黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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19章

黒い空

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 表面上は何も無く、穏やかな日々が過ぎていく。
予言の事など朱里もルーファスも頭の片隅に置いて、魔獣の異変を温泉大陸付近を中心に鎮めて行っている。
それでも、北を中心に魔獣の異変はまだ続いている。
どこか遠い場所、そう思いながら過ごし、ルーファスと朱里は大旦那と大女将の肩書ではあるが、実質、旦那と女将になったリュエールとキリンに引き継がせるように少しずつ接客業よりも魔獣の異変を鎮める事を優先させている。

 世界は広く、グリムレインやスピナの協力があっても朱里1人で魔獣の異変を鎮めるのは不可能だとは思っているが、ネリリスの予言の『4の砲は北へ』は今回の魔獣の【王】が討伐された北を示しているのではないかと、ならば少しでも脅威がなくなる様に異変を食い止める為の行動をとるしかない。

「今日の新聞はどうですか?」
「相変わらず魔獣が生きたまま屍の様になっては人や動物を襲っているな」

 朝食が終わった大広間で食後のお茶を飲みながら新聞を読み世の中の事を少し垣間見てルーファスが新聞を折りたたむ。
毎日ほぼ魔獣の被害報告が上がっているような状態である。

「あら?この記事・・・東国の【勇者】行方不明だって」
「ああ、そうらしいな」

 少年の頃のカイナを思い出し朱里は随分と会ってないけれど、冒険者としてもそれなりに名をはせていた筈だから冒険に出て何かあったのだろうか?くらいの思いで考えていると、顎をクイッと指で動かされて何かを言う前にルーファスと唇を塞がれて、朱里が目を丸くする。

「んっ!・・・な、何です?」
「アカリ、今オレ以外の男を考えていただろう?」

 目を瞬きして驚くとルーファスの瞳の中の淡い光を見つけて朱里がふわっと笑って、ルーファスの頬に両手を添えると軽く鼻先にキスをする。

「ルーファス、焼きもちですか?でも私達何年一緒だと思ってるんです?」
「何年一緒でもアカリが他の男の事を一時でも考えるのは嫉妬する」
「ふふっ、私の事を信用してくださいな」
「信用とこれとは別問題だ」
「もう、同じですよ」

 おでこをコツリと合わせて見つめ合い目を閉じて唇を合わせると、ちゅぅと軽く吸って朱里が上唇をはむっと吸うと、ルーファスが朱里の下唇を吸って何度か食む様に唇を奪い合って、吐息が混じり合うとゆっくりともつれ合う様に床の上で重なり合う。

「ふぁ・・・ルーファス、朝ですよ・・・」
「朝だろうと昼だろうと関係ない」

 ほぼリュエールとキリンに代替わりしてしまっている為に半隠居の様なもので、急ぎの用事がなければ2人はゆっくり過ごせるので朝から仲睦まじく出来るわけである。

「うーん、でも、朝からって少し恥ずかしいです」
「恥ずかしがってるアカリも可愛くて好きだぞ」
「ふぁっ、心臓が口から出ちゃいますから、そういうの駄目です」
「心臓が出ない様に口塞いでおくべきだな」
「んぐっ!っ!!」

 恥ずかしがる朱里の唇を再び塞ぎ、着物の帯に手を掛けた時だった。
ガンガンガンとけたたましく玄関を叩く音がして、ドタドタと物音がすると【刻狼亭】の従業員が中まで入って来る。

「大旦那様大変です!!」
「何事だ?!」

 朱里の上から退いてルーファスが従業員に顔を向けると、従業員は慌てた様子で「空が黒いんです!」と騒ぎ立てる。
空が黒い?曇り空にでもなったのだろうか?そう思いながら朱里も体を起こすと、従業員は初めてアカリが居た事に気付いた様でルーファスと朱里を交互に見て察したが、直ぐにそんな事を気にしている場合では無いと頭から退かす。

「大旦那様!空に魔獣の軍勢が!こちらの方に向かって飛んできているんです!!」
「何だと?!どの方角からだ?!」
「北です!今、旦那様達が砲撃の準備をしています!」
「わかった。オレ達も直ぐに向かう。従業員と街の顔役達に連絡をして料亭前に集まるように言ってくれ」
「わかりました!」

 従業員が踵を返して家から出て行くと、ルーファスと朱里も立ち上がる。
ネリリスの予言の『4の砲は北へ』とはこの事だろうか?と頭を過る。

「アカリはドラゴン達を呼び寄せてくれ。オレは従業員と顔役達に客と住民の避難を指示する」
「はい。ルーファス無茶しないでくださいね」
「分かっている。アカリこそ無茶はするな」

 ルーファスが家を出て行くと、朱里は腕輪で旧女将亭を改築作業しているドラゴン達を呼び寄せる。
庭に出て空を見上げるがまだ黒い影は見えない。しかし、温泉大陸の砲台で準備が進められているのは判る。
上に登れば見えるだろうか?そう思っているとドラゴン達が矢のような速さで飛んで庭に舞い降りた。
慌て過ぎたのか、庭に降り立つ時に体のサイズを縮めるのが間に合わず、ズシーンと大きく地面を揺らしていた。

「嫁!魔獣共がこちらに向かってきておるぞ!」
「はい!そうみたいなの!私を空の上に連れて行ってくれる?」
「見たら直ぐに降りるからな?」
「はい!わかってます!」

 グリムレインの手に抱き上げられて空へと上がる。
北の空からまるで黒い染みが広がる様にこちらへ魔獣の群れが迫ってきていた。

「何あの数・・・」
「まだ距離的にはあるが早めに倒していかねば、この大陸まで到達してしまうな」
「グリムレイン、あの数をどうにか出来ると思いますか?」
「我らはドラゴンだ。造作もない・・・と、言いたいが、攻撃特化なのは我とローランドだけだ。ニクストローブは無理をさせれば卵に孵るだろう」
「ただ、ここの上を通り過ぎるだけ・・・という事はある?」
「あるかもしれんが、どうだかな」

 グリムレインとしては今すぐ朱里を連れて安全な場所へ避難させてしまおうかとも思うが、きっとそれをこの小さな主君は許さないだろうと、スルスルと下へ降りていく。

「母上!フィリアとルビスの事お願いしていい?!」

 庭に降りるとシュトラールが血相を変えて飛び込んで朱里の肩を掴んでガクガク揺する。
相変わらずのシュトラールに朱里も少し冷静さを取り戻して、ペチンとシュトラールの鼻先を叩く。

「ええ。でも私も大女将として動かなきゃいけないから、一緒に居てあげられる保証はないわよ?それでもいい?」
「うん!とりあえず、2人が判る場所に居てくれれば、オレは戦えるから!この家にだけ守る様に動ける!」
「そう。シューちゃん、無理し過ぎないでね?あなたは回復魔法の使い過ぎでまた寝たら駄目よ?子供の大事な時期を見逃しちゃ駄目なんだからね」
「わかってるよ。痛いくらいに」

 お互いにそれだけはもう勘弁してほしい過去の出来事なので二度とない事を祈りたいばかりなのである。
シュトラールが庭から【刻狼亭】の方へ向かい、しばらくしてフィリアが1歳になるルビスを抱いて朱里の所へ来るとキリンもレーネルを抱いてやってきた。
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