黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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23章

神頼み

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 雨が降る中をハガネがスクルードを連れて番傘を差しながら温泉街を歩いている。

「ははうー、あああん」
「スー、泣くなよ。アカリなら大丈夫だ。いつだって、アイツは大丈夫だった……」
「ああぁぁぁん」

 スクルードの背中を撫でるハガネの手も少しだけ震える。
アカリが振り絞って出した言葉が頭の中でぐるぐると渦巻いている。

『子供達をお願いね。ハガネなら、安心して任せられるから、ごめんね』
『番喪失になったら、ルーファスを安藤祈の所か、主君を持たせて』
『番の縁が切れる魔法があれば、良かったのにー……』
『死にたく、ないよ……怖い』

 自分の主君になる奴はどうして遺言のような物を残すのか……。
サアユもアカリも、自分勝手だ。従者である自分を伝言置きにするんじゃねぇと、ハガネは思う。

「ははうー……あうー、ううぅぅ」
「よしよし、今から行くとこはな、俺等、獣人の神さんの所だ。一生懸命お願いすりゃあ、助けてくれっから……スーも泣き止めよ」
「うー、うぅー」

 スクルードの涙と鼻水を布巾で拭きながら、ハガネがいつも通りの笑顔を無理やり顔に張り付けて笑う。
クヨクヨしてんのは自分らしくねぇなと、「困った時は神頼みだ」と小さく呟く。

 ハガネが足を踏み入れたのは、年末年始に参拝に来る神社。
獣人の神、麒麟キリンまつってある祭壇がある場所で、神獣の白虎、朱雀、玄武、青龍の像が四体あり、その上に鎮座しているのが、麒麟なのである。

 スクルードを祭壇の床に下ろし、ハガネがかしわを打つ。

「スー、柏手って言ってな、神さんにお願いする時に手を叩くんだ。やってみな」
「うー?」
「こうやってな……」

 スクルードの手を取って、手を叩かせて「アカリを助けてくれ」と呟く。

「ははうー、なおる?」
「ああ、神さんに一生懸命に願えば、叶わねぇことはねぇよ」
「あい!」

 パチパチと叩いて、「ははうー、なおる!」とスクルードもハガネの真似をする。
ようやくスクルードの顔に笑顔が戻り、ハガネを見上げて尻尾を振る。
それを見て、ハガネもフッと口元に優しい笑みを浮かべて、祭壇の前に座るとスクルードを膝の上に乗せる。

「なぁ、神さん。アカリは獣人じゃねぇけどよ、獣人の俺等や色んな奴も自分の身を削って救ってきたんだ。【聖域】なんて割に合わねぇ能力で、体も弱くて、でも、いつだって俺等の太陽みたいな奴なんだよ。魔獣の王の時だって、世界を救ったんだ。たかが蛇一匹に、殺されてたまるかよ……っ!」

 俺からこれ以上、主君を奪わないでくれ! 人が死ぬのを見るのはもう沢山なんだ!
東国で生まれ育って、貧乏だったが幸せで大家族だった。
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二人の娘のサラノアだって、一度死んで、ササマキとして今は生きているが、それでも自分の周りには死がいつも付きまとう。

 自分も死にかけたことはあるが、それでも、アカリに、アカリの周りの奴等に命を貰って、姿が若返ったがこうして毎日元気に生きている。

「俺は、アカリを守って死ねるなら、あの時、死んでも良かったんだ……」

 従者として、主君の為に命を投げ出せるならそれでよかった。
妹のような、大事な存在がアカリだったから、失いたくはなかった。

「アカリは何度も死にかけては、生き返ってきたんだ。頼むから、またアイツを俺達のところに返してくれ!」
「うー! ははうー、かえすー!」

 ハガネの膝の上でスクルードが元気に声を出すと、モソッとスクルードの背中が盛り上がる。
黒い羽がスクルードの浴衣の裾からヒラヒラと落ちて、羽は床に落ちてオパール色に輝いていた。

「スー!? なんだそりゃ……」
「うー?」

 浴衣を脱がせるとスクルードの背中に黒い羽が生えていた。
床に落ちたオパール色の羽を拾い上げ、ハガネが指で触ると羽は氷が溶けるように消えてしまう。

『ヒドラの七つ目の首が本命だよ。一つの物を二人で分けることで助けられる。ハガネ、急いで』

 祭壇の中で、どこかで聞いた覚えのある男の声が響く。
ハガネが振り返って声の主を探すが、そこには神獣達の像があるだけだった。

「かみさんー! ははうーなおるー!」
「神さん……なのか?」

 こうしてはいられないと、ハガネは腕輪通信でルーファスに連絡を取る。
今は誰でもいい、アカリを助けてくれる奴がいるなら、それにすがるしかない。

「大旦那! ヒドラの七つ目の首が本命だ!」

 そう叫ぶように言い、ハガネの頭は少しずつハッキリしてくる。
五つ首のヒドラに七つ目の首……?
んなわきゃ、あるかよ……アカリの事で自分は幻聴でも聞いてしまったのか?
頭を掻きむしって、ハガネが自分は何をやっているんだと自分自身に苛立ちを覚える。

わりぃ……大旦那、今のは」

 忘れてくれ、そう言おうとして、ルーファスの言葉にさえぎられる。
 
『なんだと! まだ首が増えるのか!? しかし、七つ目の首が本命なら、あと一つ首を出すだけだ! ハガネ、情報感謝する!』

 腕輪の通信が切れると、ハガネは祭壇の麒麟像を見上げる。

「神さん……?」

 助けてくれと言ったが、応えてくれるとは露ほども思っていなかった為に、ハガネは糸目の目を見開く。
ハガネの周りを羽をパタパタと動かしてスクルードが「ははうー! ははうー!」と騒いでくるくる回っていた。
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