黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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22章

温泉大陸・春一番

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 異世界なのに和風ファンタジーが色濃いここは『温泉大陸』、東国に程近く、着物文化が根付いている場所。
東国から持ち寄られた桜の木は、元は異世界の物だという。
異世界、つまりは元の世界の落とし物__この世界には、異世界と呼ばれる世界から色々な物が落ちてくる。
それは、ある時は電子辞書だったり、こうした桜の木だったり、人だったり……。

 私、朱里・トリニア。
旧姓、三野宮朱里は【異世界召喚】されて、この世界に来てしまった訳だけど、気付けば元の世界で生きてきた年月よりも、この異世界で暮らしている年月の方が長くなっていた。

 聖属性持ちで特殊能力【聖域】__病気・呪い・毒等を消し去る能力を持っている。
まぁ、この能力は万能薬の様な物ではあるけれど、私自身には効果が無く、私と同じ能力を持つ、元の世界の住民で異世界から落ちて来た人物、アリス・ディア・ロードミリオン。旧姓、東雲ありす、またの名をミコ・ディア・ロードミリオンの特殊能力【聖女】の能力で打ち消してもらっている。
ありすさんも私同様に、自分の能力では毒や病気などは治せないから、私の【聖域】で治している、持ちつ持たれつな関係。

 お互いに家庭があり、夫に子供、そして孫がいる。
ありすさんのところは、まだ孫は生まれていないけど、半年もすれば生まれるので、お互いにお祖母ちゃんになる。
まぁ、そのうち、親戚にもなりそうではあります……。
私の子供で四番目に産んだ女の子ナルアが、ありすさんが産んだ二番目の男の子シノリアくんと良い仲になっているのだ。

「まだ早い!」

 そう雄叫びをあげたのは、私の夫で『番』のルーファス・トリニア。
【異世界召喚】された時には瀕死の重体だった私を拾って看病してくれた運命の人である。
この世界は『番』という、自分の結婚相手が存在していて、滅多に会えることは無い相手なのだけど、私とルーファスは出逢って、番って、婚姻を結んで夫婦として家庭を持っている。
黒髪の金眼で狼獣人で、この温泉大陸を統治している一族の長の様なものである。

 そんなルーファスは娘達を溺愛しているので、知り合いの息子といえど結婚は早いと叫んでいる。
まぁ、私の元居た世界の常識では十代の結婚は早い。
けれど、異世界では二十歳を超えた時点で『行き遅れ』というレッテルがついてしまう。
この世界は『番』に出会えたら、結婚待ったなし! って、感じなので……娘達も『番』を見付けてしまった以上は親がどうこう言っても駄目だと思う。
 それに、元々、この世界の人達は十二歳を過ぎれば成人の様なもので働き始める。
だから、結婚自体も早い。なので、娘達が結婚を意識してしまってもおかしくはない。

「せめて十六歳……オレのギリギリの交渉はそこまでだ」

 と、まぁ、そんな感じではあったんだけど……相手側のシノリアくんはナルアより一つ年下で、騎士として働き始めたばかりなので、勤務などもあり、結婚は十八歳くらいという事で話がまとまっているそうだ。
でも、バレンタインデーのお返しのホワイトデーに婚約指輪を貰ったナルアは、幸せそうに桜色に頬を染めているので、母親の私としては娘の幸せそうな顔はとても喜ばしい。

 ルーファスは十九歳まではナルアが家に居る事が決定したので、少し安心もしたけど、二十歳ギリギリの嫁入りにハラハラもしている……それは我が儘ですよ? と私は言いたい。

 まぁ、我が家にはナルアの双子の姉ミルアも居るので、こちらもこちらでルーファスとしては悩みどころのよう。
ミルアはミールという、一日違いの幼馴染の男の子と『番』なので、早く結婚したい! と騒いでいる。
ミールは生まれた時から私が母乳で育てていた子でもあるので、乳兄妹でもあるミルアは離れて暮らしていた時期もあるけれど、騎士の親と一緒に温泉大陸の近隣の大陸へ引っ越してきてからは頻繁に会っていて、ルーファスも可愛がっていたので、強く反対も出来ないのである。

 ミールは口数は少ないけれど、誠実で騎士学校を卒業して【刻狼亭】の警護の仕事をしているので腕は確か。
優良物件と言っていい。ただ、こちらも、シノリアくん同様に自分で養っていけるだけのお金を貯めてからミルアをお嫁に貰いたいらしく、ミルアだけが騒いでいる状態。
我が子ながら、少し落ち着きを持って欲しい……。

 そんな感じで我が家の娘達の結婚事情は、少し先の話でもある。

 長男と次男はもう結婚して、私とルーファスに孫の顔を見せてくれているので親孝行息子達といえよう。
長男のリュエールのお嫁さんキリンちゃんはエルフで、温泉大陸の新しい顔でもある。
 エルフは温泉等、肌を見せる場所には来ない種族ではあったけれど、キリンちゃんのお蔭でエルフのお客さんも増えてきている。
エルフ専用の個室温泉が家族向け温泉、それに足湯ならば温泉街はどこにでもあるので、足湯を楽しむエルフが増えている。

 ついでに言えば、ダークエルフの新規のお客様も増えた。
こちらは【魔獣の王】の騒ぎで看病した関係で、温泉大陸との友好が結ばれたおかげでもある。
エルフの好きな森の多い森林浴に近い温泉をキリンちゃん指導の下作り、人気は上々というところ。

 私とルーファスの子供は他にも三つ子のティルナール、エルシオン、ルーシーも居る。
ただ、ティルナールとルーシーは今現在、魔国へ留学しているのでこの温泉大陸には居ない。
エルシオンだけが手元に残って、ルーファスから色々教えてもらって、他の兄妹に負けない様に自分を鍛えている。
性格は臆病なところがあったけれど、最近は新しく弟が生まれたおかげか、お兄さんとして臆病なところは少し身を潜めてきている。

 ルーファスと私は相変わらず、お互いに寄り添っている感じで夫婦仲はとてもいい。
子供達が生まれるまでは、私達は独りぼっちの寂しい人生を送っていたので、大家族になってしまった今はとても賑やかでうるさいぐらいの日々と言っていい。

 従者のハガネやドラゴン達に魔獣のクロやササマキちゃんも居る。自分の居場所があの二万五千円のボロアパートの中では終わらなかったのだから、人生は何が起こるか判らないものである。

 私とルーファスの出会いの様に、出会いは色々あると思う。 

 温泉大陸はゆっくりと新しい物も増えて、新しい人も増えてきた。
観光地と静養地でもあるので、出会いもあれば別れもある、一期一会の場所。
温泉で心身ともに癒されて、魔力が豊富で美味しい料理を食べて楽しいひと時を過ごしてもらえれば、私達、温泉大陸の住民は嬉しく思う。

 今の季節は、春。
桜が温泉街の道を桜色に染めている彩り鮮やかな季節。

 去年の秋に生まれた生後五ヵ月の八番目の子供スクルードを腕に抱いて、私は桜並木を歩く。
隣りを歩くルーファスはお酒の瓶を二瓶持って、私の前を歩く六番目の子供エルシオンはスクルードのお世話用品が入っているカバンを持ち、先を歩く従者のハガネやミルアとナルア、周りを飛ぶドラゴン達は大量のお弁当を手に持ってはしゃいだ声を上げている。

「アカリ、急いで急いで」
「はいはい。すぐに行きますよー」

 忙しないドラゴン達に急がされながら、大きな桜の木の根元にレジャーシートを広げる息子達家族の元へ行く。

「今年もお花見日和だね」

 周りにもお花見の為に桜の周りで宴会をしている温泉街の住民たちが騒いでいる。
負けじと賑やかに我が家の子供達とドラゴンがレジャーシートの上に重箱のお弁当を広げ、ワッと声を上げる。

 今年も温泉大陸の春は桜色。
踊る様な花吹雪の中でのお花見はいつにも増して綺麗だった。
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