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1巻
1-3
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男に肩を掴まれ、振り向かされる。私を見た男達は一気に目を見開き、青ざめた。
「おいっ死にかけてるぞ! これ、そんなに強い毒じゃないはずだろ⁉」
男の一人が慌てたように私を突き飛ばして逃げる。残った男も慌てて逃げていった。
ドタドタという足音を聞きながら、必死に助けを呼ぼうとする。
「だ……ゴホッ、ゴホッ……あっ……」
(誰か、助けて……ルーファス……)
ぐにゃりと回る視界。がむしゃらに手を伸ばし、テーブルにのっていた酒器を床に落とす。
ガシャーンと響いた音で誰かが気付いてくれることを祈りながら、私は意識を手放した。
†
料亭内が、急に騒がしくなった。ルーファスは怪訝に思いながら騒ぎの方へ向かう。
客が何やら従業員に食ってかかっていた。
「何があった?」
ルーファスがその従業員に問いかけると、従業員より早く客が口を開く。
「女の子が血を吐いて倒れているんだ! 毒じゃないのか⁉ ここの料理は大丈夫なのか⁉ 医者を呼んでくれ!」
客は自分の喉元を押さえながらルーファスに訴えかける。
「お客様、落ち着いてください。女の子が倒れているのはどこですか? 念のため医者の手配をしますから、お待ちください。そこの君、すぐに医者を呼んで。また、状況がはっきりするまで店を一時封鎖しろ」
対応しつつも、ルーファスは心の中で眉をひそめる。
(一体、何があった? どういうことだ……)
その客を従業員に任せると、他の従業員にも指示を出す。
そして倒れた者がいると思われる騒ぎの中心へと足を急がせた。
「アカリ! しっかりしな! アカリ‼」
女性従業員の声に、ルーファスは心臓に氷水を浴びせられたような心地になる。
(アカリ……? そんなはずはない。アカリがこの場所にいるわけが……)
だが、女性従業員のフリウーラの前で横たわっているのは確かにアカリだった。
(オレの番が何故、こんな場所で、血を吐いて倒れている……?)
ルーファスは目の前が真っ暗になった。
(オレの最愛の唯一が、何故……?)
「アカリ……」
アカリを最初に見つけた時の絶望感がルーファスを再び襲う。
番は一生に一度会えるか会えないかの相手。
あの時、その番の命が消えそうになるのを、どうにかして引き留めたかった。
必死に看病してやっと手に入れた幸せが今、また失われそうになっている。
「若、医者を呼びました」
その言葉にルーファスはハッとする。
「まずはアカリから診てもらってくれ! 医者が足りないようなら他の場所からも呼べ! あと料理の素材に毒物がないか念のため調べろ!」
指示を出したあとでルーファスは自分の口を押さえる。
こんな時なのに自分のすべきことが口からつらつら出ることに絶望する。
アカリを失っても自分はこうして指示を出していくのだろうか。
「若、アタシがちゃんと付いていてあげれば良かった。申し訳ありません‼」
頭を下げるフリウーラにルーファスは困惑する。
「どういうことだ……お前はアカリがここにいた理由を知っているのか?」
怒りを抑え切れぬルーファスの声に、フリウーラはヒッと息を呑む。
「今日から入った配膳の新しい子ですよね? 仕事を教えていたんですが、呑み込みが早かったので一人でやらせてみたんです。そしたら……」
「今日来るはずだった子は、都合で二日後になったと朝の申し送りで伝えたはずだが? まさか、間違えてオレの番を――アカリを働かせていたのか……?」
フリウーラは自分の勘違いに気付き、一気に青ざめる。
今日は忙しくなることばかりに気を取られて、申し送りを適当に聞き流していたかもしれない。とにかく人手が欲しかったために、新人を迎えにルーファスの部屋へ行き、そこにいた少女を連れ出してしまった――自分の過失に気付いたフリウーラは、ガクガクと震えながらそう言った。
フリウーラを一瞥すると、ルーファスはアカリの前に膝をつく。
「アカリ、もっとオレが側にいてやるべきだった」
下手に動かして、毒が回ってしまうといけない――その思いからルーファスはアカリを抱き上げることすらできず自分の拳を握りしめる。
「若……っ、アタシの責任です! この償いはどんなことをしてもします! だから、アカリを助けてあげてくださいっ!」
「当たり前だっ!」
言われなくても、絶対に助ける。
医者が来て処置を施すと、ようやくルーファスはアカリを抱き上げることができた。
まだ生きている、しかしこのまま死体になってしまうのではないか? そんな恐怖が心を黒く染め上げていく。
医務室のベッドにアカリを横たえたあと、ルーファスは手に付いたアカリの血を洗い流した。
「首に蛇の噛み痕があるだろ? ここ何週間かで毒蛇を使った婦女子への性的嫌がらせが立て続いていてね。多分今回もそれだろう。それほど強い毒ではないんだが、この子は毒に対する抵抗力があまりないみたいだね」
医者は噛み痕を消毒しながら、解毒剤をアカリの手首に打ち込む。
「念のため、解毒剤を持ってきていて良かったよ」
医者はホウッと息を吐いて薄く笑う。
「アカリは……アカリは大丈夫なのか⁉」
「若様が『番の儀』をしていたおかげで生命力が強くなっているからだろう、一命は取りとめたよ。ただ、何日か高熱が続く。あとは回復の様子を見ないと何とも言えないね。喉が壊死してるから、薄めた回復ポーションと解毒ポーションを三時間おきにかけるといい」
医者の言葉に頷きつつも、ルーファスの心は怒りに黒く染まっていた。
(オレの番に手を出した奴らへの制裁をどうしてくれようか……)
月の美しい深夜。
骨ばった若い冒険者の男と、太った冒険者の男が、街中を追い立てられていた。
男達を取り囲むようにしながら、複数の影が建物の上を移動していく。
「ねぇ? 死ぬのと生きるの、どっちが楽かな?」
「ねぇ? 生きるのと死ぬの、どっちが楽かな?」
山吹色の子狐が二人、交互に喋りながら、男達のまわりを飛び跳ねる。
「生きながら死ぬのが一番いいだろう」
銀色の狐が青白い炎を纏い、男達の行く手を阻む。
「我々の縄張りで騒ぎを起こしたんだ。覚悟はできているのだろうさ」
巨大な黒い蛇が鎌首を擡げ、シューと音を立てながら男達にゆっくりと迫る。
「オレの城でオレのものに手を出したんだ。覚悟がないわけがないだろう?」
黒い狼が低い唸り声を上げ金色の目を光らせた。
男達の悲鳴が街中に響くが、窓一つ開かない。
次の日、肌が焼け落ちたり腐ったりしつつも生きている――そんな男が二人発見された。
街の人間は見て見ぬふりをする。
【刻狼亭】で騒ぎを起こせばこうなることを知らない新参者が、制裁を受けたのだろう。
それがわかっているからこそ、街の人間は何も言わないのである。
†
高熱と寒さと息苦しさで何度も歯を食いしばり、何度も嘔吐を繰り返した私がようやく落ち着いたのは、毒蛇に噛まれて五日経ってからだった。
それでも全然体に力が入らず、布団で上半身を起こすのが精一杯だ。
「アカリ、起きていて大丈夫か?」
部屋に入ってきたルーファスがそう言いながら私の布団の横に座る。
コクコクと頷くと、小さく笑って手にしていたガラスの器を示した。
「氷菓子なら食べれるか?」
果物は果汁が沁みて、重湯は塩味が喉を刺激して痛くて食べられず、私はルーファスを困らせていた。彼はあの手この手で何かしら食べさせようと必死になっている。
ルーファスは木匙で白い氷菓子をすくい、私の口元へ持ってくる。
小さく口を開くと、口に氷菓子を入れてくれた。
氷菓子が喉を通る。喉に痛みがなかったので、心配そうにこちらを見ているルーファスに指で丸のマークを作ってみせた。
ルーファスがホッとしたように、また私の口に氷菓子を運ぶ。
私の喉は毒の影響で爛れ、声が出せなくなっていた。
異世界召喚の際に一度死にかけたせいか、やけに体の治りが悪い。喉も炎症が治まらずに、息を吸うだけでヒューヒューと音を立てて痛んだ。
だから身振りや顔の表情で意思の疎通をするしかないのだ。そんな私にルーファスは根気よく付き合ってくれる。
「早く良くなって、また可愛い声を聞かせてくれ」
その言葉に少し気恥ずかしさを覚えつつも頷くと、ルーファスが嬉しそうに私にスリついてきた。尻尾もパタパタと左右に揺れている。
(凄く格好いいのに、尻尾だけは狼というより犬みたい――って言ったら怒るかな?)
その時、ドアがノックされた。ルーファスが嫌そうな顔をする。
「誰だ」
「若、そろそろ戻っていただかないと業務に支障が出ます」
シュテンの声にルーファスが項垂れる。私はそんなルーファスに『お仕事頑張って』と、両手でガッツポーズをしてみせた。
彼は私の頭を撫で、唇に軽くキスをすると、氷菓子のガラスの器を持たせてくれる。そして名残惜しそうに言った。
「アカリ、行ってくる」
手を小さく振って『いってらっしゃい』を伝える。
ルーファスが出ていくと、部屋から少し温もりが消えた気がした。
元々私は口数が多い方ではないから、話せない状況もさほど苦ではないけれど、やっぱりちゃんと声に出して「いってらっしゃい」を伝えたい。
(早く治るといいなぁ)
氷菓子を食べたあと、また私はとろとろと眠りに落ちていく。
意識の片隅で、ザーッと雨の降る音と土煙の匂いを感じた。
再び目を覚ますと、ルーファスが私の横で帳簿を見つつ算盤を弾いていた。
算盤の音と雨の音を聞きながら、また目を閉じる。
「……アカリ? 起きているのか?」
私が起きたのが気配でわかったのだろう、ルーファスが声をかけてきた。私は目を開けてゆっくり瞬きする。
「すまないな。うるさかったか?」
小さく首を振り、ルーファスに手を伸ばした。
「ん? どうした?」
顔を近付けてくれる彼の頭を撫でる。そして目の下の隈を指でなぞった。この隈は、私の看病でちゃんと寝ていないせいだ。
「ああ、大丈夫だ。心配してくれるのか?」
こくこくと頷くと、ルーファスが愛おしそうに見つめてくる。
「早く片付けて、アカリと薬湯に浸かりにでも行くかな」
そう言って私のおでこにキスし、ルーファスは再び仕事に向き直る。
優しい気配に包まれながら、私はまた眠りについた。
「これが『エルフの回復薬』だよ」
光沢のある小瓶の底の方に、薄緑色の液体が少しだけ入っている。
私の主治医となった小柄な老人、ボギー・ボブ医師が、私とルーファスにその小瓶をかざしてみせていた。
あの事件から約二週間。私は今日、回復具合を診てもらうべくお医者様のもとを訪れていた。
診察のあと、ボギー医師が懐から取り出したのが、この小瓶だ。
「『エルフの回復薬』――あらゆるものを治すという万能薬か……アカリの治療に使いたい。入手はできるか?」
ルーファスの問いにボギー医師は首を横に振る。
「難しいね。なんせここは温泉街だろ? 肌を他人に見せることを嫌うエルフ族は滅多に来ないからね。しかも『エルフの回復薬』は秘伝の薬、なかなかに入手は難しいと思うよ」
「冒険者ギルドに依頼してみるか……」
ルーファスの言葉に、ボギー医師は頷いた。
「それが一番早いだろうね。もしくは【刻狼亭】を訪れる客の中に高ランクの冒険者がいるようなら、持っている者もいるかもしれない。彼らは難易度の高いクエストに行く際、『エルフの回復薬』を最低一本は持っていくからね」
その言葉にルーファスが溜め息をついた。
「高ランク冒険者は交渉しづらい奴らが多い。それが問題だな」
そう言ったあと、ボギー医師に感謝を述べ、私を抱き上げて診察所から出ていく。
どうやら私は毒や病気といったものに対して免疫力が弱いらしい。そのため、毒蛇に喉を噛まれた痕が炎症程度に治まった今も、少し無理をすると熱を出して寝込んでしまう。
「アカリの声が聞きたいな……」
ルーファスが切なげな顔をして、私の頬に自分の頬を寄せる。
結局、私の声は出ないままだ。なんとか出そうとしても、掠れた音のようなものが出るだけで、言葉を発することはできない。そんな状態でありながら、私がそれなりに元気でいられるのは、ルーファスが生命力を分けてくれているおかげだ。
もし『番の儀』をしてなかったら、私は毒蛇に噛まれた時点で死んでいたらしい。
でも、ルーファスは私の喉が完治しないこと、声が出ないことをひどく気にしていて、万能薬である『エルフの回復薬』を手に入れようとしているのだ。
「アカリ、絶対に『エルフの回復薬』を手に入れてやるからな」
ルーファスの言葉に申し訳なさを感じて首を横に振るけれど、「遠慮はいらない」と言われ、軽くキスをされる。
「オレの番はオレが守る」
十分すぎるほどに守ってもらっているし、大事にしてもらっている――そう伝えたいけれど、声が出ない。でも、ルーファスの優しさが嬉しかった。
チュッと頬に感謝のキスをすると、ルーファスの尻尾が左右に揺れた。
そういえば『番の儀』をおこなうと、お互いの能力が使えるようになるため、私も魔法を使えるようになると以前聞いた。なんだか私ばかりが得する感じで、ルーファスにはメリットがないなと思っていたけれど、ルーファスによると、異世界召喚をされた者はこの世界に来た瞬間に何らかの能力が備わるらしい。だから『番の儀』をした今、ルーファスもその能力が使えるようになっているはずだとか。
ただ、私自身は何かの能力が備わった感じはしないし、特別何かが変わった気もしない。
今のところルーファスにも私の能力が何なのかわからないらしい。
なんの能力ももらえなかったのか、あるいは元々ルーファスが持っていた能力が私に与えられたせいで、ルーファスに新たな能力が備わらなかったのか。
ただ、ルーファスは、私とキスをしたり体を繋げたりすると、体調が良くなるらしい。最初は気持ち的な問題だと思っていたけれど、それだけとは考えられないくらい調子がいいから、異世界召喚時に私に与えられた能力は魔法ではなく、私の体自体に何か付与されているのかもしれない、とのことだった。
そうした体に付与されたものは、番でも使うことができないらしいけれど、ルーファスは「アカリと一緒にいられたらそれでいい」と言う。自分の能力が凄かったらルーファスにも喜んでもらえると思っていただけに、役に立てなくて申し訳なくなる。
ちなみにきちんと私の能力を調べるには【特殊鑑定】という能力が必要とのこと。ただ、残念ながらその能力を持つ人はこの大陸にはいないので、「そのうち人を呼んで調べてもらおう」と言われた。
夕暮れに染まった温泉街をルーファスに抱きかかえられながら【刻狼亭】の料亭に戻ると、入店を待つお客さんの列ができていた。
基本的に夜の時間帯、【刻狼亭】は予約制だ。けれど、たまにキャンセルが出るために、こうした順番待ちの列ができる。
お昼時は予約をしなくても入れるし、客層も旅行客中心で穏やかなものだけど、夕方から夜にかけては貴族や冒険者が中心になり、店の雰囲気もガラリと変わる。
ここ温泉大陸は、ルーファスの一族トリニア家が所有している大陸で、【刻狼亭】はトリニア家当主が代々受け継いでいる。貴族階級や冒険者にとって、この温泉大陸で過ごすことはある種のステータスとなっていて、中でも【刻狼亭】の料亭で一時を過ごすことは金回りの良さを見せつけるようなものらしい。
ただし、いくら上位ランクといっても冒険者は無頼者も多く、浮かれて騒いだり暴れたりすることがある。そのため夜の従業員はそれなりの腕を持った人員が配置されるのだ。
「「おかえりルーファス、アカリ」」
玄関まわりを掃除していた狐獣人の双子の幼女、タマホメとメビナが尻尾をふりふりと揺らしながら声を揃えて挨拶してくれる。
「今戻った。変わりはないか?」
ルーファスの問いに、双子は「「ないな」」と声を合わせる。
「アカリ、先に飯を食べていてくれ。少し事務所の方へ行ってくる」
ルーファスが私を下ろして頬を撫でると、耳元で耳飾りがシャランと音を立てた。
私がどこにいても、この耳飾りが音を立てればルーファスの耳には届くらしい。ルーファスは私の耳飾りの音を確かめてから事務所へ向かった。
「アカリ、フリウーラがちょうど休憩だからご飯食べるといい」
「アカリ、フリウーラの長いお喋りに付き合ってあげるといい」
二人がオープンスペースの端っこに案内してくれる。すぐにフリウーラがご飯を配膳盆にのせてやってきた。
「アカリ、一緒に食べよっか」
コクコクと頷いて、フリウーラの持ってきてくれたご飯を食べる。その間にもフリウーラが、働いている従業員を指さして「あの子の名前はね」と名前や性格を教えてくれる。
フリウーラのおかげで従業員の名前は結構憶えてきていると思う。
フリウーラは毒蛇の件で相当厳しくルーファスに叱られたらしい。フリウーラ自身もかなり責任を感じているらしく、ルーファスが仕事でどうしても私の側を離れなくてはいけない時には、率先して私の相手をしてくれる。
【刻狼亭】では、私はまだルーファスの客人のような扱いで、気軽に話しかけてくれるのはフリウーラとタマホメにメビナ、そしてシュテンくらいだ。
(そのうち、他の人にも仲良くしてもらえたら嬉しいなぁ)
照明を落とした店内でフリウーラとまったりしていると、後ろから声をかけられた。
「アカリ、飯は食ったか?」
ルーファスの声だ。嬉しくて笑顔で振り返り頷くと、ルーファスも微笑んでくれる。
「ん? 相変わらず薬草茶は飲んでいないのか?」
その言葉に、申し訳なさで眉尻を下げてしまう。このお茶は私の健康のために出してくれているのだけれど、えぐみと渋みが強く、喉を通る時にヒリつくこともあって、なかなか飲み干すことができない。
「若、アカリ、アタシはそろそろ仕事に戻りますね。じゃあ、アカリ。また一緒にご飯食べようね」
そう言って一礼すると、フリウーラは配膳盆に自分と私の食器をのせて、その場を離れた。
「もう少し飲みやすい薬草茶が手に入ればいいんだがな」
私の隣の席に座り髪を撫でてくるルーファスを、申し訳ないと思いつつ見上げる。
「責めているわけではない。可愛い番に苦い思いをさせたくないからな。できるだけ美味いものだけ食べさせてやりたい」
(今でさえもたくさん食べてるのに……ルーファスは私を太らせる気かな?)
それは遠慮したいとフルフルと首を横に振ると、ルーファスは喉で笑いながら、私の顎に指をかけて上を向かせ、唇を奪った。私も素直に目を閉じてそれを受け入れる。
「……、っ……」
喉から吐息が漏れると、口づけはさらに深くなった。口の中に甘さが広がって、下腹部がピクピクと甘く疼く。ルーファスと口づけをすると、いつも甘い味がする。ルーファス曰く、これは番同士のキス特有のものらしい。
「……っ、っ」
「さぁアカリ、部屋に戻るか」
私を抱き寄せて自分の腕の上に座らせると、ルーファスは足早にホールをあとにした。
そして、料亭の奥にある自分の部屋に入り、抱き上げたまま私の着物の帯紐に手をかける。
「アカリ、君が欲しい」
耳元で囁かれる。胸がトクンと跳ね上がって、「好き」という気持ちで胸がキュッと痛くなる。半ば流されるようにして『番の儀』をしたけれど、私はルーファスが好きだ。
まだ口に出して伝えることはできていないけれど。
ルーファスを受け入れたくてコクリと頷くと、次々に着物を脱がされていった。
肌襦だけになって、心もとなさに胸元の布をギュッと握りしめていると、奥の寝室に連れていかれ布団の上に寝かせられた。
ルーファスが上から覆いかぶさり、首筋にキスをしながら肌襦の前身ごろを開く。胸がたゆんと揺れて外気に晒された。
「可愛いよ。アカリ」
そう言ってルーファスが私の太腿を撫で上げる。
「……っ」
ショーツの中に手が滑り込み、秘めた部分に触れられると、くちゅりと水音がした。
「アカリもオレが欲しかったのか?」
耳元で囁かれて、真っ赤になってしまう。羞恥心を堪えながらコクコクと頷くと「お利口さんだ」と口づけをされた。その間にも彼の指は蜜口に侵入し、もう片方の手は私の胸を下から上に揉み上げている。
「――っ、……、っ」
指を動かされるたびに下腹部に甘い疼きが広がり、自分の内壁がヒクヒク動いた。
とろりとした愛液が、蜜口から溢れてお尻を伝っていく。お腹がキュウキュウと疼いて、もどかしさに思わずルーファスの着物の衿を引っ張ると、彼は蜜口から指を抜き、自分の着物を脱いだ。
細身なのに筋肉質なルーファスの体に、胸がキュンとする。
目が合うと、ルーファスは啄むようなキスを何度もくれた。
指が再び股の割れ目に入り込む。少しすると指が増やされ、二本の指にゆっくりと肉襞をなぞられた。
「っ、はぁ、はぁ、っ、っはぁ」
「まだ解れていないからキツいな。早く欲しいだろうがもう少し辛抱だ」
ルーファスの言葉に小さく頷く。互いの唾液がまざって口の中が熱い。
ルーファスは指を出し入れしては上下に動かし、とぷっと蜜壺から溢れた蜜を絡めては、まだ行為に慣れていない秘部を解していく。
「っ、……っ、はぁ、っ、はぁはぁ」
「アカリ、喉を傷めるといけないから声を押し殺そうとするな。喉に力も入れるんじゃない」
ルーファスがなにかを伝えてくるけれど、意識がふわふわしてうまく理解できない。その間にも彼は胸の蕾に吸いついて舌で転がしてくる。むくむくと起き上がった蕾に軽く歯を立てられて、声にならない悲鳴が上がる。
「……っ!」
蜜腔に入れられた指にちゅくちゅくと攻められ、下腹部がきゅっと締まって熱を帯びる。
快感に耐えるためにシーツを握りしめた次の瞬間、足を大きく開かされた。内腿にチュッとルーファスが吸い付く。
「はふっ、はぁ……ふっ」
「アカリの白い肌に花を咲かせるのはオレだけの特権だな」
そう言って、ルーファスは笑いながら体を足の間に割り込ませてきた。双丘を押し割ったかと思うと、昂りを蜜口に押しつける。とっさに逃げそうになった私の腰を引き寄せて、一気に挿入ってきた。
「――っ‼ っ、はぁ、っ、ぁ、ぅっ、ぁ‼」
ミチミチと隘路を押し広げて、熱い昂りが突き進む。ギリギリいっぱいまで広げられて苦しいはずなのに、下腹部はツキンと甘く痺れる。
「ああ……アカリの中は熱くてギュウギュウ抱きついてきて凄いな」
「はぁ、はぁ……っ、っ、はぁ、っ」
「アカリの中がうねって、奥に誘ってくる。――悪い子だ」
必死に首を左右に振るが、ルーファスは笑って取り合ってくれない。啄むようなキスをしたあと、強く穿たれ、奥にグリッと先端があたって頭が真っ白になった。
「んっ、ふっ、ぁ、ぁ……っ」
ゆっくり腰を引いては、一気に奥まで貫かれて、目の前がチカチカする。
「ちゃんと、アカリに生命力を分けておかないとな」
そう言って腰を打ち付け、中の肉襞をゴリゴリと擦り上げられる。
(奥がきゅんってして、イク、これ以上は駄目っ)
頭を振ってもう駄目だと思いながら目を瞑ると、ズンッと奥まで突き上げられた。
快感が弾け、お腹の中が解放感のようなものでいっぱいになる。
「アカリ、中に出すぞ」
「っ、はぁ、っ、――っ‼」
腰をグッと押し付けルーファスが身震いすると、お腹の中でドクドクと、とろみを帯びた体液が広がった。
優しいルーファスのキスを受け入れながら、私は意識が遠のくのを感じて目を閉じた。
「おいっ死にかけてるぞ! これ、そんなに強い毒じゃないはずだろ⁉」
男の一人が慌てたように私を突き飛ばして逃げる。残った男も慌てて逃げていった。
ドタドタという足音を聞きながら、必死に助けを呼ぼうとする。
「だ……ゴホッ、ゴホッ……あっ……」
(誰か、助けて……ルーファス……)
ぐにゃりと回る視界。がむしゃらに手を伸ばし、テーブルにのっていた酒器を床に落とす。
ガシャーンと響いた音で誰かが気付いてくれることを祈りながら、私は意識を手放した。
†
料亭内が、急に騒がしくなった。ルーファスは怪訝に思いながら騒ぎの方へ向かう。
客が何やら従業員に食ってかかっていた。
「何があった?」
ルーファスがその従業員に問いかけると、従業員より早く客が口を開く。
「女の子が血を吐いて倒れているんだ! 毒じゃないのか⁉ ここの料理は大丈夫なのか⁉ 医者を呼んでくれ!」
客は自分の喉元を押さえながらルーファスに訴えかける。
「お客様、落ち着いてください。女の子が倒れているのはどこですか? 念のため医者の手配をしますから、お待ちください。そこの君、すぐに医者を呼んで。また、状況がはっきりするまで店を一時封鎖しろ」
対応しつつも、ルーファスは心の中で眉をひそめる。
(一体、何があった? どういうことだ……)
その客を従業員に任せると、他の従業員にも指示を出す。
そして倒れた者がいると思われる騒ぎの中心へと足を急がせた。
「アカリ! しっかりしな! アカリ‼」
女性従業員の声に、ルーファスは心臓に氷水を浴びせられたような心地になる。
(アカリ……? そんなはずはない。アカリがこの場所にいるわけが……)
だが、女性従業員のフリウーラの前で横たわっているのは確かにアカリだった。
(オレの番が何故、こんな場所で、血を吐いて倒れている……?)
ルーファスは目の前が真っ暗になった。
(オレの最愛の唯一が、何故……?)
「アカリ……」
アカリを最初に見つけた時の絶望感がルーファスを再び襲う。
番は一生に一度会えるか会えないかの相手。
あの時、その番の命が消えそうになるのを、どうにかして引き留めたかった。
必死に看病してやっと手に入れた幸せが今、また失われそうになっている。
「若、医者を呼びました」
その言葉にルーファスはハッとする。
「まずはアカリから診てもらってくれ! 医者が足りないようなら他の場所からも呼べ! あと料理の素材に毒物がないか念のため調べろ!」
指示を出したあとでルーファスは自分の口を押さえる。
こんな時なのに自分のすべきことが口からつらつら出ることに絶望する。
アカリを失っても自分はこうして指示を出していくのだろうか。
「若、アタシがちゃんと付いていてあげれば良かった。申し訳ありません‼」
頭を下げるフリウーラにルーファスは困惑する。
「どういうことだ……お前はアカリがここにいた理由を知っているのか?」
怒りを抑え切れぬルーファスの声に、フリウーラはヒッと息を呑む。
「今日から入った配膳の新しい子ですよね? 仕事を教えていたんですが、呑み込みが早かったので一人でやらせてみたんです。そしたら……」
「今日来るはずだった子は、都合で二日後になったと朝の申し送りで伝えたはずだが? まさか、間違えてオレの番を――アカリを働かせていたのか……?」
フリウーラは自分の勘違いに気付き、一気に青ざめる。
今日は忙しくなることばかりに気を取られて、申し送りを適当に聞き流していたかもしれない。とにかく人手が欲しかったために、新人を迎えにルーファスの部屋へ行き、そこにいた少女を連れ出してしまった――自分の過失に気付いたフリウーラは、ガクガクと震えながらそう言った。
フリウーラを一瞥すると、ルーファスはアカリの前に膝をつく。
「アカリ、もっとオレが側にいてやるべきだった」
下手に動かして、毒が回ってしまうといけない――その思いからルーファスはアカリを抱き上げることすらできず自分の拳を握りしめる。
「若……っ、アタシの責任です! この償いはどんなことをしてもします! だから、アカリを助けてあげてくださいっ!」
「当たり前だっ!」
言われなくても、絶対に助ける。
医者が来て処置を施すと、ようやくルーファスはアカリを抱き上げることができた。
まだ生きている、しかしこのまま死体になってしまうのではないか? そんな恐怖が心を黒く染め上げていく。
医務室のベッドにアカリを横たえたあと、ルーファスは手に付いたアカリの血を洗い流した。
「首に蛇の噛み痕があるだろ? ここ何週間かで毒蛇を使った婦女子への性的嫌がらせが立て続いていてね。多分今回もそれだろう。それほど強い毒ではないんだが、この子は毒に対する抵抗力があまりないみたいだね」
医者は噛み痕を消毒しながら、解毒剤をアカリの手首に打ち込む。
「念のため、解毒剤を持ってきていて良かったよ」
医者はホウッと息を吐いて薄く笑う。
「アカリは……アカリは大丈夫なのか⁉」
「若様が『番の儀』をしていたおかげで生命力が強くなっているからだろう、一命は取りとめたよ。ただ、何日か高熱が続く。あとは回復の様子を見ないと何とも言えないね。喉が壊死してるから、薄めた回復ポーションと解毒ポーションを三時間おきにかけるといい」
医者の言葉に頷きつつも、ルーファスの心は怒りに黒く染まっていた。
(オレの番に手を出した奴らへの制裁をどうしてくれようか……)
月の美しい深夜。
骨ばった若い冒険者の男と、太った冒険者の男が、街中を追い立てられていた。
男達を取り囲むようにしながら、複数の影が建物の上を移動していく。
「ねぇ? 死ぬのと生きるの、どっちが楽かな?」
「ねぇ? 生きるのと死ぬの、どっちが楽かな?」
山吹色の子狐が二人、交互に喋りながら、男達のまわりを飛び跳ねる。
「生きながら死ぬのが一番いいだろう」
銀色の狐が青白い炎を纏い、男達の行く手を阻む。
「我々の縄張りで騒ぎを起こしたんだ。覚悟はできているのだろうさ」
巨大な黒い蛇が鎌首を擡げ、シューと音を立てながら男達にゆっくりと迫る。
「オレの城でオレのものに手を出したんだ。覚悟がないわけがないだろう?」
黒い狼が低い唸り声を上げ金色の目を光らせた。
男達の悲鳴が街中に響くが、窓一つ開かない。
次の日、肌が焼け落ちたり腐ったりしつつも生きている――そんな男が二人発見された。
街の人間は見て見ぬふりをする。
【刻狼亭】で騒ぎを起こせばこうなることを知らない新参者が、制裁を受けたのだろう。
それがわかっているからこそ、街の人間は何も言わないのである。
†
高熱と寒さと息苦しさで何度も歯を食いしばり、何度も嘔吐を繰り返した私がようやく落ち着いたのは、毒蛇に噛まれて五日経ってからだった。
それでも全然体に力が入らず、布団で上半身を起こすのが精一杯だ。
「アカリ、起きていて大丈夫か?」
部屋に入ってきたルーファスがそう言いながら私の布団の横に座る。
コクコクと頷くと、小さく笑って手にしていたガラスの器を示した。
「氷菓子なら食べれるか?」
果物は果汁が沁みて、重湯は塩味が喉を刺激して痛くて食べられず、私はルーファスを困らせていた。彼はあの手この手で何かしら食べさせようと必死になっている。
ルーファスは木匙で白い氷菓子をすくい、私の口元へ持ってくる。
小さく口を開くと、口に氷菓子を入れてくれた。
氷菓子が喉を通る。喉に痛みがなかったので、心配そうにこちらを見ているルーファスに指で丸のマークを作ってみせた。
ルーファスがホッとしたように、また私の口に氷菓子を運ぶ。
私の喉は毒の影響で爛れ、声が出せなくなっていた。
異世界召喚の際に一度死にかけたせいか、やけに体の治りが悪い。喉も炎症が治まらずに、息を吸うだけでヒューヒューと音を立てて痛んだ。
だから身振りや顔の表情で意思の疎通をするしかないのだ。そんな私にルーファスは根気よく付き合ってくれる。
「早く良くなって、また可愛い声を聞かせてくれ」
その言葉に少し気恥ずかしさを覚えつつも頷くと、ルーファスが嬉しそうに私にスリついてきた。尻尾もパタパタと左右に揺れている。
(凄く格好いいのに、尻尾だけは狼というより犬みたい――って言ったら怒るかな?)
その時、ドアがノックされた。ルーファスが嫌そうな顔をする。
「誰だ」
「若、そろそろ戻っていただかないと業務に支障が出ます」
シュテンの声にルーファスが項垂れる。私はそんなルーファスに『お仕事頑張って』と、両手でガッツポーズをしてみせた。
彼は私の頭を撫で、唇に軽くキスをすると、氷菓子のガラスの器を持たせてくれる。そして名残惜しそうに言った。
「アカリ、行ってくる」
手を小さく振って『いってらっしゃい』を伝える。
ルーファスが出ていくと、部屋から少し温もりが消えた気がした。
元々私は口数が多い方ではないから、話せない状況もさほど苦ではないけれど、やっぱりちゃんと声に出して「いってらっしゃい」を伝えたい。
(早く治るといいなぁ)
氷菓子を食べたあと、また私はとろとろと眠りに落ちていく。
意識の片隅で、ザーッと雨の降る音と土煙の匂いを感じた。
再び目を覚ますと、ルーファスが私の横で帳簿を見つつ算盤を弾いていた。
算盤の音と雨の音を聞きながら、また目を閉じる。
「……アカリ? 起きているのか?」
私が起きたのが気配でわかったのだろう、ルーファスが声をかけてきた。私は目を開けてゆっくり瞬きする。
「すまないな。うるさかったか?」
小さく首を振り、ルーファスに手を伸ばした。
「ん? どうした?」
顔を近付けてくれる彼の頭を撫でる。そして目の下の隈を指でなぞった。この隈は、私の看病でちゃんと寝ていないせいだ。
「ああ、大丈夫だ。心配してくれるのか?」
こくこくと頷くと、ルーファスが愛おしそうに見つめてくる。
「早く片付けて、アカリと薬湯に浸かりにでも行くかな」
そう言って私のおでこにキスし、ルーファスは再び仕事に向き直る。
優しい気配に包まれながら、私はまた眠りについた。
「これが『エルフの回復薬』だよ」
光沢のある小瓶の底の方に、薄緑色の液体が少しだけ入っている。
私の主治医となった小柄な老人、ボギー・ボブ医師が、私とルーファスにその小瓶をかざしてみせていた。
あの事件から約二週間。私は今日、回復具合を診てもらうべくお医者様のもとを訪れていた。
診察のあと、ボギー医師が懐から取り出したのが、この小瓶だ。
「『エルフの回復薬』――あらゆるものを治すという万能薬か……アカリの治療に使いたい。入手はできるか?」
ルーファスの問いにボギー医師は首を横に振る。
「難しいね。なんせここは温泉街だろ? 肌を他人に見せることを嫌うエルフ族は滅多に来ないからね。しかも『エルフの回復薬』は秘伝の薬、なかなかに入手は難しいと思うよ」
「冒険者ギルドに依頼してみるか……」
ルーファスの言葉に、ボギー医師は頷いた。
「それが一番早いだろうね。もしくは【刻狼亭】を訪れる客の中に高ランクの冒険者がいるようなら、持っている者もいるかもしれない。彼らは難易度の高いクエストに行く際、『エルフの回復薬』を最低一本は持っていくからね」
その言葉にルーファスが溜め息をついた。
「高ランク冒険者は交渉しづらい奴らが多い。それが問題だな」
そう言ったあと、ボギー医師に感謝を述べ、私を抱き上げて診察所から出ていく。
どうやら私は毒や病気といったものに対して免疫力が弱いらしい。そのため、毒蛇に喉を噛まれた痕が炎症程度に治まった今も、少し無理をすると熱を出して寝込んでしまう。
「アカリの声が聞きたいな……」
ルーファスが切なげな顔をして、私の頬に自分の頬を寄せる。
結局、私の声は出ないままだ。なんとか出そうとしても、掠れた音のようなものが出るだけで、言葉を発することはできない。そんな状態でありながら、私がそれなりに元気でいられるのは、ルーファスが生命力を分けてくれているおかげだ。
もし『番の儀』をしてなかったら、私は毒蛇に噛まれた時点で死んでいたらしい。
でも、ルーファスは私の喉が完治しないこと、声が出ないことをひどく気にしていて、万能薬である『エルフの回復薬』を手に入れようとしているのだ。
「アカリ、絶対に『エルフの回復薬』を手に入れてやるからな」
ルーファスの言葉に申し訳なさを感じて首を横に振るけれど、「遠慮はいらない」と言われ、軽くキスをされる。
「オレの番はオレが守る」
十分すぎるほどに守ってもらっているし、大事にしてもらっている――そう伝えたいけれど、声が出ない。でも、ルーファスの優しさが嬉しかった。
チュッと頬に感謝のキスをすると、ルーファスの尻尾が左右に揺れた。
そういえば『番の儀』をおこなうと、お互いの能力が使えるようになるため、私も魔法を使えるようになると以前聞いた。なんだか私ばかりが得する感じで、ルーファスにはメリットがないなと思っていたけれど、ルーファスによると、異世界召喚をされた者はこの世界に来た瞬間に何らかの能力が備わるらしい。だから『番の儀』をした今、ルーファスもその能力が使えるようになっているはずだとか。
ただ、私自身は何かの能力が備わった感じはしないし、特別何かが変わった気もしない。
今のところルーファスにも私の能力が何なのかわからないらしい。
なんの能力ももらえなかったのか、あるいは元々ルーファスが持っていた能力が私に与えられたせいで、ルーファスに新たな能力が備わらなかったのか。
ただ、ルーファスは、私とキスをしたり体を繋げたりすると、体調が良くなるらしい。最初は気持ち的な問題だと思っていたけれど、それだけとは考えられないくらい調子がいいから、異世界召喚時に私に与えられた能力は魔法ではなく、私の体自体に何か付与されているのかもしれない、とのことだった。
そうした体に付与されたものは、番でも使うことができないらしいけれど、ルーファスは「アカリと一緒にいられたらそれでいい」と言う。自分の能力が凄かったらルーファスにも喜んでもらえると思っていただけに、役に立てなくて申し訳なくなる。
ちなみにきちんと私の能力を調べるには【特殊鑑定】という能力が必要とのこと。ただ、残念ながらその能力を持つ人はこの大陸にはいないので、「そのうち人を呼んで調べてもらおう」と言われた。
夕暮れに染まった温泉街をルーファスに抱きかかえられながら【刻狼亭】の料亭に戻ると、入店を待つお客さんの列ができていた。
基本的に夜の時間帯、【刻狼亭】は予約制だ。けれど、たまにキャンセルが出るために、こうした順番待ちの列ができる。
お昼時は予約をしなくても入れるし、客層も旅行客中心で穏やかなものだけど、夕方から夜にかけては貴族や冒険者が中心になり、店の雰囲気もガラリと変わる。
ここ温泉大陸は、ルーファスの一族トリニア家が所有している大陸で、【刻狼亭】はトリニア家当主が代々受け継いでいる。貴族階級や冒険者にとって、この温泉大陸で過ごすことはある種のステータスとなっていて、中でも【刻狼亭】の料亭で一時を過ごすことは金回りの良さを見せつけるようなものらしい。
ただし、いくら上位ランクといっても冒険者は無頼者も多く、浮かれて騒いだり暴れたりすることがある。そのため夜の従業員はそれなりの腕を持った人員が配置されるのだ。
「「おかえりルーファス、アカリ」」
玄関まわりを掃除していた狐獣人の双子の幼女、タマホメとメビナが尻尾をふりふりと揺らしながら声を揃えて挨拶してくれる。
「今戻った。変わりはないか?」
ルーファスの問いに、双子は「「ないな」」と声を合わせる。
「アカリ、先に飯を食べていてくれ。少し事務所の方へ行ってくる」
ルーファスが私を下ろして頬を撫でると、耳元で耳飾りがシャランと音を立てた。
私がどこにいても、この耳飾りが音を立てればルーファスの耳には届くらしい。ルーファスは私の耳飾りの音を確かめてから事務所へ向かった。
「アカリ、フリウーラがちょうど休憩だからご飯食べるといい」
「アカリ、フリウーラの長いお喋りに付き合ってあげるといい」
二人がオープンスペースの端っこに案内してくれる。すぐにフリウーラがご飯を配膳盆にのせてやってきた。
「アカリ、一緒に食べよっか」
コクコクと頷いて、フリウーラの持ってきてくれたご飯を食べる。その間にもフリウーラが、働いている従業員を指さして「あの子の名前はね」と名前や性格を教えてくれる。
フリウーラのおかげで従業員の名前は結構憶えてきていると思う。
フリウーラは毒蛇の件で相当厳しくルーファスに叱られたらしい。フリウーラ自身もかなり責任を感じているらしく、ルーファスが仕事でどうしても私の側を離れなくてはいけない時には、率先して私の相手をしてくれる。
【刻狼亭】では、私はまだルーファスの客人のような扱いで、気軽に話しかけてくれるのはフリウーラとタマホメにメビナ、そしてシュテンくらいだ。
(そのうち、他の人にも仲良くしてもらえたら嬉しいなぁ)
照明を落とした店内でフリウーラとまったりしていると、後ろから声をかけられた。
「アカリ、飯は食ったか?」
ルーファスの声だ。嬉しくて笑顔で振り返り頷くと、ルーファスも微笑んでくれる。
「ん? 相変わらず薬草茶は飲んでいないのか?」
その言葉に、申し訳なさで眉尻を下げてしまう。このお茶は私の健康のために出してくれているのだけれど、えぐみと渋みが強く、喉を通る時にヒリつくこともあって、なかなか飲み干すことができない。
「若、アカリ、アタシはそろそろ仕事に戻りますね。じゃあ、アカリ。また一緒にご飯食べようね」
そう言って一礼すると、フリウーラは配膳盆に自分と私の食器をのせて、その場を離れた。
「もう少し飲みやすい薬草茶が手に入ればいいんだがな」
私の隣の席に座り髪を撫でてくるルーファスを、申し訳ないと思いつつ見上げる。
「責めているわけではない。可愛い番に苦い思いをさせたくないからな。できるだけ美味いものだけ食べさせてやりたい」
(今でさえもたくさん食べてるのに……ルーファスは私を太らせる気かな?)
それは遠慮したいとフルフルと首を横に振ると、ルーファスは喉で笑いながら、私の顎に指をかけて上を向かせ、唇を奪った。私も素直に目を閉じてそれを受け入れる。
「……、っ……」
喉から吐息が漏れると、口づけはさらに深くなった。口の中に甘さが広がって、下腹部がピクピクと甘く疼く。ルーファスと口づけをすると、いつも甘い味がする。ルーファス曰く、これは番同士のキス特有のものらしい。
「……っ、っ」
「さぁアカリ、部屋に戻るか」
私を抱き寄せて自分の腕の上に座らせると、ルーファスは足早にホールをあとにした。
そして、料亭の奥にある自分の部屋に入り、抱き上げたまま私の着物の帯紐に手をかける。
「アカリ、君が欲しい」
耳元で囁かれる。胸がトクンと跳ね上がって、「好き」という気持ちで胸がキュッと痛くなる。半ば流されるようにして『番の儀』をしたけれど、私はルーファスが好きだ。
まだ口に出して伝えることはできていないけれど。
ルーファスを受け入れたくてコクリと頷くと、次々に着物を脱がされていった。
肌襦だけになって、心もとなさに胸元の布をギュッと握りしめていると、奥の寝室に連れていかれ布団の上に寝かせられた。
ルーファスが上から覆いかぶさり、首筋にキスをしながら肌襦の前身ごろを開く。胸がたゆんと揺れて外気に晒された。
「可愛いよ。アカリ」
そう言ってルーファスが私の太腿を撫で上げる。
「……っ」
ショーツの中に手が滑り込み、秘めた部分に触れられると、くちゅりと水音がした。
「アカリもオレが欲しかったのか?」
耳元で囁かれて、真っ赤になってしまう。羞恥心を堪えながらコクコクと頷くと「お利口さんだ」と口づけをされた。その間にも彼の指は蜜口に侵入し、もう片方の手は私の胸を下から上に揉み上げている。
「――っ、……、っ」
指を動かされるたびに下腹部に甘い疼きが広がり、自分の内壁がヒクヒク動いた。
とろりとした愛液が、蜜口から溢れてお尻を伝っていく。お腹がキュウキュウと疼いて、もどかしさに思わずルーファスの着物の衿を引っ張ると、彼は蜜口から指を抜き、自分の着物を脱いだ。
細身なのに筋肉質なルーファスの体に、胸がキュンとする。
目が合うと、ルーファスは啄むようなキスを何度もくれた。
指が再び股の割れ目に入り込む。少しすると指が増やされ、二本の指にゆっくりと肉襞をなぞられた。
「っ、はぁ、はぁ、っ、っはぁ」
「まだ解れていないからキツいな。早く欲しいだろうがもう少し辛抱だ」
ルーファスの言葉に小さく頷く。互いの唾液がまざって口の中が熱い。
ルーファスは指を出し入れしては上下に動かし、とぷっと蜜壺から溢れた蜜を絡めては、まだ行為に慣れていない秘部を解していく。
「っ、……っ、はぁ、っ、はぁはぁ」
「アカリ、喉を傷めるといけないから声を押し殺そうとするな。喉に力も入れるんじゃない」
ルーファスがなにかを伝えてくるけれど、意識がふわふわしてうまく理解できない。その間にも彼は胸の蕾に吸いついて舌で転がしてくる。むくむくと起き上がった蕾に軽く歯を立てられて、声にならない悲鳴が上がる。
「……っ!」
蜜腔に入れられた指にちゅくちゅくと攻められ、下腹部がきゅっと締まって熱を帯びる。
快感に耐えるためにシーツを握りしめた次の瞬間、足を大きく開かされた。内腿にチュッとルーファスが吸い付く。
「はふっ、はぁ……ふっ」
「アカリの白い肌に花を咲かせるのはオレだけの特権だな」
そう言って、ルーファスは笑いながら体を足の間に割り込ませてきた。双丘を押し割ったかと思うと、昂りを蜜口に押しつける。とっさに逃げそうになった私の腰を引き寄せて、一気に挿入ってきた。
「――っ‼ っ、はぁ、っ、ぁ、ぅっ、ぁ‼」
ミチミチと隘路を押し広げて、熱い昂りが突き進む。ギリギリいっぱいまで広げられて苦しいはずなのに、下腹部はツキンと甘く痺れる。
「ああ……アカリの中は熱くてギュウギュウ抱きついてきて凄いな」
「はぁ、はぁ……っ、っ、はぁ、っ」
「アカリの中がうねって、奥に誘ってくる。――悪い子だ」
必死に首を左右に振るが、ルーファスは笑って取り合ってくれない。啄むようなキスをしたあと、強く穿たれ、奥にグリッと先端があたって頭が真っ白になった。
「んっ、ふっ、ぁ、ぁ……っ」
ゆっくり腰を引いては、一気に奥まで貫かれて、目の前がチカチカする。
「ちゃんと、アカリに生命力を分けておかないとな」
そう言って腰を打ち付け、中の肉襞をゴリゴリと擦り上げられる。
(奥がきゅんってして、イク、これ以上は駄目っ)
頭を振ってもう駄目だと思いながら目を瞑ると、ズンッと奥まで突き上げられた。
快感が弾け、お腹の中が解放感のようなものでいっぱいになる。
「アカリ、中に出すぞ」
「っ、はぁ、っ、――っ‼」
腰をグッと押し付けルーファスが身震いすると、お腹の中でドクドクと、とろみを帯びた体液が広がった。
優しいルーファスのキスを受け入れながら、私は意識が遠のくのを感じて目を閉じた。
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