黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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21章

甘いお菓子と妹

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 2月14日のバレンタインが温泉大陸に浸透して、それなりに経つ。
チョコレート自体も広く知れ渡り、初めてのバレンタインの時の様に、カカオ豆をぶつけ合うというバカな話も出なくなって、女の子が好きな人に自分の気持ちを甘いチョコに乗せて渡す日だと理解してもらえている。

 この話は、温泉大陸に来たお客さん達にも広がり、それなりに他の国でもバレンタイン文化は広がっている。
そして、今年のバレンタインは我が家ではミルアとナルアが数日前から作っていて、ナルアに至ってはシノリア君が魔国に居るという事もあって、【刻狼亭】の仕事を有給を使って休みを取り、エルシオンを連れて魔国へ行ってしまった。

 勿論、ティルナールとルーシーにもバレンタインチョコを渡してもらおうと、私も手作りしてエルシオンに持たせておいた。
母親からのバレンタインチョコはカウントされないと言うけど、我が家は長らく、ルーファスの「アカリのチョコはオレだけの物」宣言が根付いていたから、バレンタインの前後で子供達には渡していたんだよね。
うちのルーファスにも困ったものです。

「母上~、髪を可愛くしてほしいのですわ!」
「はいはい。うちのお姫様は甘えん坊さんね」

 朝からミルアは一人ファッションショー状態で部屋は着物と洋服が散乱していて、これは片付けるのが大変そうだと苦笑いしてしまう。
ミルアを椅子に座らせて髪の毛を櫛で梳いて、桜色と茶色のリボンを髪に編み込みながら真珠で出来たピンでとめていく。

「母上、わたくし、母上みたいな耳だったら……可愛いイヤリングとかできたと思うのですわ」
「そう? ミルアやルーファス達みたいな三角耳の方がイヤカフスとか似合って、私は羨ましいけどね」

 女の子はお洒落さんだから、可愛いなぁと思いつつ、鏡を持って後ろの髪を鏡台と合わせ鏡にして見せる。

「どうかな? 可愛くできたと思うけど」
「流石なのですわ。母上にお願いして良かったのですわ。ナルちゃんったら、シノリアの所にさっさと行ってしまうんだもの……少し残念なのですわ」
「ふふっ、妹離れしなきゃね。お姉ちゃん」
「そうですわねー……、そういえば、母上も妹がいたのですわよね? どんな人だったんですの?」

 ミルアの言葉に私は懐かしい気持ちと少し寂しい気持ちの入り混じった思いで、妹の美波を思い出す。
そういえば、ミルアにもどことなく似ているかもしれない。
お洒落好きで、おしゃまなところも、少し気が強くて元気の良い所も。

「私の八つ下の妹で、バレンタインの時にチョコを作りたいって騒いでたかな? 母上の母上、あなたのお祖母ちゃんはお料理が苦手で、お菓子作りなんて出来なくて……妹の美波と一緒にチョコレートの作り方を調べて……よくわからない炭を作り上げていたわね」
「お菓子を炭にするなんて、すごいですわね」
「ええ、手を出したかったんだけど、母上は手を出さないでって言われてて、ハラハラしながら台所の周りをウロウロしたのよ。頑張り屋さんって言えば良いのかな? 美波はコレって決めたら、融通が利かなかったなぁ」

 思い出して、くすっと笑えば、ミルアが「それでチョコは出来ましたの?」と話の続きをせがんで来る。

「結果として言うなら、生っぽいチョコケーキもどきが出来上がったわ。どうも初めてお菓子作りをするのに、フォンダンショコラを作ろうとしたみたいなんだけど、フォンダンショコラって元々、中は生チョコだから……成功と言えば、成功なのかもしれなかったけど、外側の生地も生混じりだったからなぁ……」
「あららですわね」

 あの日の事は覚えている。
父や弟の貴広も少し微妙な顔をして試食させられていた。祖母に至っては「ハイカラな物はお祖母ちゃんはお腹壊しちゃいそう」と言って辞退していた。でも、お祖母ちゃんは私とケーキを焼いて一緒に食べていたから、緊急回避というところだろう。実際、お祖母ちゃんはお腹が弱かったのもあるし。

「チョコは好きな子に渡せたのですか?」
「それがね、バレンタインの日に張り切りすぎて、洋服が決まらないって騒いで、結局渡しに行けなかったの」
「折角の手作りなのに、残念ですわね」
「そうね。お洒落さん過ぎたのよね。いつも通りでも可愛いのに、特別って、気負い過ぎたのね」

 ミルアが少し自分の散らかした服を見て小さく舌を出して、服を片付け始める。
幼いころからの付き合いのミールに手渡すのだから、いつも通りでも良いけど、長い付き合いだからこそ、特別感を出したいミルアの気持ちも判らなくはない。

「母上の妹さんは、その次の年のバレンタインはどうしましたの?」
「次の年は、バレンタイン出来なかったの」
「なんでですの?」
「最初で最後のバレンタインのお菓子作りになったの。美波は、二ヶ月後に殺されてしまったから」
「あ……ごめんなさいですわ……」

 シュンとした表情で耳を下げるミルアに、「気にしなくても大丈夫」と笑う。
私自身、ミルアに聞かれるまでこの思い出を忘れてしまっていたくらい、遠い思い出になりかけている。
今は、少し寂しい気持ちはあるけど、あの時の楽しかった気持ちも思い出せているから、心は悲しみだけで沈んでしまうものではなく、キチンと楽しかった事で守られている。

「ふふっ、だからね、ミルアもいつ何があるか判らないんだから、渡せる時に渡して、気持ちを伝えておくんだよ」
「はいですの! わたくしはいつでも、全力で気持ちをぶつけていきますわ」
「うん。流石、ルーファスの娘です。ルーファスも私に対する好きって気持ちは全力だからね」

 ミルアが「行ってきますの!」と元気に出掛けて行き、ミルアが中途半端に片付けた服や着物を片付けて部屋を整頓してから部屋を出ると、スクルードを抱っこしてあやしていたルーファスが難しい顔をしていた。

「ルーファスどうしたの?」
「ミルアがチョコを持って出て行った……」
「もう、ルーファスったら、妬かないの。娘の成長を見守りましょうね?」
「ナルアも4日前に魔国へ出掛けるし……バレンタインはオレを不幸にする気か」
「あら? ルーファスは私からのチョコ要らないの?」

 「困ったわねー」と言いながら、小首を傾げて上目遣いをすると、ルーファスが慌てて「それは要る!」と必死になる姿に笑いながら台所に行って、チョコを用意して湯煎して卵と小麦粉と生クリームとバターを用意する。
オーブンに入れて焼き上げて、ルーファスの前に今年のバレンタインチョコを置く。

「ハッピーバレンタイン。今年はフォンダンショコラだよ。温かいうちに食べてね」

 ルーファスからスクルードを受け取って、フォンダンショコラを食べるルーファスに微笑んで、美波の事を思い出す。美波の小さな恋はチョコを渡しに行く事さえ出来なかったけど、美波が生きていたらきっと、頑張り屋なあの子は、毎年チョコを手作りしていた事だろう。
手渡せていたかどうかは判らないけど、ミルアに言った言葉をそのまま美波に伝えただろう。

「どうした? アカリ」
「ううん。美味しい?」
「ああ、美味い」
「今年もルーファスにバレンタインチョコを渡せて良かった」
「来年も楽しみにしている」

 来年も再来年も、私が生きている間はルーファスにバレンタインはチョコを用意して、後悔の無い様に過ごしていきたい。
ミルアやナルアも素敵なバレンタインを過ごしてくれていたらいいけど。
そのうちルーシーもチョコを作る事になったら、ルーファスがまた妬いてしまうだろうけど、それはそれで子離れだと思って見守れる父親として頑張ってもらおう。
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