黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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19章

山茶花

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 椿の花がボトリと落ちる様に、山茶花の花も落ちるか……と、言われれば、そうでもない。
山茶花は花弁の外側から落ちていき、中心は残る。
月刀ー山茶花ーは、使い手が中心となり、花弁を散らす様に敵の首を斬る刀として作られた。
断じて野菜包丁にされる為に作られたのではない。

「凄いっしょー!切れ味抜群っしょー!」

 ありすが刀の上に野菜を置くとスパンと綺麗に真っ二つになったのを見て黄色い声を上げる。
温泉大陸に工房を構えたドワーフ達も「おぉ!」と言いながら次は何を斬らせるかで騒いでいる。

「紙を上にスーッと置くだけで斬れるのやってみたいっしょー!」
「紙が置くだけで斬れるのか⁉」

 刀の上には紙が置かれ、スーッと綺麗に斬れるとありすがまた「よっしゃー!」と声を上げた。
もし、月刀ー山茶花ーに意思があるのならば「やめてください。本当に」状態である。

 ドワーフの工房に刀を持ち込み、何故刀が人を選ぶのかを調べて貰う事にした時に、扱える人間も必要だろうと、ありすを呼んだところ、こうなってしまったわけである。
しかもテレビっ子でゲームオタクなありすは刀にも少しばかり知識……という名の偏った物があり、刀を作ってみようと言い出したのだ。

 東国にも昔は刀鍛冶が居たらしいが、【勇者】の緋色によって刀鍛冶師は途絶えてしまっている。
ただ、文献や製法を書き記した物が多少は残っているらしく、武器職人でもあるドワーフ達は1度だけ目にしたことのある製法をありすの偏った知識と共に作り出そうとしていた。

「大きさが問題なら小刀くらいに作り直せば良いじゃなーい」

 それがありすの出した自論である。

「勇者の刀ですよ⁉折ったり使えなくなったら大変じゃないですか⁉」

 そんな意見を言うリュエールにありすは「そこは気合いっしょ!」と身もふたもない事を言ってのける。
ありす的に「失敗の先に得る物もある」という考えでやっているのでリュエール的には「世界に一つしかない物を平気で壊そうとしている悪魔ではないか?」とすら思ってしまうのである。

「リューちんはもっと柔軟な考え方をした方が良いっしょ。黒いモヤの【怨嗟】だっけ?に関しては今、アカリっちが大量の聖水を作ってるんだしさ。うちも聖水は一緒に作ってるんだから、大量にあれば【怨嗟】も飛び散って無くなるかもしれないっしょ?」
「いえ、でもだからこそ、最終兵器は取っておくべきじゃないかと……」
「でもこんな大きい刀はうちやアカリっちにりんりんには振り回せないっしょ。だから三等分にして各自持って魔石を割った方が効率的だし」
「それでもダメだった時はどうするんです?」
「そこはアレっしょ!異世界召喚しちゃうしかないっしょ!」

 本末転倒じゃないか!と突っ込んで叫びたいのをグッと堪えてリュエールが眉間に寄ったしわを指でぐりぐりと押さえつつ、ドワーフ達の「ワシ等に任せろ」という言葉にすがるしかない。

 月刀ー山茶花ーを柄から外し、三等分にして打ち直すという試みが始まり、火力が足りず、火竜ローランドが急遽呼びつけられてドワーフの3人だけでは手が足りなくなり、従業員で力自慢の者を呼びつけたり、上質な玉鋼を【刻狼亭】の蔵から漁ってこい!と、言われてルーファスとリュエールが二人がかりで探す羽目にもなったりとドタバタ劇の様に繰り広げられているのである。

 シュトラールは月刀ー山茶花―で怪我人が出た時に対応出来る様に工房に居るには居るが、朱里の前に不用意に刀を出して怯えさせたとして父親と兄と嫁にこっぴどく怒られて反省中なので耳を下げて工房の隅っこでいじけているのである。
そんなシュトラールも人手が足りないと言われて刀を打つのに手を貸せといつの間にか引っ張り出されて、刀を押さえる役をさせられていた。

「熱っ!オレの尻尾が焼けるー!!」
「うっせー!黙って刀押さえてろ!!」
「ひぇぇ!酷くない⁉」

 ドワーフに叱咤されつつ、真っ赤に刀身を赤く熱せられた刀を巨大なペンチの様な物で持って、ローランドの吐く炎とありすが出す聖水を掛けながら何度も打ち直しをさせられて、自分の汗で全身びしょ濡れである。
ありすも大量の汗を掻きながらも「聖女様の有り難い聖水だかんね!これで失敗とかありえないっしょ!」と言い、ローランドも「ドラゴンの炎で作る武器なんて伝説物なんだからな!」と言って手を休める事がない。
シュトラールが体を震わせて汗を飛ばすと、リュエールが「交替」とシュトラールと持ち手を交替して、ようやく休みを貰ったが、火を絶やさずに打ち続けなければいけないとあって、工房から出てご飯を食べてお風呂に入って着替えるとすぐさまリュエールと交替になる。


 【刻狼亭】の後ろにある朱里の自宅では早田倫子が冒険者用の装備に袖を通していた。

「こんな高そうな装備いいの?」
「ええ。世界の危機的な物ですし、無理を言って手伝って貰うんですから」

 朱里はルーファスが用意した女性用の装備品で倫子に合う物を手渡しながら申し訳なさそうに目を伏せる。
倫子としては久々の冒険者活動に自分が昔の様に動けるかの方が気になってしまうが、要は刀さえ持てる異世界人であればいいというだけなので、ここまでの一級品装備は必要もない気もしている。

「わぁー!冒険者だー!」
「おばさん強いの?」
「わー。何処か行くの?冒険?」

 三つ子が客間にピョコピョコピョコと顔を出して、倫子の周りで騒ぐと朱里が「こらぁ!」と声を張り上げる。

「もう!あなた達は!お客さんが来ている時はお行儀よくしなさいって言ってるでしょ!客間に入って良いとは母上は言ってませんよ!」

 キャーッ!と声を上げて三つ子が客間から逃げると「もう!」と朱里が腰に手を当てると倫子がクスクス笑いだし、朱里が顔を赤くする。

「すいません。躾が行き届いてなくて……」
「ううん。元気があっていいじゃない。でも、あのミヤ実技官がしっかりお母さんしてるのを見ると不思議ね。それにあんまり姿が変わって無いし」
「はうぅっ、あの頃より全然ですよ!」

 朱里が手をバタバタ振りながら「倫子さんもお変わりないです」と言って、お互いに「日本人って変わらないわよねー」と笑う。
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