黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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23章

ただいま

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 密林も雨ならば、温泉大陸も大雨だった。
ルーファスの屋敷の庭に、ヒドラ討伐の従業員達が出てくる。
全員、ヒドラを解体した為に酷い有様で、それを見たスクルードが「ぎゃあああん!」と叫んだのは仕方がない事だろう。

 縁側にハガネが出てきて、スクルードを抱き上げて、ルーファスを呼ぶ。

「大旦那! クリスタルは!?」
「一応、それらしい物は手に入れてきた。アカリは変わりはないか?」
「アカリは……、寝てる」
「ははうー、なおるー!」

 様子のおかしいハガネに嫌な予感が胸を占める。
スクルードがルーファスに手を伸ばすのを見て、ハガネがルーファスに乾燥魔法をかける。
縁側から屋敷に入ると、スクルードを腕に抱き、大広間へ向かう。

「父上、おかえりなさい」
「お義父さん、おかえりなさい」

 大広間で寄り添って座って居たリュエールとキリンがルーファスに気付き、顔を上げてカウチソファの前から場所を移動する。
カウチソファの上でアカリが眠り、ルーファスがスクルードを床に下ろすと膝をついてアカリの手を握りしめる。

「アカリ、帰ってきたぞ。ただいま、アカリ」

 アカリの手の温かさに少しホッとするものの、自分の手が雨で濡れて冷たすぎることに気付く。
顔色は相変わらず青白く、唇の色が青いことに顔を上げてハガネを見る。

「ハガネ、なにがあった?」
「また、発作を起こした。かなりヤバかった……」
「そうか……」
「とりあえず、クリスタルは手に入ったんだよな?」
「ああ、まだどれだけの効力があるか分からん。マグノリアに調べさせる」

 ルーファスがシャツのポケットに入れていた七色のクリスタルを取り出すと、リュエールが「僕が調べに行ってくる」と、クリスタルを持って【刻狼亭】へ駆け出す。
キリンが庭に居た従業員達に温泉に入る様に言い、ミルアとナルア達にも屋敷の中でお風呂に入って温まる様に声を掛ける。

「お義父さんも酷い格好ですから、お義母さんが目を覚ましたら驚きますから、お風呂に入って着替えて来てください」
「しかし……アカリを一人にするわけには……」
「わたしとスーちゃんが見ていますから、ハガネもいますし、大丈夫ですよ」

 キリンに「ほら、お義母さんが目を覚ます前に」と言われて、渋々ながらルーファスも自分の部屋で入浴と着替えをしに戻る。

 ルーファスが急いで入浴を済ませ浴衣に着替えてから大広間に戻ると、アカリの胸の上で黒い羽を生やした子狼がぷぴーと鼻息をあげて寝ていた。

「なっ!」
「シッ! お義父さん、スーちゃんが起きちゃいますよ?」
「スー、なのか……?」
「はい。お義母さんを癒しているみたいです。スーちゃん、聖属性だったみたいなんです」
「いや、背中の羽は、なんなんだ?」
 
 鼻をヒクつかせると、確かにスクルードの匂いで子狼もスクルードの獣化姿ではある。
背中の羽だけが何なのか? と、不思議で仕方がない。
キリンが「ですよねー」とうんうんと頷く。

「どうやら、魔法を発動する時だけ羽が生えちゃうみたいです」
「フィリアやルビスじゃあるまいし……」

 精霊族のフィリアやルビスは気持ちが昂ると背中から羽が出たりするが、今のところフィリアは魔法が使えず羽が生えるのは感情に左右されるが、ルビスは魔法をまだ習っていないので赤ん坊の頃は羽が生えていたが、最近は見ることは無い。

「しかし、癒しているのか?」
「はい。無意識みたいなんですけど、回復魔法を使っているみたいで、羽が生えている間は回復魔法を展開しているみたいです」
「そうなのか。そういえば、唇に赤みが差してきたな」

 眠っているアカリの頬に手を当てると、アカリの目が少し開いて口元が笑う。
微かに動く唇の動きで『おかえりなさい』と言っていることに、ルーファスも口元に笑みを浮かべる。

「ただいま。アカリ、胸は重くないか?」

 アカリが目を動かして、ぷぴーと寝息を立てているスクルードを見て笑う。
大丈夫だと目を一回閉じて伝え、ルーファスがアカリの手を取って唇を当てる。

「アカリ、スーはアカリと同じ聖属性持ちだそうだ」

 目を細めてアカリが笑って、少し眉を下げる。

「まだ詳しくは調べていないが、人を癒す能力らしい。聖域ではないだろう。だから、安心しろ」

 アカリが小さく頷いて、目からポロポロ涙を零すのをルーファスが「オレの番は相変わらず、泣き虫だな」と、おでこにキスを落として、アカリの頭に頬をくっつける。

「……うー? ははうー!」
「こら、スー、アカリの上ではしゃぐんじゃない」

 目をパチッと開けたスクルードが尻尾をブンブン振りながら、アカリの顔を舐めてルーファスに困った顔をされるが、アカリが嬉しそうな顔で笑っているのを見て、小さく尻尾を揺らす。

「大旦那、そういえば『一つの物を二人で分ければ、助けられる』って意味が分かんねぇんだけど、わかるか?」

 後ろでお茶を淹れて見守っていたハガネが、不意に祭壇で聞いた声を思い出してルーファスに尋ねる。
ルーファスが顔だけハガネの方へ向け、「おそらくー……」と思い当たる節があるのはヒドラのクリスタルだけだと答える。

「他の奴と一緒に握らねぇとクリスタルが使えねぇのか? 使えるのか使えねぇのか分かんねぇな」
「今頃、マグノリアが鑑定をし終わっている頃だろう」

 丁度、バタバタと玄関から騒がしい物音がして、シュトラールとリュエールが大広間に入ってくる。
その物音で、ミルアとナルア、ティルナール達三つ子も大広間に集まる。
 
「父上、クリスタルの鑑定結果が出たよ」
「そうか。どうだった?」

 小さくアカリの手が握られたのを感じ取り、ルーファスがアカリを抱き起こして自分の膝の上に乗せる。
力無く自分にもたれて、子供達の顔を見るアカリに、子供達も眉を下げて抱きつきたいのを我慢するように拳を握りしめている。
スクルードだけはアカリの足に抱きついて、いつの間にか背中の羽は消えていたが、尻尾をブンブン回している。

「ヒドラのクリスタルの再生能力は、前の物より蘇生能力が強い分、傷つけば体を補うために、体内の何処かしらから傷を補う為の修復を図るみたい」
「それでは……アカリには、使えないな……」

 ただでさえ弱っているアカリの体に負担がかかる事をすることは出来ない。
アカリも少し目を伏し目がちにして、子供達を見ると「仕方がないよ」と言うように薄く笑う。

「でも、鑑定の結果ではヒドラのクリスタルは元々、七つあった物が一つになった物なんだ。討伐で首を斬られて再生する度に他のクリスタルを吸収して再生して、最後に一つになった……つまり、このクリスタルを砕いて、他の人と共有させれば、母上の体を蘇生させれると思う」
「母上、オレがクリスタルの半分を請け負うよ!」
「シュー兄様! わたくし達だって、請け負いますわ!」
「そうですの! みんなで分担すれば良いのですわ!」
「そうだよ。ボク等も協力する!」
「うん。任せてよ」
「母上、安心して下さいね!」

 子供達の申し出にアカリが小さく首を振って、涙を流す。
アカリはそんなことを望んでいない。子の命を削ってまで、助けて欲しいと願う親など、いるわけがない。

「でも、このクリスタルは悪い事だけじゃないんだよ。【聖域】の効果と同じだから、母上の体に埋め込んでおけば、これ以上、母上が病気や毒にかかっても浄化出来る。もう【聖域】で怯えることは無くなるんだよ?」
「ああ、それでヒドラに痺れポーションの魔導銃が利かなかったのですわね!」

 リュエールの説明にミルアが手を叩いて「成程」と納得して、ナルア達も「ああ」と声を上げている。

「リュエール、クリスタルを」
「はい。どう使うかは、父上に任せるよ」

 ルーファスがクリスタルを受け取ると、一つの物を二人で分け合うという言葉に従ってしまえばいいかと、アカリを見て微笑む。

 どうせ番なのだから、お互いがお互いの命のようなものだ。
スピナの風属性で強まった風魔法でクリスタルを二つにパキンッと割る。
自分の手の甲に傷を付けて、クリスタルをめり込ませると、子供達が「父上!?」と声を上げるのと同時に、アカリの手の甲に小さく傷を付けて、クリスタルを上に置く。

「うぐ……っ」

 自分の手の甲にクリスタルが入り込み、アカリに色々なものが流れ込んでいくのが感じ取れる。
アカリの手の甲のクリスタルも、もう既に体の中に入り込んだのか傷跡一つ無い、綺麗な手をしていた。

 そっとアカリに唇を重ねると、ピクッとアカリの手が動き、小さく胸を叩く。
ポロポロと涙を零して、アカリが唇を震わせて「ルーファスのバカぁ!」と、ポスポスと叩いてくる。

「無茶、しないで! なんで、こんな事するの! バカ、バカ、バカァ~! うぁぁあん」
「ああ、悪い。でも、アカリが居ないと、オレは駄目なんだ」

 抱きしめたアカリの元気の良さに、ヒドラのクリスタルの再生能力は凄まじいなと思いつつも、子供達にも「父上ー!」と大声を出されて泣きながら抱きつかれてしまった。

「僕は、なんとなく父上なら、こうすると思ってたよ」

 リュエールは少しだけ溜め息を吐いて、肩をすくめる。

「父上は自分の年を考えなよ! オレの方が若くて元気の良さがあるんだからね!」

 シュトラールの言い草に、オレだってまだ若いつもりなんだが? とルーファスは思う。

「父上は大馬鹿者なのですか!? 家族は分かち合うものではありませんの!?」
「父上は母上を独り占めにしたいだけですの!? ズルいんですの!!」

 ミルアとナルアの言葉に、それは少し違うのではないかとルーファスは眉尻を下げる。

「ボク等だって、母上を思う気持ちは父上と同じぐらいなんだよ!」
「母上も父上も自分を大事にしなよ! ボク等は振り回されっぱなしだよ!」
「ヒドラに行けなかったのだから、わたしにも活躍の場をくださいな!」

 ティルナールの言葉には頷くが、エルシオンの言葉には申し訳ないと思う、ルーシーは何を言っているのやらではある。

「うーっ! ははうーは、スーの!」

 スクルードには、一度よくアカリはオレのものだと言い聞かせる必要があるか? と思うが、今回はこの小さな末の息子が頑張ったようだし、多めに見ておくべきかと思う。

 大広間の縁側でウズウズとドラゴン達も尻尾を振って順番待ちをしているのを見て、ルーファスが仕方がないなと、手で「来い」とジェスチャーすると、ドラゴン達も抱きついてくる。

「わーっ! 誰、私の尻尾踏んだの!」
「狭いってば!」
「主様! 私達頑張ったよー!」
「もぉー! アンタ達邪魔よ!」
「婿は嫁を寄越せー!」
「痛いってば! もぉぉ!!」
「心配したんだからぁー!」

 ワッと騒いで広い大広間も、こう密集されては敵わないと苦笑いすると、腕の中のアカリも眉尻を下げて笑っていて、ルーファスに腕を伸ばすとキスをしながら「おかえりなさい」と言い、「ただいま」と言ってキスをし返す。

 庭に差し込んだ太陽の光に、雨はもう上がりそうだと目を細める。
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