黒狼の可愛いおヨメさま

20章

黒狼亭②

　浜辺で長い棒を拾って、黒い毛玉にツンツンと突いて反応がないのを確かめて私はソロリソロリと近付いていく。
このバスみたいな大きさでガブリとやられたら私はひとたまりもない。
腐った様な匂いは実際、内臓が壊死して腐っているのだろうから、回復魔法を掛けると良いんだけど……ネリリスさんの魔法の回復魔法は風魔法。
実は私は風魔法と相性が悪い。
乾燥魔法ぐらいの軽い風魔法ならギリギリ範囲内なんだけど、それ以上の大きな風魔法は無理。
風竜のスピナと契約しているのはルーファスだから、ルーファスなら風魔法の発動率は契約で向上されているから使えるんだろうけど……。

　聖魔法の回復魔法があるじゃないか？
これに関しては、少し困った事にコントロールが難しい。
聖魔法は私の属性の中で一番大きい分、小さな回復をしようとしても魔力全てを持って行かれてしまう傾向にある。
過剰魔法になるから私も魔力切れで直ぐに倒れちゃうかもしれない。
倒れている間に齧られて死んだら……怖いなぁ……。

「噛まないでね……起きないでね……」

　ルーファスに貸してもらった手の平に収まる鍵で空間に鍵を開けて、中から回復ポーションを取り出す。
回復ポーションの効果の強いヤツをいきなりかけると体が変な回復をしてしまうから、弱い回復ポーションから徐々に治せ。と、ルーファスに初めて拾われた時に聞いたから、要は濃くなければいいわけで……だとしたら、薄めるだけ。

「【水玉】」

　水玉でお腹の内臓が出ているくらいの大きさに水玉をして回復ポーションを混ぜ込み、最後に私スペシャル!!
指を水玉に入れて【聖域】を溶かし込めば、少しは良くなるかな？
まぁ元気になって襲われたら怖いから、内臓の壊死している部分だけでも治して様子を見つつ、襲われない信頼関係を築き上げたい。

「ちょっと染みますよー。暴れないでねー」

　なんたって味は二の次効能命の製薬部隊の作ったポーションだからどんな味と痛みが伴うか……。
そろりと距離をとりつつ、黒い毛玉に回復ポーション入り水玉をお腹に投げつける。

「＿＿＿＿＿＿＿っ!!!!」

　ああ、やっぱり、痛いのか……何だか声にならない叫び声がした気がするけど、聞こえなかった事にしよう。
毛玉が浜辺で少しのたうち回って、意識を失う様にピクリともしなくなった。

「気絶しちゃった……かな？」

　サクサクと浜辺を歩いて近付き、毛玉をまた棒でつんつんとつつく。
返事が無い。ただの屍のようだ……と、よく聞く台詞を少し呟きつつ、毛玉に清浄魔法と乾燥魔法を掛ける。
これで少しはべっちょりした毛玉ではなくなるはず。

　バサリと毛玉が風になびき、骨格をみるみるうちに変えて縮小されると人型に形を変えていく。
長く黒い髪に見知った狼耳と尻尾……黒狼獣人……にしては、少しおかしな点がある。
体を包み込む様な大きな黒い羽。

「堕天使……？ケモ耳堕天使!?……って、違うよね？何この人？」

　過去にこういう種族の人が居たって事だろうか？
まぁ判らないけど、とりあえず人型なら治療しやすいからいいかな？

　私がこの人を助けたい理由は、まぁ、２つ。
この温泉大陸の状態を教えてほしい事。もう一つはまだ死んで無いのに見捨てるのは目覚めが悪いからかな？
また鍵で空間からアイテムを取り出して、カイナ君用の治療用キットだけど、このケモ耳堕天使（仮）さんにも使っておこう。

　『エルフの回復薬』はキリンちゃん特性だからビリビリはしないはず。
木匙でポチョンとまだ生々しい腸のはみ出ている場所に掛けていく。一応、ネリリスさんの魔法の全てが私にはあるから、私にもエルフの回復薬は作れる。ただ、材料が特殊なので無理なんだけどね。
光キノコとか見たこと無いし、ルーファスに聞けば判るかもしれないけど、エルフの秘伝なので部外者の私がおいそれと手を出しちゃいけないから手は出さない。

　見る間に内臓がお腹に収まっていくけど、まだ傷口がスパッと鋭利な刃物で切られたのか横一文字に切られてる。
切腹でもしたのかって言うぐらい。

　血は昔は家族の惨殺事件を思い出して苦手だったけど、怪我の多い【刻狼亭】の人や、襲撃で手足が吹っ飛んだりしたのをシューちゃんが横で平気で治しているのを見ていたら、耐性が少しついちゃった。

「あっ！ヒドラのクリスタルならいけるかな？」

　まさに名案!!
リューちゃんに貰ったヒドラの自動回復するクリスタルの欠片をケモ耳堕天使（仮）さんのお腹にツプリと差し込む。

「あ……」

　完全に回復させたら、私ガブリと齧られたりしない？
名案どころか、迷案だよ！頓珍漢な事してるよ！
クリスタルと取り出そうとしたけど、ケモ耳堕天使（仮）さんのお腹の傷は消えてしまい、ヒドラのクリスタルは取り込まれてしまった。

　パチリとケモ耳堕天使（仮）さんの目が開いて、目が合うと、バサリと音を立ててケモ耳堕天使（仮）さんは私から距離を取るように離れて、ヴヴヴっと威嚇の声をあげた。