黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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23章

青年は笑う 終

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 夏の日射しで陽炎が見えそうな暑さの中を、大きな影と小さな影がのんびり歩いている。
片手には四角い物が入った風呂敷と水筒を持ち、もう片手には直ぐに走り出してしまう危なっかしいチビッ子と手を繋いでいる。

「はにゃー! うしー!」
「ああ、牛蝉うしぜみも暑さで転がってんなぁ。バッチィから触んなよ?」

 ようやく二人は目的地に着く。

 温泉大陸に古くからある神社にハガネとスクルードは二人で訪れていた。
狛犬でも狐でもない、狼の形をした像が、入り口に口を開けたものと、閉じたものが置いてある。
『始め』と『終わり』を表す石像で、魔除けの像とも言われている。

「はにゃー、かみさんー!」
「こら、スー、まずは境内で手を洗ってからだ」
「うー?」
「そういうもんなんだよ。こないだのは、ちっと、行儀が悪かったからな」

 境内の水場で柄杓で手を洗い、祭壇の中に入ると四聖獣の上に鎮座している麒麟の像の前に立ち、柏手を打つ。

「かみさんー、ははうー、なおったー!」
「神さん、あの時は有り難うございました。お蔭で主君を失わずにすんだ。これからも、家族が元気に過ごせるように、よろしくお願いします」
「おにゃにゃーます!」

 スクルードがペコリと頭を下げると、ハガネが「上出来」と頭を撫でて、持ってきた風呂敷の中からお重を取り出す。
重箱の中にはハガネお手製の柏餅が、右から味噌餡、こし餡、よもぎ皮の粒餡が五つずつ入れられている。

「はにゃー、おもち!」
「ああ。これは神さんの分だ。スーのは家に帰ってからな」
「んふーっ」
「いい顔してるけど、駄目だかんな?」

 上目づかいでスクルードが期待した目をして、ハガネが「仕方ねぇな」と言って、重箱を持ち上げて「一個貰います」と言い、スクルードにどれが良いかを選ばせる。
スクルードがこし餡の柏餅を一つ取り、直ぐに口に運ぼうとするのをハガネが慌てて止める。

「スー、その大きさじゃ喉に詰まる。お前に何かあったら、アカリにオレが殺されちまうだろ?」
「うー! おもちー!」
「切り分けてやるから、待ってろって」

 ハガネが浴衣のふところから、竹楊枝を取り出して器用に切り分けて四等分にしてから、スクルードに食べても良いと言う。
ついでに持ってきた水筒で麦茶を入れてスクルードに持たせる。

「美味いか?」
「んまーっ!」
「食ってる時の顔はアカリそっくりだな」

 ハガネが柏餅をもちゃもちゃと食べているスクルードを見て笑いながら、境内を見つつ「あの時の神さんは、なんだったんだろうな?」と小さく呟く。

 確かに、何処かで聞いた覚えはあるが、知り合いにあの声は居ない。
でも、自分を知っていて、ヒドラの事を知っていた。
ふぅと息を吐きながら、お重の中の柏餅に無意識に手を伸ばすと、指に何かが触れた。

「わっ!」
「えっ!」
「うー?」

 ハガネが振り返ると、お重に手を伸ばして驚いた声を出した青年と目が合う。
スクルードがコテンと首を傾げ、ハガネはマジマジと青年を見つめ、青年は「あちゃー」と声を出す。

 黒くて長い髪に三角の耳に尻尾は黒狼族である。
そして金色の瞳に黒い粒子が煌めいて見える瞳に見覚えがある。
なにより、顔立ちがアカリとリュエールに似ている。
横に居るスクルードを見れば、同じ様な顔で柏餅を両手で口に入れている。

 目を逸らす青年の腕を掴み、ハガネが眉間にしわを寄せる。

「えーと、手を放して欲しいなー……なんて」
「お前……スーか?」
「あー、うー……母上と父上には内緒ね?」

 笑顔で口元をヒクつかせながら、ハガネが何か言ってやろうと思うが、溜め息をハァーッと吐くだけで終わらせる。

「ったく、なにしてんだよ、お前は」
「……むぐむぐ、ハガネの柏餅は美味しいよねー。えへへー」
「アカリを助ける為に、時間を移動したのか?」
「それはついでかな? 俺の助言が無くても、ちゃんと父上は母上を助けれたしね。時間は多少掛っただろうけど」
「ほーん。んで、お前はスーの大きくなった姿って事は、羽のことはどうなってるかわかんのか?」
「ああ、俺は先祖返りみたいなもんだよ。元は黒狼族は黒天狼族って羽のある獣人から始まってるから、その名残りで魔法を使うと出ちゃうんだよね」

 指に付いた柏餅の餡を舐めながら、青年スクルードは笑って小さなスクルードの頭を撫でる。

「俺、小さい頃メチャクチャ可愛いくない?」
「ガキの頃は皆可愛いもんだ」
「ハガネは今も昔も変わんないなー。さて、俺はそろそろ行くよ」
「ああ。元気でやれよ」
「うん。あっ、そうそう。毒蛇なんだけど、グリムレインと母上で聖水でも雨みたいに降らせれば毒は消えるから、蛇が冬眠する前にやっちゃった方がいいよ」
「わかった」
「じゃー、俺、行くねー! ハガネ、秘密だからねー!」

 ニッと笑うと、青年スクルードは黒い羽を出して姿を消した。

「ったく、トリニア家の奴等はせわしねぇーな」
「うー?」
「さて、俺等も帰るか」
「あい! かえるー!」

 重箱を片付けてハガネが、「とんだ神さんだったな」と笑いスクルードの手を引いて境内を出て行く。
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