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21章
女医さん①
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桜の蕾が姿を見せ始め、冬眠していた人達が目覚める頃、温泉大陸の【刻狼亭】に新しい正社員として雇ってもらいたいと申し出て来た女性がいた。
随分前に温泉大陸に『ミッカジュース』を求めてやってきた女性の妹さんで、私はそんなに記憶にないんだけど、シュトラールが迷惑をかけてしまったお詫びに、私がミッカジュースと特殊ポーションを渡した様なんだけど、あったような? なかったような? という曖昧なところ。
記憶に薄いところではあるけど、この女性は救われたらしく、医師を目指し猛勉強の末、医者としてこの春から働けるようになり、【刻狼亭】に医師として勤務したいと申し出てきたのである。
「あー、覚えてる! ミリアムさんだよね。オレが年上のミリアムさんを年下だと思った上、メイドかと思って失礼な事言って、母上にこってり絞られたんだよね!」
「そうだったかしら? シューちゃんは昔からおっちょこちょいだから、私も怒った事が多すぎてどれだったか判らないわ」
私とシュトラールのやり取りに、リュエールとルーファスが片眉を上げて呆れた顔をするけど、温泉大陸の医師はボギー・ボブ医師だけで、助手にテルトワイトさんが居るだけだったから、お医者様は有難いのもある。
ボギー先生は18歳の時から主治医をしてもらっていて、その頃からもうお爺ちゃん医師だったから、70歳か80歳というところじゃないかな?
他にお医者様というと、産医さんがいるくらいで、あとは近隣の町からお医者様を呼び寄せるくらいしか居ない。
「一応、書類上は普通の一般家庭の女性で、病弱だった過去があるだけ、問題はなさそう」
「アカリが特殊ポーションを渡したのならば、健康になったのも頷けるが……オレはそんな話を聞いていない」
「あうう……」
ルーファスにジロッと睨まれて、私はシュトラールの後ろに隠れるように身を縮こまらせる。
息子が迷惑を掛けたから、親として責任を取ろうとしたんだと……過去の私は思って行動してしまったに違いない。少し、ルーファスに報告して無かっただけで……。
執務室で四人で顔を突き合わせて、雇い入れるべきかどうかを話し合っているけど、どうも私はチクチクと自分が針の筵状態な気がしてならない。
「シルビア・レノール……小鬼に調べさせたけど、医者としては初めて働くってだけで、研修医時代の評価も悪くはないよ。人柄も申し分はないみたい」
「リュエールが雇ってもいいと思うなら、良いんじゃないか? 丁度、医者不足ではあったしな」
「でも、【刻狼亭】で雇って欲しいって事は街の人達の医者不足は解消されない気がするけど?」
「そこはテルトワイトに任せて、緊急の時だけ貸し出す事を考えれば良いんじゃないか?」
それに我が家の【賢者】シュトラールがいざとなれば出動するから、医者不足ではあっても何とかやっていけているのは、そのお蔭でもある。
回復魔法の使い手は世界的には少ないのに、温泉大陸は割りと多い。
聖竜のアルビーもいるし……スクルードはまだ判らないけど、リリスちゃんの妊娠でまた一人増えそうだ。イルマールくんも聖属性でリリスちゃんも聖属性だから、赤ちゃんは聖属性で間違いないだろう。
風魔法の回復魔法もあるけど、これはエルフ族特有の魔法でもあるから、『エルフの回復薬』並みにレアな物だったりするからメジャーではない。
「面接はするの?」
「するよ。今の所、書類と書簡で熱烈な【刻狼亭】で働きたい! って熱意の籠った物を貰っただけだしね」
「他には雇う人とか居ないの?」
「中々良い人材が居ない。ただ、母上のアンゴラータ織物工房の子供が成長してお店を持ちたいとかで、温泉大陸に職を求めて来ているのもあるから、『女将亭』の方で雇う子が多いかな?」
「まぁ! 私の活動も実を結び始めてるわね」
「母上も少しは『女将亭』を手伝ってくれたら良いんだけどね」
リュエールにチクチク言われるけど、隠居した身だし、今は子育てが忙しいから無茶は言わないで欲しい。
それに、私が隠居中の子育て中だからこそ、レーネルちゃんの面倒を見てあげる事が出来ているのも判ってもらいたいところだ。
親のありがたみというやつものは、自分がその立場にならないと実感はしないのだろうけど。
「あ……っ、そろそろ私は屋敷の方へ帰るわね」
「アカリが帰るなら、オレも帰ろう。リュー、雇う人物は会った時に直感で判るものもあるから、書類だけで悩むな」
「はいはい。解ってるよ」
「オレも事務所に戻るね。リュー、ミリアムさんの妹なら悪い人じゃないよ。きっとね!」
「そういう根拠のない事を気楽に言わないでよ。まったく」
不機嫌なリュエールに手をヒラヒラと振って、執務室から出てシュトラールが事務室へ戻り、私とルーファスは屋敷へと帰る。
「新しい従業員さんかぁ……久しぶりじゃない?」
「そうだな。まぁ、たまには新しい風も吹き入れんとな」
「どんな人物なのか楽しみだね」
「雇うかどうかはまだ判らんぞ?」
「でも、シューちゃんがお世話になった人の妹さんなら悪い子じゃないよ。きっと」
「アカリはシューと同じことを言っているな……まぁ親子だから仕方がないか。シューはアカリに似ているからな」
イマイチ、褒められているのかけなされているのか疑問かも?
まぁ、お医者様が来てくれるなら悪い事ではないと思うから、ボギー先生をゆっくりさせてあげる為にも、新しい人が来るのは私としては賛成である。
随分前に温泉大陸に『ミッカジュース』を求めてやってきた女性の妹さんで、私はそんなに記憶にないんだけど、シュトラールが迷惑をかけてしまったお詫びに、私がミッカジュースと特殊ポーションを渡した様なんだけど、あったような? なかったような? という曖昧なところ。
記憶に薄いところではあるけど、この女性は救われたらしく、医師を目指し猛勉強の末、医者としてこの春から働けるようになり、【刻狼亭】に医師として勤務したいと申し出てきたのである。
「あー、覚えてる! ミリアムさんだよね。オレが年上のミリアムさんを年下だと思った上、メイドかと思って失礼な事言って、母上にこってり絞られたんだよね!」
「そうだったかしら? シューちゃんは昔からおっちょこちょいだから、私も怒った事が多すぎてどれだったか判らないわ」
私とシュトラールのやり取りに、リュエールとルーファスが片眉を上げて呆れた顔をするけど、温泉大陸の医師はボギー・ボブ医師だけで、助手にテルトワイトさんが居るだけだったから、お医者様は有難いのもある。
ボギー先生は18歳の時から主治医をしてもらっていて、その頃からもうお爺ちゃん医師だったから、70歳か80歳というところじゃないかな?
他にお医者様というと、産医さんがいるくらいで、あとは近隣の町からお医者様を呼び寄せるくらいしか居ない。
「一応、書類上は普通の一般家庭の女性で、病弱だった過去があるだけ、問題はなさそう」
「アカリが特殊ポーションを渡したのならば、健康になったのも頷けるが……オレはそんな話を聞いていない」
「あうう……」
ルーファスにジロッと睨まれて、私はシュトラールの後ろに隠れるように身を縮こまらせる。
息子が迷惑を掛けたから、親として責任を取ろうとしたんだと……過去の私は思って行動してしまったに違いない。少し、ルーファスに報告して無かっただけで……。
執務室で四人で顔を突き合わせて、雇い入れるべきかどうかを話し合っているけど、どうも私はチクチクと自分が針の筵状態な気がしてならない。
「シルビア・レノール……小鬼に調べさせたけど、医者としては初めて働くってだけで、研修医時代の評価も悪くはないよ。人柄も申し分はないみたい」
「リュエールが雇ってもいいと思うなら、良いんじゃないか? 丁度、医者不足ではあったしな」
「でも、【刻狼亭】で雇って欲しいって事は街の人達の医者不足は解消されない気がするけど?」
「そこはテルトワイトに任せて、緊急の時だけ貸し出す事を考えれば良いんじゃないか?」
それに我が家の【賢者】シュトラールがいざとなれば出動するから、医者不足ではあっても何とかやっていけているのは、そのお蔭でもある。
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聖竜のアルビーもいるし……スクルードはまだ判らないけど、リリスちゃんの妊娠でまた一人増えそうだ。イルマールくんも聖属性でリリスちゃんも聖属性だから、赤ちゃんは聖属性で間違いないだろう。
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「面接はするの?」
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「他には雇う人とか居ないの?」
「中々良い人材が居ない。ただ、母上のアンゴラータ織物工房の子供が成長してお店を持ちたいとかで、温泉大陸に職を求めて来ているのもあるから、『女将亭』の方で雇う子が多いかな?」
「まぁ! 私の活動も実を結び始めてるわね」
「母上も少しは『女将亭』を手伝ってくれたら良いんだけどね」
リュエールにチクチク言われるけど、隠居した身だし、今は子育てが忙しいから無茶は言わないで欲しい。
それに、私が隠居中の子育て中だからこそ、レーネルちゃんの面倒を見てあげる事が出来ているのも判ってもらいたいところだ。
親のありがたみというやつものは、自分がその立場にならないと実感はしないのだろうけど。
「あ……っ、そろそろ私は屋敷の方へ帰るわね」
「アカリが帰るなら、オレも帰ろう。リュー、雇う人物は会った時に直感で判るものもあるから、書類だけで悩むな」
「はいはい。解ってるよ」
「オレも事務所に戻るね。リュー、ミリアムさんの妹なら悪い人じゃないよ。きっとね!」
「そういう根拠のない事を気楽に言わないでよ。まったく」
不機嫌なリュエールに手をヒラヒラと振って、執務室から出てシュトラールが事務室へ戻り、私とルーファスは屋敷へと帰る。
「新しい従業員さんかぁ……久しぶりじゃない?」
「そうだな。まぁ、たまには新しい風も吹き入れんとな」
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「雇うかどうかはまだ判らんぞ?」
「でも、シューちゃんがお世話になった人の妹さんなら悪い子じゃないよ。きっと」
「アカリはシューと同じことを言っているな……まぁ親子だから仕方がないか。シューはアカリに似ているからな」
イマイチ、褒められているのかけなされているのか疑問かも?
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