黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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21章

異世界聖女⑮ 終

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 夏の暑さが少しばかり温泉大陸のミッカの実の味を良くした頃、温泉にはミッカの実がぷかぷかと浮き、料亭も旅館もミッカの匂いに包まれていた。
 【刻狼亭】の旅館では【魅了】された人々が無事に元に戻り、日常へ帰る中、遺恨を残してしまった人々もいる。

「イルのバカー!!!」
「主が悪い」
「主の責任だ」
「おれのせい!? おれだって、リリスが大事だし、一番だけど【魅了】に掛かったのは不可抗力! 第一、エスタークもダリドアも【魅了】に掛かってただろ!」

 フライパンを振り回しながらリリスがイルマールを追い駆け、イルマールの従者のエスタークとダリドアはやんややんやと野次を飛ばしながら、二人について回っている。

「リロっち、うちのリリちゃん達を見てどう思うっしょ?」
「イルマールが悪い……と、言いたいけど、私も悪いのは重々承知だよ。アリス、本当に悪かったよ」
「分かっているならいいっしょ。リロっちには今度うちの髪を練り込んだ宝石でも贈るっしょ」
「え? 何だかそれは呪物の様な……」

 アリスにニコッと笑われて、リロノスも口をつぐむ。今回の様な事が無いように、アリスは【風雷商】と共に宝石や魔石に髪を練り込んで身に着けられるような装飾品を作る事を手掛けている。
これに関しては、【刻狼亭】も出資をしていて、試作品の幾つかは既に安藤祈を収容する施設の職員に渡されている。

 安藤祈にアリスとアカリに早田倫子も駆け付け、異世界である事を懇々と説明して、安藤祈は元の世界に帰れない事に泣き散らしてはいたが、どうしようもない事を受け入れるしかなく、番消失の支援団体の元へ魔力封じを施して送られた。
多少の魔法は漏れ出てしまう物なので、完全な魔力封じはルーファスが時間移動の魔道具を作った発明部署の人間に回して作る事を急がせている。

 そして、リュエールの指示でこの先も【異世界召喚】の様な魔道具が他の国に無いかを調べさせ、回収または破壊する様に【刻狼亭】の従業員の何人かが旅に出された。

「今回は、本当にご迷惑をおかけしましたぁ~」

 ルーファスの屋敷の応接間でテンが小鬼と一緒に訪れて、開口一番に謝罪する。
責任は今回は問わないという話をしてはいたが、テンとしては心苦しいというところなのか、軍部へ戻って自分を鍛え直そうかと思っていると話を持ってきた。

「いや、今回は【魅了】という精神的な攻撃だった。それにお前は怪我もして精神余裕もなく陥落してしまったのだろう?」
「それでも、平和ボケしていたのもあると思うんですよぉ~」
「しかしなぁ、テンが抜けると事務が滞るのではないか? それぐらいならリューもテンは事務で減給ぐらいで働いてもらっていた方が助かると思うが……」
「いえいえ、今回は大勢に迷惑を掛けましたしぃ、これから魔力の上がった他の国がどう動いてくるかもわかりませんからぁ、少しでも鍛えておいた方が良いかと思うんですよぉ~」
「気持ちは変わらないのか……それなら仕方がないが、どのくらいで戻るつもりなんだ?」
「他の国が魔力が落ち着き、他国への状況把握に2,3年かかると思いますので、その間というところでしょうか~」
「ふむ。ならば、仕方がないな。で、小鬼は契約しているが、お前もついて行くのか?」

 小鬼がテンを見上げてからルーファスの方を向いて頷き、他の小鬼を派遣した旨をルーファスに伝える。
軍部の情報を手に入れる絶好のチャンスだと言いながら、小鬼はニンマリ笑う。
何処に居ても小鬼は情報狂なのは変わらない、そして【刻狼亭】に新しい小鬼が派遣されてくるのならば、小鬼同士の情報交換でテンと小鬼の話も聞けるだろう。

 二人は荷物をまとめると、温泉大陸を暫く離れる事になった。
これに一番打撃を受けたのは、やはり事務職の従業員達ではあったが、シュトラールが事務職へ回されて穴埋めをして何とか回して行くことになった。
新しく派遣された小鬼は、前の小鬼とは外見は変わらないが、ビジネスライクなところがあり、サバサバした性格の小鬼の様だ。

「今回は、皆大変だったよねぇ」

 パンッと洗濯物を手で伸ばすと、アカリが洗濯をルーファスに手渡して、ルーファスが洗濯物を干していく。

「異世界人の能力は予測がつかないからな」
「祈ちゃん、ちゃんと働けているんでしょうか……」
「一応、報告では上手くやっている様だぞ。番消失の人々の心を正気に戻す『聖女』と言われているらしい」
「そうですかー。ちゃんと今度は『聖女』らしくなったみたいですね」

 施設から出る事は出来ず、自由は与えられない修道女の様な生活を強いられてはいるが、安藤祈は異世界での居場所を与えられ、大人しく過ごしている。
そうせざるを得ないのもあるが、少々漏れ出ている【魅了】で嫌われる事も無く、本人にとっては元の世界より生きやすいかもしれない。

「ルーファスは【魅了】されている時、どんな気分だったの? やっぱり、祈ちゃんが可愛くて仕方がなかったとか?」
「よしてくれ。オレが可愛いと思うのはアカリだけだ。【魅了】されている時は酷い二日酔いの中で頭に霧がかかった様で、あまり思い出せないな」
「ふぅーん。凄く祈ちゃんに傅いて微笑んでいたから、幸せな気分なのかと思ってたよ」
「……【魅了】状態でそうなっていただけで、本当に、オレに他意は無い」

 空になった洗濯物籠をルーファスに渡して、アカリが上目遣いでルーファスを見上げる。
少し耳を下げて弁解するルーファスに、クスッと笑ってアカリが「アイスでも食べに行きましょうか」と誘い、ルーファスの尻尾が左右に揺れると、何処から現れたのか、ドラゴン達が顔を一斉に出して「「「行く!!」」」と、声をあげた。

 温泉大陸の夏は少しばかり、ゴタつきはしたものの例年通りのミッカの香りに包まれた夏になった。
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