黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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22章

夏休みの終わり

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 氷の祭りを終わらせてミシマリーフ国から帰ってきた私達は、いつも通りの日常に戻っていた。
ティルナールとルーシーの夏休み期間もあと一週間程で終わりとなり、二人はエルシオンと一緒に三つ子揃っての時間を埋め合わせる様な感じで過ごしている。
 ほんの少し、エルシオンも学園に通わせた方が良いのかと思わない事も無いけれど、エルシオンは温泉大陸の学校で学んでいくことを選んでいるし、温泉大陸にもエルシオンの友達がいるから、それを捨てて新しい場所に行くことは望んでいないらしい。
なにより、エルシオンはルーファスと朝と夕方の特訓を楽しみにしているので、そこが大きいと思う。
狼族の獣人は体を動かす事が好きだから、そこら辺が私と考え方は違うのかもしれない。

「母上ー! 母上いますかー!」

 ティルナールの声が玄関でして、洗濯物を干し終わって階段を下りていた私は「はーい」と声を出して玄関の方へ向かった。

「なぁに? 大声を出して……って、お客様?」

 ティルナールとエルシオンとルーシーが玄関に居て、玄関にはティルナールと同じくらいの年頃の男の子と四歳程の女の子にドレス姿の女性と正装の男性が立っていた。

「ボク等の学友のクーセル・ハミルトンと、そのご家族だよ。温泉大陸に遊びに来たついでに挨拶に来てくれたんだって」
「あらまぁ。ティルナールとルーシー・トリニアの母のアカリ・トリニアです。ようこそ温泉大陸へ、わざわざお立ち寄り下さってありがとうございます。何のお構いも出来ませんが立ち話も何ですし、上がっていって下さい」

 心の中で「ひぇぇ、親としての挨拶ってこれで良いんだっけ?」と私は内心パニックになりながら、屋敷に上がってもらおうと思ったけれど、相手の親の表情に上がってくることは無いなと思った。
私を上から下まで値踏みする様に見て、がっかりする様な顔に、どうせ私はあなた達に有益な人物になりそうではないですよー! と心の中で舌を出しておく。

「いえ、挨拶に立ち寄っただけですので、結構です」
「それでは、失礼致しますわ。行きますよクーセル」
「え? でも母様が挨拶したいと……」

 なにやら騒ぎながら親子は帰っていき、ティルナールとルーシーが申し訳なさそうな顔で私を見て「ごめんなさい」としょんぼりした声を出す。

「気にしないの。ああいう人達も貴族には居るんだから、気にしてたらキリがないよ」
「でも、母上……」
「学園ではクーセルとは仲が良いんだけど……」
「まぁ、ああいう親はともかく、友達とは仲良くしておけばいいんじゃない? 友情と親をはかりにかけて、あっちが親に何でも従うなら、切り捨てればいいじゃん? ねっ、母上」
「そうね。エルの言う通りよ。友達は大切にね」

 エルの言葉通りだと思う。おそらく私の見た目が温泉大陸の当主の妻という貫禄の無さから安く見られたのだろうし、私も今は白い着物は滅多に着ないから大女将には見えないからね。洗濯籠を持って着物にたすきをかけてるし……うむ。我ながら女中のようだ。

 温泉大陸は有名ではあるけれど、貴族の中にはやはり下に見る人もいるわけで、そういった人達にはそう思わせればいい。変にしたてに出て付き合う事も無いし、変にあっちにゴマをすられても面倒くさいからね。
ここにルーファスが居れば違ったのだろうけど、ルーファスはスクルードを連れて幼児健診に行ってもらっているから不在だったのが幸いというところだ。
あっちの家族にとってもね。
ルーファスにこんな事が知れたら、温泉大陸にあの家族は来れなくなるだろうし、貴族にとっての温泉大陸出入り禁止はマイナスイメージが付くから、それは可哀想というものだろう。

「さぁ、あなた達、夏休みはもう日数が無いのよ! お小遣い上げるからアイスでも食べてきたら?」
「うん! ありがとう母上!」

 エルシオンが手をパッと出してお金を受け取ると、まだ耳を下げているティルナールとルーシーを連れて元気に駆け出していく。
なんだか、ティルナールとエルシオンの立場が逆になった様で面白い。

「さーて、私はハーブの面倒を見に行こうかな?」
「ナウナー」
「クキューン」

 足元をクロとフェネシーが甘えた声を出してうろつき、二匹を連れて洗濯籠を置いてくると台所に置いている園芸用のハサミとザルを持って私も屋敷を出て、【刻狼亭】と宿舎の間にあるハーブの花壇に向かう。
私がハーブを弄っている間に、クロとフェネシーは花壇の周りを追いかけっこして走り回り、少ししたら花壇を掘り返して遊んでいたので二匹の首根っこを摘まみ上げて叱り、ハーブの花壇に侵食してきた製薬部隊の薬草の幾つかが摘み採り時期を告げる様に、種が出そうになっているのを、ザルに入れる。

「最近は忙しいから摘み採り間に合ってないのかしらね?」

 忙しい時期は夏休暇の終了と共に終わるだろうけど、夏休暇のお客さんが居なくなった後は、また夏の狩りの疲れを癒す為の休養を求める冒険者がお客としてくるので、夏から秋の間は少し多忙な期間で、製薬部隊も夏の暑さに、湯にのぼせた客への対応と目まぐるしい為に、この時期は薬草の摘み採り時間がなかなか出来ていない事がある。

「届けにいきましょうか。行くよークロ、フェネシー」
「ナンナーン」
「キュウ」

 二匹を連れ立って【刻狼亭】へ行くと、ロビーでは先程の親子が揉めていた。
シュテンが営業スマイルではあるけど、迷惑そうな声のトーンで「ご予約がございませんのでお引き取りを」と言っている。

「【刻狼亭】は予約制、宿も料亭もこれ常識」
「【刻狼亭】で予約する事を知らない田舎者」

 タマホメとメビナも小声で言って肩をすくめている。
たまに、貴族の名前を出せば食事出来ると思ったり、宿に泊まれると思っている人達がいるが、それは中流貴族くらいで、上流貴族程、温泉大陸の予約制をステータスと思っているので、それすら知らない貴族はかなり白い目で見られるから、あまり騒ぐと自分達の無知さを曝け出す事になり、貴族社会では噂のネタにされかねない。

「ご予約の案内表は今はどうなっているの? 空きはない感じ?」
「あっ、アカリ。ないな」
「駄目。アカリ。ないな」
「残念ながら、夏のこの時期ですからね」

 三人に一応予約状況を聞いてから、ハミルトン夫妻に「申し訳ございません」と頭を下げる。

「あいにく、うちの料亭ではご案内出来ないようですので、よろしければ温泉大陸でもご予約が無くても大丈夫なお店でしたら、私がご案内出来ますよ?」

 私としてはティルナール達の学友の家族だから穏便に騒がず出て行って貰いたいところである。いい加減にしないと、このロビーの悪魔な狐獣人達は「お聞き分け下さい、ハミルトン様」と家名を言って、店内の耳ざとい貴族達の耳に入る様にしてしまうだろうから。

「結構だ! こんな田舎料亭たかが知れている! 噂でどんなものかと来てみただけだ!」
「こんな所で田舎料理を有り難がる方の気が知れませんわ!」

 ズンッとお腹にくるような殺気立ったものが料亭内から出て、「ひぇっ」と私は足元のクロとフェネシーを抱き上げる。
素人の私にも分かるほどの殺気は少し危ないと思う。

「護衛! ご予約の無いハミルトン様がお帰りだ! ご案内しろ!」

 シュテンが店内に聞こえる様な声で言い、安全のために警護させている従業員が護衛として店内からロビーへ出て来る。
 ああ……シュテンったら、やっぱり私が懸念していた家名を言っての報復行動に出てしまったようだ。
まぁ、私も【刻狼亭】を田舎呼ばわりされたのはムカッときたけど……。

「「「またのお越しをお待ちしております!」」」

 ほぼ、無理やり追い出すような形でハミルトン家族が料亭から追い出され、それを外で見ていた温泉街の人々は少し冷たい目で彼等を見ていた。
【刻狼亭】から追い出されると温泉街の住民達の対応は冷たくなるので、滞在期間は分からないけど少し楽しく過ごせなくなるかもしれない。

「なんだか少し可哀想ね……」
「可哀想なのはあいつ等の頭ね」
「可哀想なのは常識のない頭ね」
「大女将、ロビーの案内役は我々だ。余計な謝罪や案内はしないでほしい」
「ごめんなさい。でもあの家族の子ってティルの学友らしくて」

 私の言葉に三人は首を振る。これは「あんなのが親とは可哀想に」か「あんなのと学友とは」という感じだろう。
この後、製薬部隊に薬草を届けて、屋敷に戻りルーファスとスクルードが帰ったのを出迎え、お昼ご飯の支度をしたりで、いつも通り過ごしていた。

 ティルナールとルーシーの夏休みが終わり、魔国へ戻っていった。
しばらくして、私の元へハミルトン家からお茶会の招待状が届き、お返事をどうすべきか考えていたら、リュエールに呼び出されてしまった。

 リュエールは【刻狼亭】で起きた事は耳に入れていて、ハミルトン家についても小鬼を使い調べていたようで……、ハミルトン家は温泉大陸の事が他の貴族の耳にも入ったらしく、今は貴族達から白い目で見られたり、パーティなどで陰口をささやかれているそうだ。
それを挽回する為に、私をハミルトン家の茶会へ招待しているという話を小耳に挟んだらしく、私を呼び出したという事らしい。

「えっと、お茶会の招待状貰っちゃってます」
「まだ返事は出してないよね?」
「うん。貴族の人にどう返事を書いて良いか分からなくて……」
「その招待状を僕の所に持ってきて、返事は僕から出しておくから」
「あの、私は出席した方が良いのかな? しない方が良いのかな?」

 リュエールにニッコリ微笑まれて「【刻狼亭】を馬鹿にされてノコノコ招待に応じるなんて、有り得ないでしょう?」と言われ、「ハイ、ソウデスネー」と片言で返してしまった……リュエール怖い。
どう返事をリュエールがしたのかはわからないけれど、嫌な予感しかしないのは気のせいかな?

 縁側で座りながら私がそのことで悩んでいると、ルーファスに気付かれてしまって、結局ルーファスに白状して、リュエールがなんて書いたのか気になっている事を言えば、ルーファスは「フッ」と鼻で笑う。

「オレなら『田舎の大陸の無作法者ゆえ、ハミルトン様のようなご立派な御貴族様に恥をかかせてしまうだけですから、辞退致します』とでも書いて送りつけるな」
「それは……意地がわるいねぇ……」
「そうか? でもわざわざ茶会に出て、私達仲良しですよアピールに使われたいか?」
「あっ、それは嫌かな」
「だろう? まぁ、アカリの可愛い見た目を侮るから、こういう事になると身をもって知るといいさ」

 ルーファスは相変わらず私を可愛がっているから、甘々な言葉を言ってキスをしてくる。
でも、私のあの時の見た目は、本当に女中さんだったからなぁ……。
それを言えば「オレの可愛い女中さん」と、また甘々モードで頬を摺り寄せて笑う。

「ルーファスは本当に、私の事が好き過ぎるんだから」
「オレにとっては、アカリが一番だからな」

 目を合わせるとまた唇が重なって、縁側で寄り添っているとエルシオンがスクルードを連れて縁側に座る。
スイカを切ってハガネも縁側に来て、一緒に座るとスイカを皆で食べながら夏の終わりの一時を過ごした。
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