黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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23章

温泉街の氷祭り5

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 今日も今日とて畑仕事!
ビバッ! 私のスローライフ! と元気に畑に向かう。
今日はお昼ご飯は簡単に夏の定番、冷やし中華の予定で麺とハムと卵も用意してやってきた。
お汁は醤油と出汁とみりんとお砂糖にお酢をお鍋で軽く煮たもので作って、最後にレモーネを少し垂らすだけの簡単夏の定番メニュー!
夏は暑くてやる気が出なくなりそうだから、手抜きしてなんぼなのだ。

「アカリ、何だか楽しそうだな」
「えへへ。今日はスイカが昨日良い感じだったから、子供達にお土産に持って帰るの」
「そういえば出来ていたな」
「子供達も頑張ってるようだし、ご褒美をあげないとね」

 ルーファスと一緒に畑を見て回り、今日収穫するものを決めながらスイカ畑に行くと、目の前を小さな緑色のものが飛ぶ。

「ひゃぁっ!」
「ん? ああ、カエルだな」
「ふぁっ、ビックリしたー……バッタかと思った」
「カエルは平気で虫は駄目なのか?」
「だって、虫は何考えてるかわかんないし、表情の変わらないものは怖いもん!」

 カエルは多少、表情が変わるから無機質な感じがしないけど、虫はなんだか無表情過ぎて怖い。
あと手足がよく見るとギザギザしてたり、よくわかんない感じでワシャワシャ動くのが本当に駄目。
ルーファスが葉っぱを分けて、藁の上に実ったスイカを叩いて1個採ってくれる。

「ほら、アカリ重いから気を付けろ」
「はい。おおっ、ズッシリしてる!」
「もう2つ採っておけば、ドラゴン達にも行き渡るだろう」
「うん。私はこれを先に持っていくね」
「転ぶなよ?」
「転ばないよー! もう、私だってドジじゃないんだから」

 クククッとルーファスが楽しそうに笑って、私はバスケットボールより大きいサイズのスイカを両手で抱いて元来た道を戻る。
葉っぱをよく見ると、小さな親指くらいのカエルが結構、葉っぱの上や裏についている。

 ガサッと音がしたから、私はルーファスが近付いているのだと思って、後ろを振り返って「カエルがいっぱい居るねー」と声を掛けた。
水色の鮮やかな空色が飛び出して、「ふぇ?」と間抜けな声を出した時には持っていたスイカの上にその水色は落ちてきた。

 シューと音を出したソレに、私は体が固まる。
二十年以上前に、___蛇に噛まれた私は、恐怖で動けなくなってスイカを手放せば良いのに、手が強張ってスイカを投げ捨てる事も出来ずにいた。

「___っ、っ」

 ルーファスを呼びたくても、声を出して動いたら噛まれてしまいそうで、体を震わせることすら振動を与えてしまうのでは? と、身動きが取れずにいた。

「アカリ? っ!!」
「ル、___っ!」

 私の状況に気付いたルーファスが駆け出したのが見えて、少しホッとして力が抜けると手からスイカがズルッと落ちそうになり、しまった! と、思った時には蛇は私の喉に噛みついていた。
よりにもよって、同じ場所を噛まれるとは思ってはいなかった。

 喉に何かが流れ込んで焼け付く痛さが広がる。
ルーファスが蛇を掴み、私から引きはがしてくれた時には、私は心臓の音の煩さに頭がぐらぐらしていた。

「アカリ! しっかりしろ! アレは毒は無いはずだ!」
「ぁ……、っ、っ」

 毒は無いと、ルーファスは言うけど、息が上手く出来なくて喉が詰まる。
舌も痺れて、手も足も動かない。
スイカが地面に鈍い音を立てて落ちて行った。
体がいうことを利かなくて、崩れるようにルーファスに抱きとめられると、特殊ポーションを口に入れられるけど、飲み込めずに口端から洩れていく。

「アカリ! 一端【刻狼亭】に行くぞ!」

 ルーファスが移動魔法を使う。
 喉が溶ける……溶けてる? 怖い。死にたくない。そんなことを思いながら、ルーファスに連れられて、【刻狼亭】の製薬部隊の所へ行くと、女医で私の従者のシルビアさんの元へ駆け込む。

「シルビア! アカリが蛇に噛まれた! 毒のないはずの蛇なんだが、様子がおかしい!」
「診せてください! 特殊ポーションは!?」
「それが飲ませたんだが、喉が詰まっているのか飲み込んでくれない!」
「特殊ポーションの用意を!」

 ベッドに寝かされて、シルビアさんとルーファスのやり取りを見ながら、二十年前に感じた喉の焼け付く痛さと同じ状態に怖くて涙が零れる。
苦しいし、息がほとんど出来なくて、喉は腫れ上がっていく。

「注射器を! 特殊ポーションと解毒剤! あと、その前に針なしの注射器も!」
「シルビア! アカリは大丈夫なのか!?」
「大旦那様、本当に毒のない蛇でしたか!? 蛇がどんなものか分からないと血清も使えませんよ!」
「水色の蛇で昔からこの大陸にいるやつだ! ソラガラノヘビという蛇で毒は無いと言われている!」

 製薬部隊のテッチが心配そうに覗き込む顔を見て、私の意識は遠のいていく。


*****


「アカリ!? おい! アカリ!?」
「大旦那様、蛇を捕まえて来てください! 実際調べないとわからないです!」

 シルビアが針のない注射器でアカリの喉の二つの穴から血を抜き出して、ビーカーに入れると薬室長のマグノリアが分析と解析を行う。
針の付いた注射器で特殊ポーションを噛まれた場所の少し上に打ち込み、傷口に解毒ポーションを流して洗うと、特殊ポーションを染み込ませたガーゼを乗せて押さえ込む。

「すぐに蛇を捕まえて来る! アカリを頼んだ!」

 アカリの顔を見て、ルーファスが泣きそうな顔をして畑へと移動魔法で戻る。
畑で蛇を捨てた辺りを見回し、葉の間にカエルが数多くいる事に気付く。

「カエルが多ければ、狙ってくる蛇や鳥がいると、何故、気付かなかったんだ……」

 こんな事は当たり前のことなのに、気付くのが遅れた。
後悔しても遅い、アカリの「助けて」と訴えかける目が、焼き付いて離れない。

 草の間を水色の鱗がクネクネと動くのを見付け、ガッと手で掴む。
ソラガラノヘビで間違いはない。毒など持っていない種類だ。
だが、自分達は毒が無いと思っているだけで、本当は微量の毒を持っているのかもしれない。
アカリが昔噛まれた時も、ほんの少し体に痺れが出るだけの毒蛇で死の縁を彷徨ったのだから、可能性はないわけではない。

 急いで製薬室に戻るとルーファスは蛇をテッチに渡す。
テッチは急いでピルマー達と共に蛇を解析し始める。

「シルビア、アカリは!?」
「特殊ポーションを追加しているところです。毒の周りが思ったより早くて……」
「大丈夫なのか!?」
「特殊ポーションで毒を浄化しているんですが、既に毒の回った場所は体内組織が破壊されていて……回復ポーションも追加したいところなのですが、まだ毒が回っている状態ですから、アカリさんの体力次第になります」

 万年体力不足のアカリには難しいかもしれないと、ルーファスは少し思い口元を手で押さえる。
ビクンッとアカリの体が動き、痙攣し始めるとアカリの唇が紫色に変わっていく。

「いけない! 大旦那様、アカリさんの口をこじ開けて!」
「_っ!!っ!!」

 苦しそうにもがくアカリの口を開けて、舌を押さえるとシルビアが長い管をアカリの口の中へ押し込んでいく。

「それは!?」
「呼吸を確保する物です! このままじゃ喉が腫れ上がって空気が吸えなくなりますから!」
「大丈夫なのか!? アカリが、苦しそうだが……」
「喉を切って管を刺す事も出来ますが……とにかく、蛇の毒を打ち消さないといけません」

 アカリがぐったりと力なく再び大人しくなると、マグノリアとテッチ達が戻って来る。

「蛇の毒の効果は腐食系の毒みたいです」
「ソラガラノヘビは毒が無いはずなのですが……、変質しています」

「変質? どういう事だ?」

「魔獣の王の魔石の影響で、毒を持たなかった蛇が、毒を持ってしまったようです」
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