黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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23章

ヒドラのクリスタル

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 ヒドラの七つ目の首をねると、ヒドラが巨体を大きく揺らして地面に崩れ落ちた。
ザーッと大きくなる雨音に、従業員達の歓声が上がるが、まだ終わりではない。

「ヒドラのクリスタルを探せ!」

 ルーファスの声にそれぞれがヒドラを解体していく。
再生をしなくなったことで、嫌な予感が一つあった。
以前は、クリスタルを抜き取ることでヒドラは活動を停止したが、クリスタルを抜き取っていないのに、再生が止まったということは、クリスタルのない個体かもしれないということだ。

「絶対、クリスタルを見付けるのですわ!」
「母上の為にも! みんな後少し頑張るのですわ!」

 必死なミルアとナルアの声に、クリスタルの無い個体かもしれないという言葉を、それぞれが呑み込み、必死にヒドラをさばいていく。
只々、時間だけが過ぎ、体温が奪われて手の感覚も怪しくなっていく。
ほとんどの解体が終わったというのに、クリスタルが見当たらない。

 雨で頬を伝うのが、雨の雫なのか涙なのかわからない。
ルーファスは子供達の必死な顔と従業員達が無言で作業する姿に「今回のヒドラはハズレだ」と撤収の掛け声を出すべきかと思い始める。

「……アカリ……」

 魔獣の王の魔力の影響が、こんなにもアカリの持つ【聖域】を苦しめてしまうものだと思ってもいなかった。
良い影響ばかりがある世界だと、そう思っていた。
毒蛇で損傷を負ったアカリの体内を戻す為に、ヒドラのクリスタルで自動回復させつつ【蘇生】させれば、助かるのではないかと希望を持っていた。

 医者とシュトラールに、アカリがもう一度、心臓発作を起こせば死んだ状態にしての蘇生に切り替えるか? と聞かれた。
 死んだ状態が続けば続くだけ、蘇生は難しく、体の中の細胞が死んでアカリが元気に動けなくなる確率もある。
シュトラール自身も反動で、何年眠った状態になるか予想はつかない。

 アカリを助けたい。
しかし、息子の人生を犠牲にするわけにもいかない。息子には守るべき家族がいる。

 諦めるべきは、アカリと自分の命だろうか……。
体が不自由になり、申し訳なさそうな顔をするアカリを、これ以上苦しませて良いのだろうか?
もう、ヒドラのクリスタルは諦めて、アカリの元へ帰って、残りの時間を一緒に過ごすことを選択すべきか。

 『ルーファス』

 自分を呼ぶアカリの声はいつでも可愛らしく、小春日和の穏やかなもので、あの声をまた聞きたい。
小さな手で作られる料理は愛情に溢れている。あの手で作られる料理がもう一度食べたい。
抱きしめた時の、柔らかく温かい体をずっと腕に抱いていたい。
笑顔が見たい、声が聞きたい、抱きしめ返して欲しい。
いつも通りの当たり前の生活に戻りたい、それだけなのに___叶わないのだろうか?

「父上!」

 ティルナールに腕を掴まれ、ルーファスは意識を引き戻される。

「ああ、ティル。びしょ濡れだな……、そろそろ撤収するか……」
「まだだよ! コレ! コレ見てよ!」

 ティルナールが尾の先にあった頭を手に持ち、ルーファスに見せる。
虹色の目がギロリと動き、頭から下が再生をしてはティルナールがナイフで切り取る。

「これは……まさかこいつは」
「この口の中見てよ」

 ティルナールが両手でヒドラの口をこじ開け、ルーファスが覗き込むと、ヒドラの上顎に七色に光る鉱石が見える。
手の平ほどの鉱物、これがクリスタルかもしれない。
ルーファスが力の限り、上顎と下顎を掴み、引き裂く。

「うわっ! 父上やり過ぎだよ!」
「これで、取りやすくなっただろ?」

 上顎から七色の鉱石をナイフで切り出し、ヒドラの頭部を見れば、目が白く濁り再生が止まった。
間違いなさそうだ。たった一個のクリスタルであの再生を繰り返していたのかと少し驚きもある。

「みんな、クリスタルがあった! 誰か怪我人いない?」

 ティルナールの声に、それぞれがホッと息を付き、笑顔が戻る。
クリスタルを持って怪我人の所へ行き、再生能力を試みる。

 怪我人にクリスタルを握らせて様子を見るが、怪我が再生することは無く、これは再生クリスタルでは無いのかと一同は落胆する。

「すいません……大旦那様……」
「いや、気にするな。怪我はシュトラールに治してもらってくれ」

 アカリを助けられると思った希望も、これでは役に立たない。
再生力の凄さはヒドラ自体の能力なだけだったのか……。
こんな物の為にアカリと過ごせる時間を無駄にしてしまったのかと、喉の奥から何かがこみ上げてきそうな気持ちでルーファスは唇を噛みしめる。

「大旦那様……」

 クリスタルを従業員の手から受け取った、その時、お互いに温かい物が流れ込み、怪我がみるみるうちに治っていく。
従業員もルーファスも驚いた顔をして見合わせる。

「他にも怪我人を!」
「私にもそれ見せてー!」
「こら! アルビー! 遊びではないんだぞ!」

 アルビーがクリスタルを手に「うわぁー」と声を出す。
そして、怪我人と手を繋いで治るのを観察し、テンと小鬼もいつの間にか「おお」と声を出して近くに来ていた。

「大旦那、【刻狼亭】に戻ってマグノリア薬室長に鑑定してもらっては?」
「そうだな。みんな、【刻狼亭】へ帰るぞ!」

 ルーファスが移動魔法で穴を開け、ドラゴン達と従業員達が帰っていく。
最後にテンと小鬼に「帰ってくるか?」と訪ねると、二人「ええ。もう【刻狼亭】に戻ります」と、にこやかに笑って帰還した。
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