751 / 960
23章
青年は笑う 終
しおりを挟む
夏の日射しで陽炎が見えそうな暑さの中を、大きな影と小さな影がのんびり歩いている。
片手には四角い物が入った風呂敷と水筒を持ち、もう片手には直ぐに走り出してしまう危なっかしいチビッ子と手を繋いでいる。
「はにゃー! うしー!」
「ああ、牛蝉も暑さで転がってんなぁ。バッチィから触んなよ?」
ようやく二人は目的地に着く。
温泉大陸に古くからある神社にハガネとスクルードは二人で訪れていた。
狛犬でも狐でもない、狼の形をした像が、入り口に口を開けたものと、閉じたものが置いてある。
『始め』と『終わり』を表す石像で、魔除けの像とも言われている。
「はにゃー、かみさんー!」
「こら、スー、まずは境内で手を洗ってからだ」
「うー?」
「そういうもんなんだよ。こないだのは、ちっと、行儀が悪かったからな」
境内の水場で柄杓で手を洗い、祭壇の中に入ると四聖獣の上に鎮座している麒麟の像の前に立ち、柏手を打つ。
「かみさんー、ははうー、なおったー!」
「神さん、あの時は有り難うございました。お蔭で主君を失わずにすんだ。これからも、家族が元気に過ごせるように、よろしくお願いします」
「おにゃにゃーます!」
スクルードがペコリと頭を下げると、ハガネが「上出来」と頭を撫でて、持ってきた風呂敷の中からお重を取り出す。
重箱の中にはハガネお手製の柏餅が、右から味噌餡、こし餡、よもぎ皮の粒餡が五つずつ入れられている。
「はにゃー、おもち!」
「ああ。これは神さんの分だ。スーのは家に帰ってからな」
「んふーっ」
「いい顔してるけど、駄目だかんな?」
上目づかいでスクルードが期待した目をして、ハガネが「仕方ねぇな」と言って、重箱を持ち上げて「一個貰います」と言い、スクルードにどれが良いかを選ばせる。
スクルードがこし餡の柏餅を一つ取り、直ぐに口に運ぼうとするのをハガネが慌てて止める。
「スー、その大きさじゃ喉に詰まる。お前に何かあったら、アカリにオレが殺されちまうだろ?」
「うー! おもちー!」
「切り分けてやるから、待ってろって」
ハガネが浴衣の懐から、竹楊枝を取り出して器用に切り分けて四等分にしてから、スクルードに食べても良いと言う。
ついでに持ってきた水筒で麦茶を入れてスクルードに持たせる。
「美味いか?」
「んまーっ!」
「食ってる時の顔はアカリそっくりだな」
ハガネが柏餅をもちゃもちゃと食べているスクルードを見て笑いながら、境内を見つつ「あの時の神さんは、なんだったんだろうな?」と小さく呟く。
確かに、何処かで聞いた覚えはあるが、知り合いにあの声は居ない。
でも、自分を知っていて、ヒドラの事を知っていた。
ふぅと息を吐きながら、お重の中の柏餅に無意識に手を伸ばすと、指に何かが触れた。
「わっ!」
「えっ!」
「うー?」
ハガネが振り返ると、お重に手を伸ばして驚いた声を出した青年と目が合う。
スクルードがコテンと首を傾げ、ハガネはマジマジと青年を見つめ、青年は「あちゃー」と声を出す。
黒くて長い髪に三角の耳に尻尾は黒狼族である。
そして金色の瞳に黒い粒子が煌めいて見える瞳に見覚えがある。
なにより、顔立ちがアカリとリュエールに似ている。
横に居るスクルードを見れば、同じ様な顔で柏餅を両手で口に入れている。
目を逸らす青年の腕を掴み、ハガネが眉間にしわを寄せる。
「えーと、手を放して欲しいなー……なんて」
「お前……スーか?」
「あー、うー……母上と父上には内緒ね?」
笑顔で口元をヒクつかせながら、ハガネが何か言ってやろうと思うが、溜め息をハァーッと吐くだけで終わらせる。
「ったく、なにしてんだよ、お前は」
「……むぐむぐ、ハガネの柏餅は美味しいよねー。えへへー」
「アカリを助ける為に、時間を移動したのか?」
「それはついでかな? 俺の助言が無くても、ちゃんと父上は母上を助けれたしね。時間は多少掛っただろうけど」
「ほーん。んで、お前はスーの大きくなった姿って事は、羽のことはどうなってるかわかんのか?」
「ああ、俺は先祖返りみたいなもんだよ。元は黒狼族は黒天狼族って羽のある獣人から始まってるから、その名残りで魔法を使うと出ちゃうんだよね」
指に付いた柏餅の餡を舐めながら、青年スクルードは笑って小さなスクルードの頭を撫でる。
「俺、小さい頃メチャクチャ可愛いくない?」
「ガキの頃は皆可愛いもんだ」
「ハガネは今も昔も変わんないなー。さて、俺はそろそろ行くよ」
「ああ。元気でやれよ」
「うん。あっ、そうそう。毒蛇なんだけど、グリムレインと母上で聖水でも雨みたいに降らせれば毒は消えるから、蛇が冬眠する前にやっちゃった方がいいよ」
「わかった」
「じゃー、俺、行くねー! ハガネ、秘密だからねー!」
ニッと笑うと、青年スクルードは黒い羽を出して姿を消した。
「ったく、トリニア家の奴等はせわしねぇーな」
「うー?」
「さて、俺等も帰るか」
「あい! かえるー!」
重箱を片付けてハガネが、「とんだ神さんだったな」と笑いスクルードの手を引いて境内を出て行く。
片手には四角い物が入った風呂敷と水筒を持ち、もう片手には直ぐに走り出してしまう危なっかしいチビッ子と手を繋いでいる。
「はにゃー! うしー!」
「ああ、牛蝉も暑さで転がってんなぁ。バッチィから触んなよ?」
ようやく二人は目的地に着く。
温泉大陸に古くからある神社にハガネとスクルードは二人で訪れていた。
狛犬でも狐でもない、狼の形をした像が、入り口に口を開けたものと、閉じたものが置いてある。
『始め』と『終わり』を表す石像で、魔除けの像とも言われている。
「はにゃー、かみさんー!」
「こら、スー、まずは境内で手を洗ってからだ」
「うー?」
「そういうもんなんだよ。こないだのは、ちっと、行儀が悪かったからな」
境内の水場で柄杓で手を洗い、祭壇の中に入ると四聖獣の上に鎮座している麒麟の像の前に立ち、柏手を打つ。
「かみさんー、ははうー、なおったー!」
「神さん、あの時は有り難うございました。お蔭で主君を失わずにすんだ。これからも、家族が元気に過ごせるように、よろしくお願いします」
「おにゃにゃーます!」
スクルードがペコリと頭を下げると、ハガネが「上出来」と頭を撫でて、持ってきた風呂敷の中からお重を取り出す。
重箱の中にはハガネお手製の柏餅が、右から味噌餡、こし餡、よもぎ皮の粒餡が五つずつ入れられている。
「はにゃー、おもち!」
「ああ。これは神さんの分だ。スーのは家に帰ってからな」
「んふーっ」
「いい顔してるけど、駄目だかんな?」
上目づかいでスクルードが期待した目をして、ハガネが「仕方ねぇな」と言って、重箱を持ち上げて「一個貰います」と言い、スクルードにどれが良いかを選ばせる。
スクルードがこし餡の柏餅を一つ取り、直ぐに口に運ぼうとするのをハガネが慌てて止める。
「スー、その大きさじゃ喉に詰まる。お前に何かあったら、アカリにオレが殺されちまうだろ?」
「うー! おもちー!」
「切り分けてやるから、待ってろって」
ハガネが浴衣の懐から、竹楊枝を取り出して器用に切り分けて四等分にしてから、スクルードに食べても良いと言う。
ついでに持ってきた水筒で麦茶を入れてスクルードに持たせる。
「美味いか?」
「んまーっ!」
「食ってる時の顔はアカリそっくりだな」
ハガネが柏餅をもちゃもちゃと食べているスクルードを見て笑いながら、境内を見つつ「あの時の神さんは、なんだったんだろうな?」と小さく呟く。
確かに、何処かで聞いた覚えはあるが、知り合いにあの声は居ない。
でも、自分を知っていて、ヒドラの事を知っていた。
ふぅと息を吐きながら、お重の中の柏餅に無意識に手を伸ばすと、指に何かが触れた。
「わっ!」
「えっ!」
「うー?」
ハガネが振り返ると、お重に手を伸ばして驚いた声を出した青年と目が合う。
スクルードがコテンと首を傾げ、ハガネはマジマジと青年を見つめ、青年は「あちゃー」と声を出す。
黒くて長い髪に三角の耳に尻尾は黒狼族である。
そして金色の瞳に黒い粒子が煌めいて見える瞳に見覚えがある。
なにより、顔立ちがアカリとリュエールに似ている。
横に居るスクルードを見れば、同じ様な顔で柏餅を両手で口に入れている。
目を逸らす青年の腕を掴み、ハガネが眉間にしわを寄せる。
「えーと、手を放して欲しいなー……なんて」
「お前……スーか?」
「あー、うー……母上と父上には内緒ね?」
笑顔で口元をヒクつかせながら、ハガネが何か言ってやろうと思うが、溜め息をハァーッと吐くだけで終わらせる。
「ったく、なにしてんだよ、お前は」
「……むぐむぐ、ハガネの柏餅は美味しいよねー。えへへー」
「アカリを助ける為に、時間を移動したのか?」
「それはついでかな? 俺の助言が無くても、ちゃんと父上は母上を助けれたしね。時間は多少掛っただろうけど」
「ほーん。んで、お前はスーの大きくなった姿って事は、羽のことはどうなってるかわかんのか?」
「ああ、俺は先祖返りみたいなもんだよ。元は黒狼族は黒天狼族って羽のある獣人から始まってるから、その名残りで魔法を使うと出ちゃうんだよね」
指に付いた柏餅の餡を舐めながら、青年スクルードは笑って小さなスクルードの頭を撫でる。
「俺、小さい頃メチャクチャ可愛いくない?」
「ガキの頃は皆可愛いもんだ」
「ハガネは今も昔も変わんないなー。さて、俺はそろそろ行くよ」
「ああ。元気でやれよ」
「うん。あっ、そうそう。毒蛇なんだけど、グリムレインと母上で聖水でも雨みたいに降らせれば毒は消えるから、蛇が冬眠する前にやっちゃった方がいいよ」
「わかった」
「じゃー、俺、行くねー! ハガネ、秘密だからねー!」
ニッと笑うと、青年スクルードは黒い羽を出して姿を消した。
「ったく、トリニア家の奴等はせわしねぇーな」
「うー?」
「さて、俺等も帰るか」
「あい! かえるー!」
重箱を片付けてハガネが、「とんだ神さんだったな」と笑いスクルードの手を引いて境内を出て行く。
50
お気に入りに追加
4,628
あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

婚約者である皇帝は今日別の女と結婚する
アオ
恋愛
公爵家の末娘として転生した美少女マリーが2つ上の幼なじみであり皇帝であるフリードリヒからプロポーズされる。
しかしその日のうちにプロポーズを撤回し別の女と結婚すると言う。
理由は周辺の国との和平のための政略結婚でマリーは泣く泣くフリードのことを諦める。しかしその結婚は実は偽装結婚で
政略結婚の相手である姫の想い人を振り向かせるための偽装結婚式だった。
そんなこととはつゆ知らず、マリーは悩む。すれ違うがその後誤解はとけマリーとフリードは幸せに暮らしました。

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた
黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」
幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。