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19章
戦慄く刀
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キィィ____ンと、刃が音を立てて鳴いた。
黒い髪の男は身の丈よりも長く細い刀の柄を持ち、戦慄く刀にオパール色に光るポーションを掛ける。
刀は青白く光り刀身の波を美しく輝かせる。
「やはり、今一度【刻狼亭】へ助力を求めるしかないか」
刀身を鞘へ納め、小さな振動を起こす刀に細い紐を巻き付ける。
オパール色のポーションに浸した細い紐を。
男が目を瞑り、思い出すのは黒狼の主人に笑いかける黒髪の少女の笑顔。一瞬で消えた初恋を思い出し笑う。
噂では少女は子供を産み育て今では孫まで居るそうだ。
幸せに暮らしている彼女達を巻き込んで良いのか・・・次こそ、黒狼の亭主に喉笛を噛み切られそうである。
「国の為、世界の為、これも【勇者】の仕事だ・・・」
兄を手にかけた時から、自分には何処にも逃げ場は無い。
東国の王、カイナ・ヒイロ・ツグモはアーモンド色の瞳を閉じて、自分の命1つで許してもらえるのならばいいが、彼等は殺戮者ではないから、国民の命までは大丈夫だろう。
「兄上が生きていたら、この刀を振るって戦いを挑んだだろうか?」
弱い自分には【勇者】の資格は無い。
黒髪の少女は自分よりも【勇者】に相応しい能力を持ち、多くを救ってくれた。
北西の【聖女】亡き今、頼れるのは異世界人のアカリ・トリニアだけなのだと、迷う時間はもう無い。
書状に懺悔の様な言葉を書き連ね、どうか、自分が失敗した場合は、助けて欲しい。そう締め括る。
書状をここまで一緒についてきてくれた精霊族に託し、別れを告げる。
何度も後ろを振り返りながら精霊族は遠ざかっていく。それでいいと笑って、刀に手を掛ける。
「出来る事なら、私の中に受け継がれている初代【勇者】ヒイロ・ツグモの血が薄れていなければ良いんだが」
キィィーンと、刀がまた戦慄き、刀を持つ手もカタカタと揺れる。
刀を上手く握れない時点で自分にはこの刀を扱う資格は無いのだと、【勇者】にはなれないのだと解ってはいる。
しかし、せめて、せめて最期くらいは【勇者】として戦いたい。
荒れ果てた大地が広がる場所でカイナは変色した黒い大地に刀の紐を解き、刀を鞘から出して大地に突き立てる。
キィィ____ンと刀は戦慄き、大地は刀を差した場所を円を描くように茶色い大地に戻っていく。
刀にかけた特殊ポーションの効果なのだろうと察して、ほんの少し自嘲気味な笑みが浮かぶ。
「やはり、アカリ殿だけが・・・」
べちょ、べちょっと、音が周りから聞こえ始める。
ぐるりと周りを見渡せば、元は魔獣であった成れの果て達が原型を留めず腐りながら動いている。
ヴァァァ・・・・ン
苦しそうな魔獣達の声が腐敗した匂いと共に耳に届く。
「可哀想に・・・私には【勇者】の力は無いが、お前達を眠らせてやる事は出来るから、安心しろ」
ヴァァァ・・・ン
刀を大地から抜き、横に薙ぎ払う様に一太刀入れると、刀にコツコツコツと小さなつぶてが当たる様な振動が伝わる。魔獣の体がべちょっと音を立てて大地へ転がる。
黒く色ずんだ魔石が綺麗に分断され死体から見えていた。先程の刀にコツコツ当たっていた物はこの魔獣達の体の中にあった魔石だ。
心臓の様なものなので切ってしまえば、どんなものも動かなくなる。
刀に付いた腐肉を血振りで払い、周りに集まり始める成れの果て達に刀をもう一度向ける。
まるで助けを求める様に集まる様は、18年前に見た【病魔】で特殊ポーションを求め必死に手を伸ばしていた国民たちの様だ。
「お前達を救う事も【勇者】の仕事かもしれないな」
キィィーンと刀が慄き、カタカタと震える振動は、まるで自分から手を離せという様に暴れる。
紐で刀の柄と自分の肩手を結び付けて取れない様に固定して、成れの果て達に囲まれて再び刀を一閃して眠らせていく。
繰り返される成れの果てとカイナの戦いは、カイナの体力の消耗と共に終わりを迎えた。
いう事を利かない刀を振るうだけでも大変だったのだから、仕方がない。
そう思いながら成れの果て達が近付くのを見て、ゆっくりと瞼を閉じる。
目を閉じて最後に思い描いたのは、初恋の黒髪で黒目の黒狼の番の少女だった。
自分に向けられた笑顔では無かったけれど、あんな風に自分にだけ笑ってくれる笑顔が自分の側にあったなら、自分の人生は少しは変わっただろうか?
「・・・アカリ殿」
カイナの呟きは刀の戦慄きに掻き消された。
キィィーンと戦慄く刀は黒ずんだ大地の上で何かを呼び寄せる様に慄き続けた。
黒い髪の男は身の丈よりも長く細い刀の柄を持ち、戦慄く刀にオパール色に光るポーションを掛ける。
刀は青白く光り刀身の波を美しく輝かせる。
「やはり、今一度【刻狼亭】へ助力を求めるしかないか」
刀身を鞘へ納め、小さな振動を起こす刀に細い紐を巻き付ける。
オパール色のポーションに浸した細い紐を。
男が目を瞑り、思い出すのは黒狼の主人に笑いかける黒髪の少女の笑顔。一瞬で消えた初恋を思い出し笑う。
噂では少女は子供を産み育て今では孫まで居るそうだ。
幸せに暮らしている彼女達を巻き込んで良いのか・・・次こそ、黒狼の亭主に喉笛を噛み切られそうである。
「国の為、世界の為、これも【勇者】の仕事だ・・・」
兄を手にかけた時から、自分には何処にも逃げ場は無い。
東国の王、カイナ・ヒイロ・ツグモはアーモンド色の瞳を閉じて、自分の命1つで許してもらえるのならばいいが、彼等は殺戮者ではないから、国民の命までは大丈夫だろう。
「兄上が生きていたら、この刀を振るって戦いを挑んだだろうか?」
弱い自分には【勇者】の資格は無い。
黒髪の少女は自分よりも【勇者】に相応しい能力を持ち、多くを救ってくれた。
北西の【聖女】亡き今、頼れるのは異世界人のアカリ・トリニアだけなのだと、迷う時間はもう無い。
書状に懺悔の様な言葉を書き連ね、どうか、自分が失敗した場合は、助けて欲しい。そう締め括る。
書状をここまで一緒についてきてくれた精霊族に託し、別れを告げる。
何度も後ろを振り返りながら精霊族は遠ざかっていく。それでいいと笑って、刀に手を掛ける。
「出来る事なら、私の中に受け継がれている初代【勇者】ヒイロ・ツグモの血が薄れていなければ良いんだが」
キィィーンと、刀がまた戦慄き、刀を持つ手もカタカタと揺れる。
刀を上手く握れない時点で自分にはこの刀を扱う資格は無いのだと、【勇者】にはなれないのだと解ってはいる。
しかし、せめて、せめて最期くらいは【勇者】として戦いたい。
荒れ果てた大地が広がる場所でカイナは変色した黒い大地に刀の紐を解き、刀を鞘から出して大地に突き立てる。
キィィ____ンと刀は戦慄き、大地は刀を差した場所を円を描くように茶色い大地に戻っていく。
刀にかけた特殊ポーションの効果なのだろうと察して、ほんの少し自嘲気味な笑みが浮かぶ。
「やはり、アカリ殿だけが・・・」
べちょ、べちょっと、音が周りから聞こえ始める。
ぐるりと周りを見渡せば、元は魔獣であった成れの果て達が原型を留めず腐りながら動いている。
ヴァァァ・・・・ン
苦しそうな魔獣達の声が腐敗した匂いと共に耳に届く。
「可哀想に・・・私には【勇者】の力は無いが、お前達を眠らせてやる事は出来るから、安心しろ」
ヴァァァ・・・ン
刀を大地から抜き、横に薙ぎ払う様に一太刀入れると、刀にコツコツコツと小さなつぶてが当たる様な振動が伝わる。魔獣の体がべちょっと音を立てて大地へ転がる。
黒く色ずんだ魔石が綺麗に分断され死体から見えていた。先程の刀にコツコツ当たっていた物はこの魔獣達の体の中にあった魔石だ。
心臓の様なものなので切ってしまえば、どんなものも動かなくなる。
刀に付いた腐肉を血振りで払い、周りに集まり始める成れの果て達に刀をもう一度向ける。
まるで助けを求める様に集まる様は、18年前に見た【病魔】で特殊ポーションを求め必死に手を伸ばしていた国民たちの様だ。
「お前達を救う事も【勇者】の仕事かもしれないな」
キィィーンと刀が慄き、カタカタと震える振動は、まるで自分から手を離せという様に暴れる。
紐で刀の柄と自分の肩手を結び付けて取れない様に固定して、成れの果て達に囲まれて再び刀を一閃して眠らせていく。
繰り返される成れの果てとカイナの戦いは、カイナの体力の消耗と共に終わりを迎えた。
いう事を利かない刀を振るうだけでも大変だったのだから、仕方がない。
そう思いながら成れの果て達が近付くのを見て、ゆっくりと瞼を閉じる。
目を閉じて最後に思い描いたのは、初恋の黒髪で黒目の黒狼の番の少女だった。
自分に向けられた笑顔では無かったけれど、あんな風に自分にだけ笑ってくれる笑顔が自分の側にあったなら、自分の人生は少しは変わっただろうか?
「・・・アカリ殿」
カイナの呟きは刀の戦慄きに掻き消された。
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