黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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20章

黒狼亭⑦

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 一夜明けて、私とルーディクスさんはお互いに徹夜二日目とあって、少しだけ目の下が黒い。
お互いにヨロッとはしているけれど、気分的には上々という所である。

 魔石も後は【核】を残すだけになり、これを砕いたら、また月刀ー山茶花ーは折れてしまうから、本当に最後の最後まで頑張ってくれたと思う。

「では、ルーディクスさん、これを砕いたら小さな魔石が飛び散りますから、これで最後ですよ」
「ああ。まさか本当に魔石をこの大陸に持ってきて、挙句に全部この大陸に撒けというとは思わなかったが、お前は凄いなミヤ」

 何だか眩しい笑顔に、キュンとしてしまったではないですか……。
流石ルーファスのご先祖様ですよ……なんて素敵で優しい笑顔をするんですかー!!
若干照れながらも、私はトドメとばかりに【核】に小刀を突き立てた。

 やはり、小刀はバラバラに砕けてしまったけど、あの【勇者】の持っていた月刀ー山茶花ーが折れずに、未来のカイナ君に受け渡されるのならば、此処で私の小刀が折れてしまうのは歴史上でも予定内ではないかな?

 【核】が砕けると、四方八風へ魔石は飛び散り、噴き出した。
それは夜空に流れる流星のようで、温泉大陸の洞窟の中から外の大陸へ……。

「ああ、これが『星降り』ですね……」
「星降り……確かに、夜空を駆ける星の様だな」

 ゴゴゴゴゴ・・・・…と、地鳴りがして、私を抱えてルーディクスさんが飛び出すと、洞窟の中から水柱が噴き出した。

「熱ー――――っ!!!」
「これ、水柱じゃなくて、お湯? 温泉だー!!! やりましたよ! ルーディクスさん! 温泉です!」

 バサバサとルーディクスさんが羽を動かして、私が洞窟内で作業していて大陸を見て回れなかった場所を案内してくれる。

「あそこは岩肌だけだったんだが、魔石を同化させたら、妙な鳥がポコポコ生まれた」
「……あれは、温泉鳥……?」
「温泉鳥? なにやら石化したボコボコした感じだと思ったら、あいつら勝手に生まれたぞ?」

 間欠泉の森のあった岩肌は温泉鳥がワラワラと飛び出し、噴き出した間欠泉の周りで「アグー」と声を出し合っている。
彼等は、化石で時を止めて温泉が出るまで待っていたのだろうか? それとも魔石の力なんだろうか? でも、これで彼等、温泉鳥が温泉大陸にしか居ない理由が少し判ったかも。

「あそこにも温泉が噴き出したぞ」
「あっ、本当だ! 凄いですね! ルーディクスさん、これでこの大陸は温泉大陸ですよ!」
「お前は、初めからこの大陸を温泉大陸だと言っていたが、知っていたのか?」
「……さぁ?」

 おっと、口が滑り過ぎてたみたいです。うーん、誤魔化そう!
笑ってルーディクスさんに「あそこも凄いですよ!」と、指をさすと、ルーディクスさんの顔が近付いて慌てて顔を背けた。

「ミヤ……」
「駄目ですよ。私は番である夫のモノなんですから。彼に会った時に、自分に恥じない私で居たいんです。そりゃ、ルーディクスさんは格好いいですけど、彼では無いから、駄目です」
「……そうか、悪かった」

 少し気まずいけど、私はルーファスにまた会えた時に、ぎこちなくなるのは嫌だし、ルーファスに感じるトキメキをルーディクスさんには感じない。ルーファスに会えない寂しさをルーディクスさんで埋めたりしちゃいけない。
ルーファスに会いたい……寂しいし、心細い。

 その時、ヒュンと風を切る音がして、衝撃が肩にあった。

「熱っ!」
「ミヤ!?」

 赤く噴き出した肩口の色に、少し驚くと、私以上にルーディクスさんが目を見開いて悲痛そうな顔をしていた。
あれ? 何が今起きたんだろう?
肩が凄く熱い……。

「貴様ら、これはどういう事だ! 何をした! 魔石を返せ!」

 海辺に一人の男が立っていて、その男の人が持っている刀で【勇者】だと認識できた。
ルーディクスさんが地上に降りると、私の肩に手を当てて強く握っている。その手が赤く染まっていくのを見て、ああ、私、斬られたのかとようやく合点がいった。

「ミヤ!大丈夫だからな!」
「そんなに大声出さなくても大丈夫ですよ。私なら平気ですよ。流石に勇者はムカつきますけど」

 いや、本当に【勇者】ムカつきますけどね?
泣きそうな顔がルーファスに似てて、ルーディクスさんには泣いて欲しくないな‥‥…。
肩はズキズキするけど、いきなり予告も無く斬り付けて来るとか……この【勇者】本当に卑怯者すぎてムカムカする!

「ルーディー!」

 小さな女の子の声にルーディクスさんが顔を上げる。
私も声の方向へ顔を向けると、【勇者】が5歳くらいの黒髪の狼耳の少女の髪を掴んで立っていた。

「ジル!?お前、生きていたのか!?」
「ルーディー……うぁあああん」

 黒天狼族の生き残りだろうか?
手を伸ばして泣く女の子に刀を突きつけて、【勇者】が「魔石を寄越せ!」と声を荒げていた。

「ルーディクスさん、女の子をお願いできますか?」
「ミヤ!どうする気だ!?」
「何があっても、ちゃんとこの温泉大陸お願いしますね」
「ミヤ?」

 女は度胸……怖がってたら何も出来ない。
私はカバンの中で布を出して、ゴソゴソと巻きつけると【勇者】に布を見えるように掲げる。

「魔石は残念ながらこれしか残って居ません! 女の子と交換です!」
「ミヤ!」

 心配そうなルーディクスさんに笑うと、【勇者】に近付いていく。
近くに寄ってようやく彼は本当に日本人なのだと思う。
背が低く、他の人から見たら彼は若く見えるだろうけど、日本人の目から見れば、彼はずっと年寄りだ。
40代くらいかもしれない。

「お前は……日の本の人間か?」

 【勇者】が驚いた顔をした後で、泣き出しそうな顔をした。
日の本……そういえば日本は昔そんな風な呼び方をされていたような?

「ええ、私はこの世界の人間ではありません。あなたと同じ国の出身です。さぁ、女の子を自由にしてください。日の本の男子が、この様な事をしては国の恥ですよ」

 【勇者】の刀を持つ手が緩むのを見て、女の子をゆっくりと引き寄せて「ルーディクスさんの所まで走って」と囁く。狼族の子なら小さな声でも聞こえる筈。
女の子が走り出すと、ルーディクスさんも走って女の子を抱き上げる。

「【勇者】さん、あなたは東国で新しい家族を作って、静かに暮らしてください。魔石なんか無くても【勇者】に逆らう人なんか居ませんよ」
「……お前は、日の本に帰りたくないのか?」
「ええ。だって、こちらに来てしまった以上は、もう自分の国には帰れないんです。一方通行なんですよ? だから、ここで私は自分の家族を作って、幸せを見付けましたよ」
「魔石があれば帰れると……東国の奴は言った! 帰れるのだぞ!?」
「……いいえ、それは騙されているんです。魔石では土地や人々の魔力が上がる事はあっても、帰れたりしません。私もあなたも召喚されてしまった以上、帰る事は出来ない」

 元から私はこの世界に来たことを後悔はしていないし、元の世界に残してきた物も何もないから言える事で、この人には残してきた物が一杯あるのかもしれない……。

「本当に、帰れないのか?」
「はい。それが出来る人間は一人いましたが、もう亡くなりました」

 ケンジなら出来たかもしれないけど、それに頼るのは悪魔と契約する様な物だから、おすすめは出来ない。第一、ケンジは時間移動の分岐の何処に居るのか死んでいるのかすら、誰も、もう分からない次元なのだから。

「騙された……のか?」
「ええ。あなたを利用して魔石を欲しがったのでしょうね……だから、もう、魔石が無くなった以上は、あなたは利用されないんですよ。東国で無理難題吹っかけて【勇者】に逆らうのか? 別の国にいくぞ? と脅して居座って下さい」
「……そうか……。彼らに済まなかったと伝えてくれ……日の本の男を謀った事を後悔させてやる……」
「ええ。日の本の意地です! その心意気や良し! ですよ!」

 【勇者】がよろけるようにして海辺に立つと、海の上を歩いて帰っていった。
相変わらず、【勇者】は人間離れしている事だけは確かかもしれない。
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