した美少女マリーが2つ上の幼なじみであり皇帝であるフリードリヒからプロポーズされる。 しかしその日のうちにプロポーズを撤回し別の女と結婚すると言う。 理由は周辺の国との和平のための政略結婚でマリーは泣く泣くフリードのことを諦める。しかしその結婚は実は偽装結婚で 政略結婚の相手である姫の想い人を振り向かせるための偽装結婚式だった。 そんなこととはつゆ知らず、マリーは悩む。すれ違うがその後誤解はとけマリーとフリードは幸せに暮らしました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。