黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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21章

エルの考察⑤

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 アゴアゴと温泉鳥の声が露天風呂で気持ちよさそうにしている。
薄っすらと胃の上ら辺に、薄皮が引き攣れたような痕を残していて、温泉に入るとじんわりと染みる。

「痛……ぅ」
「エル、大丈夫? 薬湯だから効くとは思うんだけど……」
「平気だよー」

 母上が竹で出来た網を持って温泉に浮かんでいる温泉鳥を網ですくっては、外に出している。
温泉鳥は出されても何度も戻っては母上と攻防を繰り返している。

「アゴゴー」
「アゴじゃないよー。もう、どこから入り込んでるんだか」

 母上が腰に手を当てて、「もぉー」と声を上げて、着物の袖を捲るとプリプリ怒りながら温泉鳥を両手で掴んでから出て行く。
ボクは【刻狼亭】の旅館の露天温泉で治療をしている。
シュトラール兄上に回復魔法をかけてもらったけど、完全回復させるとボク自身の回復力が上がらないから、多少の傷は残しておくみたい。

「エル、平気なのか?」
「あ、父上。母上なら温泉鳥持って出て行っちゃったよ」
「ああ。後で追い駆ける」

 ティルナールとルーシーに無事合流して、移動魔法で一気に帰ってきた。
父上の移動魔法は母上の持っている魔法が番だから共有して使えるもので、帰りは一瞬……と、いうわけでこうして屋敷に帰って来てる。

 ボクが目を覚ました時はティルナールもルーシーも屋敷に居て、ボクの横で一緒に寝ていた。今は二人共ナルア姉上に引き連れられて、神獣の麒麟が祭ってある神社に新年のお参りに行っている。

「エル、あまり無茶はするな」
「……ごめんなさい」
「まぁ、今回は無事だから良かったよ。ったく、誰に似たのやらだな」

 父上に頭をガシガシと撫でられて、少し反省する。
おそらく、母上から事のあらましは父上の耳に入っているのだろう。母上にスクルードを連れて直ぐに逃げていれば、ココまでの事にはならなかったと思う。

「父上、ギル大叔父上は?」
「行方が分からないままだ。ネルフィームが孵化したら話を聞くしかない」
「じゃあ、うちに来た人達はどうなったの?」
「あれらは判らんな。ギル叔父上が関わってはいそうだが、要点を得ない」
「ギル大叔父上に事情を聴かないとサッパリなんだね」
「そうだな……ギル叔父上は何所に行ったのやらだな」

 困った叔父上だと、父上が小さく溜め息を吐いてボクの頭を撫でてから、温泉を出て行った。
ボクも温泉から出て着替えると、露天温泉から旅館に向かう庭園の端で父上と母上がベンチで座って話をしていた。

「背中を蹴られたと聞いたが、大丈夫だったのか?」
「うん。大丈夫だよ。獣人の大きな人だったから、私、小さいから勢いつきすぎて飛んじゃっただけなの」
「アカリ……」
「心配ないよ。私も大丈夫、エルもスーちゃんも大丈夫。ね?」

 母上が父上を見上げて笑うと、父上が抱き上げて宝物のように母上を扱って相変わらず、夫婦仲が良い。
これ以上見てるとボクの目には毒なので早々に立ち去る事にしよう。
旅館の中に入ると、グリムレインが紫水晶の塊のような卵を持って手の爪でコツコツ叩いている。

「グリムレイン、その卵、ネルフィーム?」
「ああ。かなり熱くなってるから直ぐに孵るだろうな」
「ニクストローブはあんなにかかったのに?」
「我らドラゴンは卵孵りで孵化する時は自分で決める。ネルフィームは急いで戻りたいのだろうさ」

 卵を爪でコツコツと突いては、「まだかの?」と卵に耳を当て、ボクも耳を当てるとドクンと大きく鼓動が卵からして、ミシミシ音を立てている。

「本当に直ぐ孵りそうだね」
「だろう? 昔からネルフィームはせっかちな性格ではあるがな」
「そうなの? ネルフィームって、いつも冷静な感じがするけど……」
「ギルの前では誰でも冷静な感じに見えるだろう。ネルフィームは元々、短気でせっかちだぞ?」

 確かに、ギル大叔父上と付き合うとなると皆冷静に対応してしまうかも……ギル大叔父上はハチャメチャな性格してるからね。
でも、ネルフィームが短気っていうのは少し、そうかなぁ? とは思うけど。
そんな事を思っていたら、卵が爆発した様に割れて、中から黒くて小さなドラゴンが飛び出した。

「キュルルルル!!!!」

 バッと羽を広げると周りを一周して、ネルフィームが飛び出そうとしたのをグリムレインが空中でキャッチして止めて手をネルフィームに噛まれていた。

「ネルフィーム! 落ち着け! 何があったのだ!?」
「ギャウウ! キュルル! ギャルルル!!」
「あー、わかった。それならば、嫁か婿に話して我が送っていく」
「ギャルル!」

 ネルフィームがグリムレインにカジカジと齧りつき、グリムレインがボクが来た露天温泉のある通路へ戻って父上と母上を探しに行き、ボクも気になったからついて行った。

 父上と母上は通路の脇にある黒曜石の大きなベンチに座って、いつの間に持ってきたのか串付き団子を食べていた。本当に、父上と母上はいつの間にって感じ。さっきまでは団子の匂いなんてさせてなかったのに。

「あら? グリムレインどうしたの?」
「嫁、ネルフィームがギルを迎えに『ロックヘル』に行くという」
「ギル叔父上はロックヘルに居るのか!?」
「ギャオオウ!」
「ネルフィームが言うには、兄竜の所へギルを無理やり送り込んだらしい」
「無理やり? どうやって?」

 母上が首を傾げると、父上が「財布がロックヘルに繋がっているのを利用したのだろう」と言い、ネルフィームが頭を上下に振る。

「ロックヘルへはオレは行ったことがあるから座標は判る。移動魔法で叔父上を連れて直ぐに帰って来れる。ネルフィーム、オレが迎えに行くことで良いか?」
「ギャオウ! キュルル!」
「ネルフィームもついて行くそうだ。通訳に我も行くか?」
「仕方がない。アカリ、三人で出かけて来る。直ぐに戻るが、オレが居ない間にまた何かあっては心配だから、シュトラールの所に居てくれ」
「はーい。じゃあ、スーちゃんとエルと一緒にシューちゃんの所に行ってるね」
「ああ、そうしてくれ」

 出掛けのキスを交わして、父上はネルフィームとグリムレインを連れて、早速移動してしまい、残された母上は団子をボクに渡して「それじゃあ、スーちゃん連れてシューちゃんの所行こうか」と、いつも通りの穏やかな笑顔で旅館に入っていった。
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