黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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22章

フェネシー

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 屋敷の中でロボットの様な動きをしている私を、揶揄う様に白い歯を見せて笑うのは、言わずもがな私の従者のハガネとグリムレインだ。
二人共、人の動きを指さして笑うとか……失礼過ぎる。

「アカリ、運動不足過ぎるだろ」
「嫁の動きがヤバい」

 テーブルをバンバン叩いて笑うのもやめて欲しい。
昨日、森に行った反動で筋肉痛が酷いわけだけど、この従者達の主君を主君と思わない笑いはあんまりな仕打ちだ。

「あなた達……覚えてらっしゃい……」

 恨みがましい私の声にハガネとグリムレインはニヨニヨとした笑いをするだけ。腹立たしい従者達である。
ギギギと体を動かして、朝食の片付けを終わらせると台所で「ナンナーン」と声を上げてご飯を待っているクロの元へご飯をあげに行く。

「ナァーンナウナァーン」
「はいはい。クロ、待ってね」

 クロが私の足に前脚をかけて立ち上がり、必死に甲高い声を上げている。
前までは料亭の厨房に行けば、アーネスさんがくれていたのだけど、アーネスさんもいい年なので、お弟子さんのベルガルが料理長になってからは、クロは良い物が貰えないとあって、おねだりに行かなくなった。
アーネスさんなら、一番いい所の切れ端をくれたりしたんだけど、ベルガルは料理で使わない切れ端しかくれないので、贅沢を覚えてしまったクロとしては不服なのである。
とても舌が肥えてしまったクロは私同様、悩ましいむっちりボディ……いや、私はここまで全体的にムッチムッチに我が儘ボディにはなってない……多分。

 クロのご飯は新鮮な野菜。
ベジタリアンな魔獣なので春が旬のキャベツの甘くてパリパリした物を食べている。芯は好きじゃないのか避けられてしまうので、芯抜きである。
あと、茹でたロマネスクに似たブロッコリーもどき……ロシューという名前で、最近この温泉大陸によく生えている。甘みがギュッと詰まったお野菜。

「ナウーン」
「クロ、満足した? あと少ししたら、トゥートにナスとかも旬になるから美味しい物いっぱいだよ」
「ナンナーン」

 少しだけお皿に残ったお野菜は、クロのオヤツである。
 スリスリと私の足に尻尾を巻きつけるように体を擦り寄らせて、クロは今日のパトロールに出掛ける。クロのパトロールは結構範囲が広いので港の方で見かけたり、ギルさんの屋敷の方に居たりと、探し出すのが大変なのだ。

 大抵は呼べば、何処からともなく顔を出すから必死に探す事は無いけど、子供達が小さい時はクロを追いかけ回してたから、なかなか帰って来ない時が多かったけど、スクルードはまだ小さいので追いかけ回されないから、クロも安心というところかな? そのうち追いかけ回されそうだけど……。

「さーて、お洗濯物を干して、今日はどうしようかなぁ」

 洗濯籠を持ってベランダに上がると、【刻狼亭】の宿舎と料亭の庭園や調理場の裏が見える。従業員がまばらに庭園や料亭の外でウロウロしていて、何やら探し物をしている。

 黒い着物を着た人物が庭園に出てきて、リュエールだと判る。少し難しい顔をしているのは、まぁいつもの事かな? リュエールはまだ若いのもあって、気が張ってるところがあるから、いつも難しい顔をしている。
ルーファスは十六歳から必然的に【刻狼亭】の主をしなくてはいけなかったから、リュエールと同じ二十歳くらいの時には落ち着いていたので、リュエールも同じ様に落ち着きを持ってやってくれれば……と、ルーファスは思っているみたい。
子供の時からお仕事をさせていたので、大丈夫だと思っても、実際はそううまくいかないものだ。

「リューちゃーん! どうしたのー?」

 手を振ってリュエールに声をかけると、ベランダの方へ顔を上げて軽く手を振ってくれる。

「母上、昨日捕まえた白い魔獣、そっちの方で見なかったー?」
「お屋敷から出てないから見てないよー!」
「見かけたら、こっちに連れてきてー」
「はぁーい」

 どうやら昨日の魔獣が逃げちゃったっぽい。
そういえば、私とクロが出会った時も、こうして従業員が探していたっけ。

 洗濯物を干して、台所に戻ると台所のクロのお皿に顔を突っ込んでいる小さな白い毛玉がいた。
これは、昨日の魔獣かな? 腕輪にそっと手を伸ばしてリュエールの顔を思い浮かべると、腕輪の通信が繋がる。

『どうしたの? 母上』
「お台所に白い魔獣が居るっぽいの」
『直ぐに行くから逃がさないで!』
「それは、どうかなぁ? そろそろクロのご飯食べ終わっちゃうし……」

 通信が切れて、目の前の魔獣をどうしよう? と思っていたら、ちょうど食べ終わった白い魔獣がお皿から顔を上げる。
やっぱり、狐みたいな感じでお耳が大きい。確か、元の世界でこんな動物居たと思う。
確か……フェネギツネ? フェナック? 何だったかな……フェが付いたのは覚えているんだけど……。

「クル?」
「くる?」

 首を傾げると魔獣も首を傾げる。
あ……意外と可愛い。毛もフワフワでフサフサしてそう……でもスクルードが居るからむやみやたらと触るのは駄目だし……ああ、でも触りたいモフモフ……。

 つい、手を伸ばしてさわさわと触りまくってしまったのは、魅力的なふわモコボディがいけないと思う。

「クルル」
「ひゃーん。可愛い鳴き声」

 ああ、思い出した。
フェネックギツネだ。目を閉じてスリスリと手に擦り寄る魔獣にようやく、名前を思い出す事が出来て私もスッキリした。

「名前を付けるとしたら『フェネシー』かしら?」

 フェネックギツネで白いからフェネシー。うん。安易だけど可愛い名前だと思う。
フェネシーを抱き上げると、ボフッと音がして、私の体が白く輝くと光は収まっていく。
そこへ、リュエールが台所へ驚いた顔をして入って来る。

「母上!」
「あっ、リューちゃん。いらっしゃい。魔獣、捕まえておいたよ」
「いや、母上、今の何!?」
「よくわかんない?」

 首を傾げてリュエールにフェネシーを預けようとすると、リュエールに「シルビアさんと製薬部隊に診てもらうよ!」と私の手を掴んで引っ張る。

「リューちゃん! 痛いよ……って、痛くない?」
「え? 母上の手、石みたいなんだけど?」
「えー? 普通の手だよ?」

 手をグーパーと握ったり開いたりして見せると、リュエールが私のおでこを手を握りしめて叩く。

「ひゃっ!……って、痛くない」

 リュエールが握りしめた拳を開いて、軽く振り、眉尻を下げる。

「逆に僕の手が痛い」

 そう言ったリュエールの拳は少し赤くなっていて、母親を拳が赤くなるまで叩こうとしたの!? という驚きもある。なんてデンジャーな息子……。
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