黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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22章

学園編・オマケ

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 魔国でのゴタゴタから一ヶ月が経ち、秋の乾燥した寒さに肌寒さを覚えた頃だった。
魔国エグザドルと温泉大陸の定期船が入港し、港に「モホォーン」と悩まし気な牛の声が響いた。
そう、魔国との交渉で温泉大陸に魔牛の飼育許可が下り、魔牛が船で輸送されてきたのである。

「スーちゃん、牛さんだよ。モォモォだよ」
「もんもん! もんもん!」

 私はスクルードとルーファスと一緒に魔牛を見に来たのだけど、予想以上のセクシーで悩まし気な魔牛の声に「発情期のメスでもいるのかな?」とか思っていた。
ドシーンドシーンと地鳴りのような音を響かせて真っ赤な牛が船から降りてくる。

「ひぇっ! お……おっきい……」
「もんもーん!」
「噂には聞いていたが、メスの大きさは凄いな」

 魔牛の大きさは四トントラックくらいだろうか?
そして、それより小ぶりで「メフォーン」と小さく可愛く鳴く黒い牛は二トントラックくらいかな?
ルーファスが大きな赤牛をメスと言っていたから、この黒牛はオスなのだろう……目がウルウルしていてまつ毛バサバサでなかなかに可愛い顔もしている。

「連れて来たのはメス三頭とオスが九頭か」
「メスの方が少ないんだね」
「食うのはオスだからな。メスは乳牛と子作り用だ」
「あんなつぶらな瞳を見て、食べれるかなぁ……」
「おいくー!」
「スーは、肉だと認識している」

 ルーファスの腕の中で目を輝かせてはしゃいでいるのは、牛を見て興奮しているだけで、ヨダレが出ているのもいつもの事だと思いたい。幼児はヨダレを垂らすものだもの……いつもより、量が多い気がするのは気のせいにしたい。

「この牛、ちゃんと育成できるのかなぁ?」
「まぁ、初めからうまくはいかないだろうが、何事も積み重ねだからな」
「そうだねぇ。とりあえず、乳牛として美味しいミルクが出来たり、チーズとかになったら嬉しいなぁ」
「オレは肉が食えれば、それでいいな」
「おいくー! もんもー!」

 ああ、駄目だこの野獣な二人は魔牛が肉にしか見えてないかも? ルーファスとスクルードの目の輝きは肉食獣の目ですよ。
牛達は【刻狼亭】の従業員が使っていない土地に連れて行き、ケルチャが木で柵を作って牧草地にした場所へ放牧された。

 ただ、私達、温泉大陸の人々は魔牛の事はあまり分かっていなかった。
次の日に牧場に行ったら、牛たちはいなくなっていて、深い森の中を歩き回っている事だけは、森の木々の倒れ方から推察された。

 それから、二週間程して、ようやく見つけた魔牛達は、色が乳白色に変わっていて、自然に沸いていた露天温泉にどっぷり漬かっていた。

「自動しゃぶしゃぶ……」
「いやいや、アカリ。まだ肉になっていないからな?」
「でもゴマダレとかミッカ酢とか欲しくない?」
「まぁ、確かに良い匂いはするな」

 ああ、いけないと思いつつも、生唾が出てしまう……これが魔牛の魔力、ではなくて、この温泉に入っている牛達から香る匂いは美味しい肉の匂いとミルクの甘い匂いが充満している。
しかし、この良い香りに周りの魔獣が惹き付けられ、逆に牛に美味しくモグモグされてしまった残骸が周りに落ちていて、うかつに私達も近寄れば、モグモグされかねない。

「魔牛って肉食……?」
「そのようだな。リロノスにでも聞いて……っと、アカリそれ以上は近付くな。魔牛の餌になるぞ」

 何やら魔牛達がこちらを一斉にザッと見た気がする。
私とルーファスは魔牛を探しに来たつもりはなく、本日の夕飯にキノコでも探そうと言い出したドラゴン達とキノコ採り合戦をしている最中なだけだったんだけど、これは間違いなく敵とみなされていそうだ。
いや、食べる気満々で魔国から連れて来たから、敵ではあるのかな?

「モォホォーン!!!」
「逃げるぞ、アカリ!!」
「ひゃぁあああ!!!!」

 魔牛達が動き出した瞬間、ルーファスに小脇に抱えられて逃げ出し、私の悲鳴と魔牛の鳴き声が森に木霊しつつの追いかけっこが始まった。
木々がバキバキ折れる音に、地響きを立てて魔牛は迫って来る。

「ルーファス、しゃぶしゃぶなんて言ったから怒ってるのかな! うわぁーん」
「普通にあれは美味そうな匂いではあったからな。仕方がない!」
「あっ、アカリとルーファスどうしたのー? って! なにあれ!」
「巨大なキノコにでも追われておるのか―……っと、肉か」
「お肉だ!!」
「ご馳走が走ってきたー!!」

 私達の悲鳴の代わりに、ドラゴン達が「肉だー!」と歓喜の声を上げた。
今度は魔牛が、うちの食いしん坊ドラゴン達に追われる事になり、ドラゴン達を止めるのにルーファスと私も追い駆ける羽目になった。

「魔牛……いや、これは既に温牛だな。食いたかった……」
「お肉ぅ~……」

 しょんぼり項垂うなだれながらドラゴン達は、氷漬けにしてドナドナされる牛をヨダレを垂らしつつ見送った。
ちなみにドナドナしていったのはリュエールで、どうやら自由放牧させて生態系観察もしていたらしい。
特に問題が無いから、もし牛達が逃げても大丈夫でしょって言うけど、その牛達……魔獣とか食べてたみたいなんですけど?
リュエールは牧草地の柵に、新たに魔法で逃げ出したら雷魔法で感電させるように仕掛けを作ったらしく、牛達も今回の様な逃走劇はしなくなったものの、温泉に味を占めたのか、地面を掘り返して温泉を染み出させ、地面に体を横たえていることが多く、結局牧草地帯に牛専用温泉を作り、魔牛は温牛と言われるようになり、「温泉大陸の温牛は魔牛より口に入れた時のとろみが違う」と言われるようになる。

 たまに温牛食べたさに放牧地でドラゴンが出るとか噂もあるけど、まぁ……あくまで噂である。
そしてたまにリュエールにドラゴンが怒られているのも、何というか……うちの子達らしいなとは思う。

 冬の鍋の季節に温牛のすき焼きが【刻狼亭】でも出る様になり、温泉鳥の温泉卵とからめて食べる冬の鍋料理として人気が出た。

「うちの十六代目は商売上手だねぇ」
「本当に、誰に似たのやらだな」

 隠居生活の私とルーファスは、屋敷でのんびり温牛のすき焼きを食べながら、今年の冬ものんびりと過ごした。
ちなみに、マデリーヌさんからも魔国から魔牛が届き、これはこれで美味しく頂いた。
うちの温牛もマデリーヌさんに贈ったところ、追加で魔牛が温泉大陸に輸送されてきて、温牛のお肉を魔国へ輸送する事になってしまい、逆輸入状態になってしまった。
リュエールとしては「まぁ、魔国とのパイプが繋がってると思えばいいんじゃない?」との事だ。

 うん、本当に誰に似ちゃったのやら?

 そうそう、「お正月には温泉大陸に顔を出します」と言っていたテンと小鬼は、温牛の話を聞いてお正月に温泉大陸に戻って来て、しっかり温牛を食べた後、温牛の情報を仕入れて軍へ戻っていった。
彼等が次に姿を現したのは夏で、温牛のミルクアイスが美味しいと評判になった時だったのは、ご愛嬌というものだろう。
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