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21章
異世界聖女⑦
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温泉大陸に夜が来ると、いつもならば温泉街に色とりどりの提灯が灯り、観光客や住民たちが賑やかに過ごす時間帯でもある。
しかし、提灯は無く月明かりだけが街を照らし、不気味な程に揃った声が「聖女様」と呟く声だけが聞こえる。
「うへぇー……不気味だな」
「軍隊みたい」
「軍隊って言うより、狂信者っしょ」
「皆さん、静かにです!」
小鬼の案内でハガネ、アカリ、アリス、ドラゴン達はコソコソと温泉街の街中の裏通りを歩いていく。
ドラゴン達は最少の小ささにサイズを変えて、アカリの髪や肩に掴まっている。
「皆もう少し近寄って」
「はーい」
アルビーの透明化の魔法で姿を消してはいるものの、匂いは誤魔化せない為に静かにコソコソ移動である。
向かう先は、【刻狼亭】の旅館の大広間である。
最初にテンに『10号室』をかけられて身動きが取れなくなった人々は、大広間に一纏めにされているらしい。
テンが『10号室』でそれぞれが勝手に逃げ出さない様に仕掛けた事がえげつない為に、『10号室』が解けても皆うかつに動けないでいる。
一人一人に指に釣り糸の様な物が巻かれていて、それは誰かに繋がっている。
『無理やり引っ張れば、相手の体が切れますよ~?』
『10号室』でテンは一人一人にそう言って、全員、その言葉で身動きが取れない。
シュトラールは蘇生回復が使える為に、相手が切れようと逃げて回復魔法をかければ良いだけなのだが、自分の子供の首に糸が繋がっている等、脅されたために踏ん切りがつかないまま、大人しくしている。
そして夏場の熱さに体力も消耗する一方で、夜になり、少し息を付くことが出来ている様なものなのだ。
小鬼が「テンさんは手段を選びませんから」と、小さく溜め息を吐く。
「テンは本当に他の人と糸を繋げてるのかな?」
「テンっちなら……普段は脅しだけだろうけど、敵に回った今は判らないっしょっ」
「テンだからなぁ……俺もテンとやり合うのは初めてだから、何ともいえねぇ」
三人共、テンを知っているからこそ、何処まで本気でやってきているのか敵になるとサッパリ判らない所なのだ。
「それにしても、『聖女様』って何をしにココに来たんでしょうね?」
「乙女ゲ―ムのつもりでイケメン探しみたいっしょ」
「イケメンですか……イケメンの基準が分らないけど、大抵は皆結婚してますからねぇ……」
「うちのシノリアが温泉大陸に今居なくて良かったっしょ」
「あー、シノリア君はリロノスさんに似てきましたからねぇ……」
最近、身長が一気に伸びたシノリアは温泉街に帰って来る時に、観光客の女性に声を掛けられる事が多く、幼馴染のナルアが後ろから「破廉恥ですわ!」と叫ぶという珍事件も起きている。
母親同士でニヨニヨしながら娘と息子を見守っている所ではあるが、子供の頃からの付き合いのせいか進展はしない。
シノリアはそれなりにアピールしているものの、ナルアが嫉妬する癖に素直にならない……と、いうところだろうか? と、母親二人は見ている。
「大広間の警備は無いな」
「テンの『10号室』で皆動けないからでしょうか?」
「うちらをナメきってるっしょ」
大広間では五十人程の【刻狼亭】の従業員と小さな子供達が捕まって床に転がされていた。
シュトラールの姿を見付けてアカリが声を出すと、シュトラールが耳をピクピク動かして鼻を動かす。
「シューちゃん! 大丈夫!?」
「母上、来ちゃ駄目だ!」
駆け寄ろうとしたアカリをドラゴン達が肩を引っ張り、後ろでハガネが支えて抱きとめると、大広間の入り口にピンと張られた釣り糸をアリスが怪訝な顔で見付ける。
「この釣り糸……なんかおかしいっしょ」
「その糸に触っちゃ駄目だ! 毒が仕込まれてるから!」
シュトラールの声にアリスが釣り糸に伸ばした手を引っ込めて、少し青ざめた顔をする。
「テンっち、マジ本気とか、マジ怖いんですけど……」
「アカリもアリスも触ってねぇな?」
二人がコクコクと頷くと、ハガネがハァーと、息を吐き、炎を手に出すと釣り糸を燃やしていく。
火が着くと、糸を伝って火は部屋の至る所へ燃え広がり、部屋中に糸が張り巡らされていたことが分かる。
「おいおい……念入りってもんじゃねぇだろ……」
「テンっちマジ怖いっしょ!」
「グリムレイン、火を糸が燃えたら火を消して」
「うむ。それは良いが……婿がおらんな」
部屋の毒の釣り糸が燃え切るとグリムレインが部屋に息を一吹きするだけで、部屋の隅々まで氷でコーティングされる。
廊下にも息を吹きかけ、廊下にも釣り糸が張り巡らされていたことが、氷にコーティングされた事により露わになった。
グリムレインが指を鳴らすと、糸が氷の様に弾けて切れていった。
「皆、大丈夫? シューちゃん、ルーファスは?」
「父上は最上階に連れていかれた。キリンさんが人質に取られてリューが『聖女』の言い成りになってる!」
「直ぐに行かなきゃ! シューちゃんも一緒に来て!」
「オレは、行けない! オレの指に巻かれてる釣り糸がルビスの首に巻かれてる……」
「でも、ルビスちゃんはココに居ないよ!」
「でも、万が一があったら、オレ、怖いっ!」
今にも泣き出しそうなシュトラールの顔に、アカリもそれ以上は言えず、ハガネがポリポリと頭をかいて「しゃーねぇわな」と、肩をすくめる。
「まぁ、とにかくテンをどうにかしねぇと『10号室』の影響下からは逃れられねぇだろうから、テンをどうにかするしかねぇな」
「テンも『聖女』や父上と一緒に最上階に居る筈だよ! あと、アルビー、これは主君命令。絶対にリューに主君命令されても、自分がしたくない事はしない事!」
「うーん。それ、私が板挟みじゃない? でもまぁ、主君命令だし聞いとくよ」
アルビーが左右に首を振りながらゆらゆらと動かしてシュトラールに擦り寄り、アカリの元へ戻ると再び、小鬼の案内で旅館にある従業員専用エレベーターと非常階段と外からの三手に別れて最上階を目指す。
エレベーターには小鬼とアカリとケルチャにアルビー。
非常階段はハガネとエデンとケイト。
外からはアリスとグリムレイン。
一番初めに最上階に着いたアリスとグリムレインを出迎えたのは、火竜ローランドとトリニア家の双子姉妹、ミルアとナルアだった。
しかし、提灯は無く月明かりだけが街を照らし、不気味な程に揃った声が「聖女様」と呟く声だけが聞こえる。
「うへぇー……不気味だな」
「軍隊みたい」
「軍隊って言うより、狂信者っしょ」
「皆さん、静かにです!」
小鬼の案内でハガネ、アカリ、アリス、ドラゴン達はコソコソと温泉街の街中の裏通りを歩いていく。
ドラゴン達は最少の小ささにサイズを変えて、アカリの髪や肩に掴まっている。
「皆もう少し近寄って」
「はーい」
アルビーの透明化の魔法で姿を消してはいるものの、匂いは誤魔化せない為に静かにコソコソ移動である。
向かう先は、【刻狼亭】の旅館の大広間である。
最初にテンに『10号室』をかけられて身動きが取れなくなった人々は、大広間に一纏めにされているらしい。
テンが『10号室』でそれぞれが勝手に逃げ出さない様に仕掛けた事がえげつない為に、『10号室』が解けても皆うかつに動けないでいる。
一人一人に指に釣り糸の様な物が巻かれていて、それは誰かに繋がっている。
『無理やり引っ張れば、相手の体が切れますよ~?』
『10号室』でテンは一人一人にそう言って、全員、その言葉で身動きが取れない。
シュトラールは蘇生回復が使える為に、相手が切れようと逃げて回復魔法をかければ良いだけなのだが、自分の子供の首に糸が繋がっている等、脅されたために踏ん切りがつかないまま、大人しくしている。
そして夏場の熱さに体力も消耗する一方で、夜になり、少し息を付くことが出来ている様なものなのだ。
小鬼が「テンさんは手段を選びませんから」と、小さく溜め息を吐く。
「テンは本当に他の人と糸を繋げてるのかな?」
「テンっちなら……普段は脅しだけだろうけど、敵に回った今は判らないっしょっ」
「テンだからなぁ……俺もテンとやり合うのは初めてだから、何ともいえねぇ」
三人共、テンを知っているからこそ、何処まで本気でやってきているのか敵になるとサッパリ判らない所なのだ。
「それにしても、『聖女様』って何をしにココに来たんでしょうね?」
「乙女ゲ―ムのつもりでイケメン探しみたいっしょ」
「イケメンですか……イケメンの基準が分らないけど、大抵は皆結婚してますからねぇ……」
「うちのシノリアが温泉大陸に今居なくて良かったっしょ」
「あー、シノリア君はリロノスさんに似てきましたからねぇ……」
最近、身長が一気に伸びたシノリアは温泉街に帰って来る時に、観光客の女性に声を掛けられる事が多く、幼馴染のナルアが後ろから「破廉恥ですわ!」と叫ぶという珍事件も起きている。
母親同士でニヨニヨしながら娘と息子を見守っている所ではあるが、子供の頃からの付き合いのせいか進展はしない。
シノリアはそれなりにアピールしているものの、ナルアが嫉妬する癖に素直にならない……と、いうところだろうか? と、母親二人は見ている。
「大広間の警備は無いな」
「テンの『10号室』で皆動けないからでしょうか?」
「うちらをナメきってるっしょ」
大広間では五十人程の【刻狼亭】の従業員と小さな子供達が捕まって床に転がされていた。
シュトラールの姿を見付けてアカリが声を出すと、シュトラールが耳をピクピク動かして鼻を動かす。
「シューちゃん! 大丈夫!?」
「母上、来ちゃ駄目だ!」
駆け寄ろうとしたアカリをドラゴン達が肩を引っ張り、後ろでハガネが支えて抱きとめると、大広間の入り口にピンと張られた釣り糸をアリスが怪訝な顔で見付ける。
「この釣り糸……なんかおかしいっしょ」
「その糸に触っちゃ駄目だ! 毒が仕込まれてるから!」
シュトラールの声にアリスが釣り糸に伸ばした手を引っ込めて、少し青ざめた顔をする。
「テンっち、マジ本気とか、マジ怖いんですけど……」
「アカリもアリスも触ってねぇな?」
二人がコクコクと頷くと、ハガネがハァーと、息を吐き、炎を手に出すと釣り糸を燃やしていく。
火が着くと、糸を伝って火は部屋の至る所へ燃え広がり、部屋中に糸が張り巡らされていたことが分かる。
「おいおい……念入りってもんじゃねぇだろ……」
「テンっちマジ怖いっしょ!」
「グリムレイン、火を糸が燃えたら火を消して」
「うむ。それは良いが……婿がおらんな」
部屋の毒の釣り糸が燃え切るとグリムレインが部屋に息を一吹きするだけで、部屋の隅々まで氷でコーティングされる。
廊下にも息を吹きかけ、廊下にも釣り糸が張り巡らされていたことが、氷にコーティングされた事により露わになった。
グリムレインが指を鳴らすと、糸が氷の様に弾けて切れていった。
「皆、大丈夫? シューちゃん、ルーファスは?」
「父上は最上階に連れていかれた。キリンさんが人質に取られてリューが『聖女』の言い成りになってる!」
「直ぐに行かなきゃ! シューちゃんも一緒に来て!」
「オレは、行けない! オレの指に巻かれてる釣り糸がルビスの首に巻かれてる……」
「でも、ルビスちゃんはココに居ないよ!」
「でも、万が一があったら、オレ、怖いっ!」
今にも泣き出しそうなシュトラールの顔に、アカリもそれ以上は言えず、ハガネがポリポリと頭をかいて「しゃーねぇわな」と、肩をすくめる。
「まぁ、とにかくテンをどうにかしねぇと『10号室』の影響下からは逃れられねぇだろうから、テンをどうにかするしかねぇな」
「テンも『聖女』や父上と一緒に最上階に居る筈だよ! あと、アルビー、これは主君命令。絶対にリューに主君命令されても、自分がしたくない事はしない事!」
「うーん。それ、私が板挟みじゃない? でもまぁ、主君命令だし聞いとくよ」
アルビーが左右に首を振りながらゆらゆらと動かしてシュトラールに擦り寄り、アカリの元へ戻ると再び、小鬼の案内で旅館にある従業員専用エレベーターと非常階段と外からの三手に別れて最上階を目指す。
エレベーターには小鬼とアカリとケルチャにアルビー。
非常階段はハガネとエデンとケイト。
外からはアリスとグリムレイン。
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