黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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22章

初夏と狼

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 季節は春から夏へと変わり始め、少し薄手の服や半袖の人々が多くなってきた。
私は夏用の着物になり、肌襦袢に近い着物の上に薄手の透けている着物を上に着て帯を巻いている。
ルーファスも同じような着物で薄手のものに切り替わっているけど、獣人はどうしても夏場の時期は暑さに弱い為、体調を崩しやすくなるので、獣化して寝そべっていることが多くなる。

「ルーファス、竹のカウチソファにします?」
「んー……まだ今のカウチソファのままでいい。大丈夫だ」

 大広間に置いているカウチソファは今は布製の物で、夏場には竹で出来た物に切り替えようかと前々から相談していて、もう注文もしてあるのでいつでも【風雷商】に言えば持ってきてもらえるようにはなっている。

 毎年の事とはいえ、今年は少し早めの夏の暑さの訪れに食欲減退をしている獣人の人達が多く、ルーファスもそんな人の一人だったりする。
私の【聖域】が常にルーファスには働いてはいるのだけど、病気という病気ではないので効果はいま一つかな? という感じ。

「グリムレインが居てくれたら良かったんだけど……」
「オレ達でもこんなにバテているんだ。氷竜のグリムレインでは余計にバテるのだろう」

 グリムレインは「蒸し暑いー! 我は涼みに行く!」と言って、ここしばらくは北の方へ涼みに飛び立っていて不在になっている。温泉大陸は地熱と温泉の熱気でどうしても熱くなりがちなので、こればかりは仕方がない。
もう少し本格的な夏になってしまえば、逆に蒸し暑さも少しの風で涼しく感じられる様になるのだけど、中途半端なこの時期は苦手のようだ。

「クルルゥー」
「あら、フェネシー。あなたも涼みに来たの?」

 白い魔獣フェネシーは結局、他に同じ種類の魔獣が見当たらず、新種として登録され、温泉大陸の突然変異魔獣というカテゴリーに分類された。
似た様な魔獣でもう少し大柄な魔獣フォックスウルフという狐と狼に似た魔獣の亜種ではないか? という事だけど、【完全防御】という物理攻撃の効かない特殊魔法を所持していて、フォックスウルフにはそういった魔法は無いので、フェネシーは色々と調べたけど、結局はわからないままだった。

 普通の魔獣でランクC。物理攻撃が効かないというだけで、変な病気もこれといった危険性もない。
まだ色々調べるという事で【刻狼亭】所有の魔獣になったけれど、基本、私の魔獣扱いになっている。
クロは自分のご飯が横取りされるとあって、フェネシーをよく追いかけ回しているけれど、これが面白い事に、フェネシーの攻撃は魔法攻撃なのでクロには無効。クロの攻撃は物理なのでフェネシーには無効。と、まぁ……お互いがお互いに攻撃できない打ち消し合いをしている。

 ただ、例外もあり、ササマキちゃんの【弱点突き】は両方に有効の為、うちのペットの中ではササマキちゃんが天下をとっている。

「ナンナー!」
「クロ、おいでー」

 フェネシーを飼い始めて、クロは自分アピールの強い魔獣になっているのでフェネシーの居るところクロありという感じかな? 先に飼っていたクロを可愛がっておかないと拗ねてしまうので、クロを前よりも可愛がるようになった気がする。

「クルールー」
「ナウーナーン」

 二匹の追いかけっこが始まり、バタバタと騒がしく廊下を駆けまわっている。
そのうち疲れると二匹でくっついて寝るので、仲が良いのか悪いのかわからない二匹でもある。

「うちの魔獣達は元気がいいな……」
「ふふっ、そのうち静かになるよ。まぁ、スーちゃんが起きない様にもう少し静かにしてくれると良いんだけどね」

 そう言ってゆりかごの方へ顔を向けると、我関せずでスクルードは寝息を立てている。
スクルードには熱さでバテないように、グリムレインが数年前の夏にくれた氷の髪飾りをゆりかごにくくり付けている。
ヒンヤリと涼しい冷気が出るので、狼の気質が多く出ているスクルードには丁度いい感じといえる。

 扇子でルーファスを扇いで風を送っていると、ルーファスが目を細めて私の膝の上に頭を乗せる。何気ないこうした時間がとても愛おしく感じてしまう。

「そのうち、涼みにどこか旅行でも行くか?」
「いいですね。エルとスーちゃんを連れて行きましょうね」
「涼しい滝のある様な場所がいいな」
「ええ。どこかいい所が無いか小鬼に聞いておきますね」

 小鬼の話で、不意に思い出すのはテンと一緒に軍へ行った小鬼の事だ。
あの小鬼ならきっと弾んだ声を出して「ココが僕のおすすめです!」とドヤ顔で教えてくれるに違いない。
今居る小鬼は少しビジネスライクなところがあるので、とっつきにくいところもある。

「テンと小鬼、元気にしてるかな?」
「あの二人ならどこでも楽しくやっていそうな気はするな」

 テンと小鬼は仲が良いから、軍でもきっとうまくやっているだろう。
少し扇子で扇ぐ手を止めていたら、ルーファスが顔を上げて鼻で唇をツンと当てて、挨拶のようなキスをしてくる。
狼姿だとキスというより、鼻ツンが多いけど、ルーファスなりに私を気遣ってくれているのだろう。
知っている人が離れて暮らすのは寂しいけど、戻ってこない訳じゃない。
ルーファスの頬に両手を添えて私からもキスをして、寂しいだけじゃない事を伝える。
おでことおでこを合わせて、目を閉じて再び目を開けると、ルーファスが獣化を解いて抱きしめてくる。

「家族が帰ってくる場所は、家……そうだろ?」
「そうだね。テンの家は【刻狼亭】だもの。きっと帰ってきますね」

 ルーファスが私を膝の上に乗せて、頬を知り寄せる。
私達、【刻狼亭】の従業員は皆、家族の様なものだから、家族の帰る場所で待っているのも家族の役目だ。

「テンが帰ってくる頃には、シューも事務員として一人前になっていればいいがな」
「ふふっ、テンは有能だからシューちゃんじゃ、まだまだよ」
「アカリは息子にも手厳しいな」
「母親だもの。息子にはもっと上を目指して欲しいものなの」

 笑い合って口づけを交わししていると、またドタドタとクロとフェネシーが走り込んできて、今度はスクルードも眠りを妨げられたのか、泣き始めたので慌ててゆりかごを覗き込んでスクルードを抱き上げる。

「ルーファス、スーちゃん少し抱いてて」
「ああ。わかった」
「もぉー! クロ! フェネシー! いい加減にしなさい!」

 私が二匹を追い駆けて走り出すと、二匹は一目散に左右に分れて逃げ出す。こういう時だけは息が合うというか知恵が働くというか……。困った子達である。
私が大広間に戻るとルーファスはカウチの上で再び獣化して寝そべっていて、スクルードも獣化して寝そべっていた。

「アカリ、やはり竹のカウチにもうするか……」
「はーい。じゃあ午後には届くように連絡しておきますね」
「赤ん坊の体温は流石に高いな……」
「ふふっ、そうだねぇ。スピナにあとで風を送ってもらって涼みましょうね」
「そうしよう……」

 今年の夏はルーファス達は大丈夫なのかしら? と思いつつ、私はスクルードをゆりかごに戻してルーファスに冷たい飲み物でも用意しておこうと台所に向かうのだった。
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