黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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21章

異世界聖女②

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 ボロボロの小鬼が【刻狼亭】に運び込まれて、シュトラールの回復魔法で治療して直ぐに目を覚ました小鬼は、明らかにおかしかった。

「聖女様の為に! 聖女様の為に!」

 ピシっと手を万歳と挙げて、洗脳状態に近かったともいう。
すぐさま、シュトラールが小鬼を捕まえて、製薬部隊が特殊ポーションを頭の上からかけながら飲ませて、ようやく小鬼は電池の切れた玩具の様にパタンと倒れた。

「えっと、なにこれ?」
「と、いうか……テンは……?」
「テンは確か……情報が足りないからって、出張してる……ハズ?」

 小鬼ある所にテン在り! の筈が、何故か小鬼だけが荷物で届いている状況、そして小鬼の頭がおかしくなった事に製薬部隊とシュトラールがゴクリと喉を鳴らして、慌ててシュトラールは兄のリュエールの所へ駆け出す。

「リュー! リュー居る―!?」

 バンッと代々【刻狼亭】の当主の執務室として使われている部屋のドアを勢いよくシュトラールが開けると、執務室ではのんびりと、ルーファスとアカリがリュエールと一緒にお茶をしていた。

「あら? どうしたのシューちゃん」
「騒がしいぞ、シューはもう少し落ち着きを払うべきだな」
「どうしたの? シュー」

 少し拍子抜けする程のんびりとした日常風景に、シュトラールが一瞬自分が何をしに来たのか忘れそうになり、慌てて首を振る。

「リュー、テンは? テンは今どこ!?」
「テンなら、アシュッヘルム都市に小鬼と一緒に出張にいってるけど? そういえば連絡が届いてないなぁ……」

 リュエールが小さく小首をかしげて、アカリも同じ様に小首をかしげて「アシュッヘル都市?」と、ルーファスを見上げると、ルーファスは勝手知ったる何とやらで、執務室にある地図を持ち出してテーブルに広げてアカリに指をさして教える。

「北西寄りのタンシム国よりも上にある。確か何処かの国の姫が降嫁した都市だったか?」
「随分左上の場所ですね。テンは陸路で行ったなら随分かかるんじゃないかな?」
「陸路ならば1ヶ月以上はかかるだろうが、テンと小鬼は妖精の小道を使うから1週間弱というところだろうな」
「妖精の小道?」
「妖精達が自然界に作った不思議な道で、移動時間が短縮できる。まぁ、小鬼の様な情報を持っていなければ見つけられん道だがな」
「面白そうな道があるんだね」

 にこにことアカリがお茶うけの抹茶あんみつに手を伸ばすと、シュトラールが耳を下げる。
とても毒気が抜かれる両親ののんびりとしたやり取りに、リュエールに助けを求める様に目を向ける。

「で、テンがどうしたの? 何かあったんでしょ?」
「そう! 今、荷物が届いたんだけど、小鬼がボロボロの状態で入ってて、テンに何かしらあったんじゃないかって!」
「それを早く言いなよ! もう、で、荷物の箱は!?」
「だって、ここすごくまったりしてるんだよ! オレに言えるわけないよー! とにかく箱は製薬部隊の第一部室。小鬼も治療したんだけど、様子がおかしくて、特殊ポーション飲ませたら倒れた!」
「もおぉー! それ直ぐ言いなよ!」

 リュエールがシュトラールを叱りながら執務室から慌ただしく出て行き、シュトラールも後に続いて駆け出していく。

「あらら……、ルーファスも、行ってどうぞ」
「いや、しかし……」
「ふふっ、気になって仕方がないって、尻尾と耳が言ってますよ?」
「すまん。行ってくる。アカリはここでゆっくりしてから、家に戻ってくれ」
「はーい。いってらっしゃーい」

 ルーファスも執務室から駆け出すと、残されたアカリはくすくす笑いながら抹茶あんみつを食べて、頬に手を当てて「んーっ、やっぱり、うちの料亭のあんみつが一番」とニッコリ笑う。

「そういえば、出張って『聖女』がどうのとか言ってたっけ? まぁ、うちの旦那様と息子達に任せておけば、きっと大丈夫よね。ねー、おチビさん」

 お腹に話し掛けながら、アカリはのんびりと執務室でお茶タイムを過ごす。
一方のリュエール達は製薬室で目を覚ました小鬼を取り押さえるのに四苦八苦していた。

「聖女様がー……違う、違うんです! テンさん助けないと……うーっ……、聖女様の為にィー……ううっ、頭の中で、情報がぐちゃぐちゃに、助けて下さい! ううっ」

 小さな小鬼が頭を打ち付けては、正気に戻ろうと騒ぎ、押さえつけると折れてしまいそうな小ささに、ルーファスとリュエールは手を出すかどうするか迷うところで、シュトラールは回復魔法を唱えながら、無理やり小鬼を押さえつける。

「これは随分と酷い錯乱状態ですね」

 製薬部隊のマグノリアが小鬼が送られてきた荷物箱を持ってきて、ルーファスとリュエールが荷物の宛先と差出人を確認する。

「差出人は……十……」
「これはテンが軍人時代のコードネームの十だな。テンも小鬼と同じ状態だと思って良いだろうな。あいつはコードネームを捨てた人間だからな……」
「テンに何があったのか、小鬼を元に戻さないといけませんね」
「こういう洗脳状態に効くのは……ハガネの【幻惑】魔法だな」
「ハガネを直ぐに呼んで来い!」

 ルーファスの指示に製薬部隊が急いでハガネを探しに出て行き、リュエールが「指示を出すのは僕の役目なんだけどなぁ」と、少し思いつつも、まだ【刻狼亭】の指揮下はルーファスの下にあるのだろうなとも思う。
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