黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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21章

朱里と氷竜

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 秋から冬へ移り変わり、冬眠に入った住民と冬眠をしない種族は冬の支度を始め、温泉大陸には恒例の『踊り子』の花魁道中が連日連夜開始され、港の少し前の通りは赤と白の提灯で彩られて、魔法で花が舞っている。
カロンと下駄の音が鳴り、白い道路に袖の長い着物を着た『踊り子』達が練り歩き、振る舞い酒も配っており、大人達がほろ酔い気分で楽しんでいる。

「今年も盛況だね」
「まぁ、あまり巻き込まれない様に港へ突き進むか」

 白に椿の絵柄の着物に小豆色のケープを羽織ったアカリと、氷色の着物のグリムレインが冬用の魚を買いに出掛けに来ている。
スクルードはルーファスが家で面倒を見ていて、リュエールの手の回らない仕事を片手間でやっている。他のドラゴン達は冬眠に入り、ハガネも今年は冬眠しているので、屋敷は随分静かなものだったりする。

 港は大きな船を淹れるレンガ倉庫が並び、その横で魚市場が開かれている。魚市場は船着き場に隣接しており、観光客用の船はこれよりもう少し先の方にある。
【刻狼亭】所有の遊覧船も観光客用の船着き場にあるので、アカリとグリムレインは先に【刻狼亭】所有の船『刻狼丸』の所まで行く。

 黒塗りの船はキャラック船に近い感じで、バイキング時代等に近い船のタイプ。この世界の船は大体キャラック船の様な物が多く、少し小型な物は帆速船といって、帆を用いた風魔法と、船の中に付けられた魔法道具で移動速度重視の船がある。
『刻狼丸』は本来、小型の帆速船になるのだが、大きさがキャラック船クラスの大きさなので大型の帆速船といえる。まぁ、東国から慰謝料代わりに貰った物を改良し回った物でもある。

「皆さん、おかえりなさーい」

 アカリが『刻狼丸』から降りてきた船員達に声を掛けて、操舵士のキリヒリ・ムゥトに手を振る。
キリヒリは魔国からルーファスとアカリがスカウトした操舵士で【刻狼亭】のベテラン従業員フリウーラの夫である。

「大女将さん、ご注文の品、ちゃんと持って帰ってきましたよ」
「わぁーい。ありがとうございます!」

 キリヒリがアカリに手を振り返して、船の中に戻ると五十センチ程の大きさの木箱を持って船のタラップから降りて来る。
アカリに木箱を渡すと、アカリが木箱の匂いを嗅いで口元を緩める。

「キリヒリさん、ありがとうございます! これで美味しい物が出来上がりそう! 出来上がったらフリウーラかシレーヌちゃんに渡しておきますね」
「ええ。楽しみにしていますね」
「それじゃ、買い物がまだあるので、またです」
「はい。行ってらっしゃい。大女将さん」

 木箱をグリムレインに持たせて、アカリがキリヒリに頭を下げると魚市場の方へ足を進めていく。

「嫁よ。これは何だ?」

 木箱を振りながらグリムレインが首をかしげると、アカリが「美味しい物」とニコニコと笑って、スキップする様に前を歩く。

「ふむ。嫁が作る物なら何でも美味いから良いか」
「ふふ。楽しみにしててね」
「うむ。楽しみにしている。早く帰って作るのだ」
「いやいや、作るのはまだ先。それにまだ魚買ってないよ」

 グリムレインの前を歩きながら、アカリが「魚ー魚ー」と歌って、魚市場で店員と話をしながら魚を物色する。
店員に冬用の干物を大量に用意してもらい、グリムレインにも干物を聞く。

「みりん干しと、普通のと、七味が振ってあるのどれがいい? お酒の肴に」
「普通ので熱燗だの。寒い時に体を温めたいなら七味のでもいいかもしれんが、スーが間違えて口にしては可哀想だから、大人が気を付けてやらねばの」
「グリムレインはうちの子の事にも気を使ってくれる優しいドラゴンなので、今日はお夕飯、奮発しちゃいますよ」
「流石、我の嫁!」

 干物は夕方、店員が屋敷まで運んでくれることになり、生魚を数匹その場で買うとアカリとグリムレインは次に青果店の方へ移動していく。
青果店の近くはアリスの家もある為に、アリスの家に立ち寄ると、アリスの家にはリリスが来ていた。

「リリスちゃんお久しぶり。今日はワッフル店はお休みなの?」
「えっと……その……当分無理になっちゃって……ママとパパに当分ワッフル店を任せる事に……」

 少し顔を赤くしてリリスがもじもじと話す事から、アカリがアリスの顔を見てピンと来たのかニヨニヨした顔でアリスの肘をつく。

「予定日はいつ頃なの?」
「来年の7月くらいっしょ」
「うんうん。おめでとう! リリスちゃんもママになるんだね」
「ありがとうございます。何だか恥ずかしいのと嬉しいので、ゴチャゴチャです」
「リロノスさんが色々買ってきそうだけど、ちゃんとありすさんがセーブさせないとね」
「リロっちは既に色々買うつもりでカタログに埋もれてるっしょ」

 リロノスらしいと言えばリロノスらしいが、意外と先々色々買うと物の踏み場もない状態にもなるので、これは気を付けるべきでもある。リリスが生まれた時も、足の踏み場が無いほどの玩具を用意していたリロノスにアカリもアリスも思い出して苦笑いする。

「あっ、そうそう。魔国の定期船が帰ってきたから、来年もこれでいけそうですよ」

 アカリがグリムレインから木箱を返してもらい、木箱を開けるとレンガの塊の様なチョコレートが木箱いっぱいにひしめいていた。
そのうちの2本をアリスに渡し、アリスもニンマリと笑う。

「来年のバレンタインも盛大にやるっしょ」
「ですよね! バレンタイン楽しみですね」

 グリムレインが「なるほど」と、木箱を再び持つと、これは当分先の甘味だの……と、小さく溜め息を吐く。
まだ今年が終わるまでふた月もある……ガクリと、項垂れるとアカリがその様子に「ちゃんと帰ったら試作品で少しは作るからすぐ食べれますよ」と笑うと、グリムレインの機嫌も浮上していく。 

 アリスの家を出ると青果店で小豆を袋いっぱいに買い込み、アカリとグリムレインは自分達の屋敷へ戻っていく。
午後からはアカリが台所で小麦粉と卵とバターを混ぜ合わせ、何度も平たく伸ばしては繰り返し、最後にチョコを練り合わせて、オーブン入れると、屋敷の中はバターとチョコの匂いに包まれる。

 アカリとルーファスとグリムレインの三人で並んで座り、チョコクロワッサンにかじりつく。

「これはなかなか。サクサク感がたまりませんねぇ」
「ん。これなら子供達も喜びそうだな」
「流石、嫁」
「いっぱい作ったから、ティル達とキリンちゃん達にも後で持って行きましょ」

 午後からはルーファスも一緒に出掛け、チョコクロワッサンを手土産に子供達に会いに行き、孫達にも会いに行った。これを切っ掛けに、チョコクロワッサンが定番になるのは、少し後の事である……。
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