629 / 960
21章
土竜は眠る②
しおりを挟む
温泉大陸の西に位置する大陸タンシム方面と温泉大陸を繋いでいる大きな橋の手前には、橋の左右に分れて露店商が多く建ち並び、商人達の獣騎や荷馬車を停めている場所で、大きな雷が落ちたのを見て商人も温泉街の旅行客達もピタッと時間が止まった様に足を止める。
一瞬、間を置いた後で、一斉に蜘蛛の子を散らす様に温泉街の日常茶飯事の一つが起きたのだと、理解した人間から素早く店をたたむか、貴重品だけ持って隅に寄る。
布と木で造った簡易の露店が吹き飛ぶのを悲鳴と共に見上げ、旅行客達も一気に逃げまどい始める。
ピシャーンと大きな音が何度か轟き、バリバリとする音が露店並木に響き渡る。
【刻狼亭】の従業員達が駆け付けた頃には、大きな黒い狼が体から雷を出して子供二人を足で踏みつけていた。
「大旦那! 落ち着いて下さい!」
「大旦那様! 大女将に泣かれますよ!」
従業員が獣化してキレているルーファスにじりじりと近寄りながら、伝家の宝刀アカリの名を出す。
鼻の上にしわを寄せながら、唸り声をあげて自分の足元に踏んづけている我が子を睨みつける。
「ニクストローブを何処へやった!? お前達は何を考えている!?」
「ヒッ! だ、だって、死にそうな人が……」
「だって、人助け……」
ティルナールとルーシーが涙目になりながら口を開くも、ルーファスの雷がバリバリと周りに飛び散り、本気で怒っている事を表している。
「そんな戯言はどうでもいいっ! ニクストローブを何処へ引き渡した!!」
ドーンッと雷がまた露店並木に落ちて、ティルナールとルーシーがガクガクと震えながらルーファスを見上げ、しゃくりあげると、従業員が「赤い獣騎の荷馬車だそうです!」と声を出す。
「赤い獣騎の荷馬車を大橋の通行門から出すな! 他の荷馬車の積み荷も一応の為に検査をしろ! 港の方もだ!」
「「「承知いたしました!!」」」
従業員達が直ぐに動き始めると、ルーファスはニクストローブの卵の匂いを嗅ぎながら走り出す。
「父上……」
「父上ぇ……ぐすっ」
ティルナールとルーシーは耳を下げて、泣きながら残った従業員に【刻狼亭】まで連れて帰られる。
ここまで自分達が父親を怒らせるとは考えていなかったし、大人達がざわつく程の事なのかも理解できなかった。
だって、ドラゴンは永遠の命を持っているのだから、少し人助けの為に分けてあげるくらい大丈夫だと思ったのだ。
死んでしまうかもしれない人がいるのに、助けてあげられないのは可哀想だと、そう二人は思っていた。
黒塗りの料亭が見え、黒い暖簾が開くと、兄であるシュトラールが出てきて、ティルナールとルーシーに困った表情で首を少し傾ける。
「二人共、今回のは悪戯じゃ済まないからね?」
「兄上……」
「兄様……」
「オレも少し怒ってる。いいかい? お前達がした事は、母上のお腹に今宿ってる赤ん坊を他人にあげてしまう事と同じ事なんだよ。お前達それでも人助けだからってあげれる?」
二人はフルフルと横に顔を動かす。
「でも、ドラゴンは永遠の命があるんでしょう?」
「確かにそうだけど、卵の時は別なんだよ。卵の時に食べられてしまえば、死んでしまう。もう二度とニクストローブに会う事は出来ない」
「だけど、兄様の回復魔法があれば……」
シュトラールは首を振る。
幼い弟や妹は『死』に関して、軽く見過ぎている。それは、蘇生魔法を扱える自分がいるせいかもしれないし、『死』という物を間近で見た事が無いからかもしれない。
「オレの蘇生魔法でも、それは出来ない。ドラゴン達はオレ達を信じているのに、それを裏切る行為をした。オレはリューや父上みたいに厳しい事は言えないけど、お前達のした事は、温泉大陸を追放されても仕方がないくらい悪い事をしたんだ。反省して、帰ってきたニクストローブに謝ること、いいね?」
「はい。兄上……」
「はい。兄様……」
「じゃあ、オレは救援要請があったから行くね」
シュトラールが獣化して駆け出し、二人はしょんぼりと暖簾を潜って料亭内に入る。
料亭内では、長兄のリュエールが母親のアカリと何やら口論していた。比較的、長兄は滅多に声を荒げないし、母のアカリも長兄とこうして口論するようなところは見た事が無い。
ビクビクと顔を覗かせて二人が口論の内容を聞いてみれば、自分達の事で口論していた。
「母上、これは【刻狼亭】の当主としての僕の出した答えです! ティルとルーシーには宿舎のある学校に行ってもらう!」
「そんなの酷すぎるよ! ティルもルーシーも子供なの! まだよくわかってないだけ!」
「流石に父上も僕と同じ結論だよ。第一あの二人はもう八歳、いや、もうすぐ九歳になるのに、物の分別が付いていないのは、流石に、子供だからっていう範囲じゃないよ!」
「じゃあ、ルーファスの意見に私は従います! ルーファスはあの子達の父親なのだから、寄宿学校へ行かせるわけないわ!」
「これは父上の結論でもあるんだよ、母上」
「そんな……っ!!」
二人が言い争っていると、長女のミルアと次女のナルアが「お客様の前でお止め下さいまし!」と二人を奥へ連れて行ってしまう。
ティルナールとルーシーは耳をぺしゃんとしょげ返らせて、トボトボと料亭を出てナナメ後ろの自分達の屋敷へと帰っていく。
「ティル、どうしよう……」
ぐすぐすと泣き出したルーシーに、ティルナールも泣きながらルーシーの頭を撫でて「ごめんね」と謝って、わんわん二人は泣き始める。
「どこにも、行きたく、ないよぉーうわぁあん」
「うわぁぁん、温泉大陸から追い出されちゃうよー」
泣きながら抱き合う二人を物陰から、リュエールとアカリとミルアとナルアが覗き見して、小さく肩を下ろす。
「反省をこれで少しはしてくれたら、良いんだけどね」
「リューちゃんは回りくどい反省をさせるんだもの……少し二人が可哀想なのだけど?」
「母上、わたくし達はリュー兄様の方法でいいと思いますわ」
「そうですわよ。母上。あの子達には反省が必要ですわ」
ルーファスから、ティルナール達が【刻狼亭】に着く前にニクストローブの卵を無事に回収出来たと報告があって、急遽、ティルナールとルーシーに反省を促すために、リュエールが一芝居打ったのだが、効果はあった様で、ルーファスが卵を持って帰ってくると、泣きながら卵に「ごめんなさい」と謝っていた。
一瞬、間を置いた後で、一斉に蜘蛛の子を散らす様に温泉街の日常茶飯事の一つが起きたのだと、理解した人間から素早く店をたたむか、貴重品だけ持って隅に寄る。
布と木で造った簡易の露店が吹き飛ぶのを悲鳴と共に見上げ、旅行客達も一気に逃げまどい始める。
ピシャーンと大きな音が何度か轟き、バリバリとする音が露店並木に響き渡る。
【刻狼亭】の従業員達が駆け付けた頃には、大きな黒い狼が体から雷を出して子供二人を足で踏みつけていた。
「大旦那! 落ち着いて下さい!」
「大旦那様! 大女将に泣かれますよ!」
従業員が獣化してキレているルーファスにじりじりと近寄りながら、伝家の宝刀アカリの名を出す。
鼻の上にしわを寄せながら、唸り声をあげて自分の足元に踏んづけている我が子を睨みつける。
「ニクストローブを何処へやった!? お前達は何を考えている!?」
「ヒッ! だ、だって、死にそうな人が……」
「だって、人助け……」
ティルナールとルーシーが涙目になりながら口を開くも、ルーファスの雷がバリバリと周りに飛び散り、本気で怒っている事を表している。
「そんな戯言はどうでもいいっ! ニクストローブを何処へ引き渡した!!」
ドーンッと雷がまた露店並木に落ちて、ティルナールとルーシーがガクガクと震えながらルーファスを見上げ、しゃくりあげると、従業員が「赤い獣騎の荷馬車だそうです!」と声を出す。
「赤い獣騎の荷馬車を大橋の通行門から出すな! 他の荷馬車の積み荷も一応の為に検査をしろ! 港の方もだ!」
「「「承知いたしました!!」」」
従業員達が直ぐに動き始めると、ルーファスはニクストローブの卵の匂いを嗅ぎながら走り出す。
「父上……」
「父上ぇ……ぐすっ」
ティルナールとルーシーは耳を下げて、泣きながら残った従業員に【刻狼亭】まで連れて帰られる。
ここまで自分達が父親を怒らせるとは考えていなかったし、大人達がざわつく程の事なのかも理解できなかった。
だって、ドラゴンは永遠の命を持っているのだから、少し人助けの為に分けてあげるくらい大丈夫だと思ったのだ。
死んでしまうかもしれない人がいるのに、助けてあげられないのは可哀想だと、そう二人は思っていた。
黒塗りの料亭が見え、黒い暖簾が開くと、兄であるシュトラールが出てきて、ティルナールとルーシーに困った表情で首を少し傾ける。
「二人共、今回のは悪戯じゃ済まないからね?」
「兄上……」
「兄様……」
「オレも少し怒ってる。いいかい? お前達がした事は、母上のお腹に今宿ってる赤ん坊を他人にあげてしまう事と同じ事なんだよ。お前達それでも人助けだからってあげれる?」
二人はフルフルと横に顔を動かす。
「でも、ドラゴンは永遠の命があるんでしょう?」
「確かにそうだけど、卵の時は別なんだよ。卵の時に食べられてしまえば、死んでしまう。もう二度とニクストローブに会う事は出来ない」
「だけど、兄様の回復魔法があれば……」
シュトラールは首を振る。
幼い弟や妹は『死』に関して、軽く見過ぎている。それは、蘇生魔法を扱える自分がいるせいかもしれないし、『死』という物を間近で見た事が無いからかもしれない。
「オレの蘇生魔法でも、それは出来ない。ドラゴン達はオレ達を信じているのに、それを裏切る行為をした。オレはリューや父上みたいに厳しい事は言えないけど、お前達のした事は、温泉大陸を追放されても仕方がないくらい悪い事をしたんだ。反省して、帰ってきたニクストローブに謝ること、いいね?」
「はい。兄上……」
「はい。兄様……」
「じゃあ、オレは救援要請があったから行くね」
シュトラールが獣化して駆け出し、二人はしょんぼりと暖簾を潜って料亭内に入る。
料亭内では、長兄のリュエールが母親のアカリと何やら口論していた。比較的、長兄は滅多に声を荒げないし、母のアカリも長兄とこうして口論するようなところは見た事が無い。
ビクビクと顔を覗かせて二人が口論の内容を聞いてみれば、自分達の事で口論していた。
「母上、これは【刻狼亭】の当主としての僕の出した答えです! ティルとルーシーには宿舎のある学校に行ってもらう!」
「そんなの酷すぎるよ! ティルもルーシーも子供なの! まだよくわかってないだけ!」
「流石に父上も僕と同じ結論だよ。第一あの二人はもう八歳、いや、もうすぐ九歳になるのに、物の分別が付いていないのは、流石に、子供だからっていう範囲じゃないよ!」
「じゃあ、ルーファスの意見に私は従います! ルーファスはあの子達の父親なのだから、寄宿学校へ行かせるわけないわ!」
「これは父上の結論でもあるんだよ、母上」
「そんな……っ!!」
二人が言い争っていると、長女のミルアと次女のナルアが「お客様の前でお止め下さいまし!」と二人を奥へ連れて行ってしまう。
ティルナールとルーシーは耳をぺしゃんとしょげ返らせて、トボトボと料亭を出てナナメ後ろの自分達の屋敷へと帰っていく。
「ティル、どうしよう……」
ぐすぐすと泣き出したルーシーに、ティルナールも泣きながらルーシーの頭を撫でて「ごめんね」と謝って、わんわん二人は泣き始める。
「どこにも、行きたく、ないよぉーうわぁあん」
「うわぁぁん、温泉大陸から追い出されちゃうよー」
泣きながら抱き合う二人を物陰から、リュエールとアカリとミルアとナルアが覗き見して、小さく肩を下ろす。
「反省をこれで少しはしてくれたら、良いんだけどね」
「リューちゃんは回りくどい反省をさせるんだもの……少し二人が可哀想なのだけど?」
「母上、わたくし達はリュー兄様の方法でいいと思いますわ」
「そうですわよ。母上。あの子達には反省が必要ですわ」
ルーファスから、ティルナール達が【刻狼亭】に着く前にニクストローブの卵を無事に回収出来たと報告があって、急遽、ティルナールとルーシーに反省を促すために、リュエールが一芝居打ったのだが、効果はあった様で、ルーファスが卵を持って帰ってくると、泣きながら卵に「ごめんなさい」と謝っていた。
40
お気に入りに追加
4,628
あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

婚約者である皇帝は今日別の女と結婚する
アオ
恋愛
公爵家の末娘として転生した美少女マリーが2つ上の幼なじみであり皇帝であるフリードリヒからプロポーズされる。
しかしその日のうちにプロポーズを撤回し別の女と結婚すると言う。
理由は周辺の国との和平のための政略結婚でマリーは泣く泣くフリードのことを諦める。しかしその結婚は実は偽装結婚で
政略結婚の相手である姫の想い人を振り向かせるための偽装結婚式だった。
そんなこととはつゆ知らず、マリーは悩む。すれ違うがその後誤解はとけマリーとフリードは幸せに暮らしました。

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた
黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」
幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。