黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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18章

孫の為に・・・

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 春の陽気の中で温泉大陸の桜が色づき庭にも桜の花弁がピンク色の絨毯を作っている。
箒を持って庭の掃除をしていると手前の【刻狼亭】の料亭からシュトラールが侵入してくる。

「あらシューちゃんどうしたの?」
「母上、お昼ご飯食べさせて」
「いいわよ。お仕事場が近いからシューちゃんもルーファスもよく帰って来るわね」
「父上はもうお昼ご飯に帰って来た?」

 少し耳を下げてシュトラールが気まずそうに目を泳がせているのを見て、朱里がスッと目を細める。

「まさかシューちゃんまたお仕事サボったの?」
「またって・・・違うよ!オレはちゃんと・・・ちゃんと、やってたよ?」
「なら、どうして目をそらすの?」

 ズイズイと朱里に睨まれながらシュトラールが小さく降参ポーズをしてじりじりと後ろに下がっていく。
朱里が手をワキワキと前に構えるとシュトラールは引き攣った笑いを浮かべて逃げ出そうとすると、後ろからヌッと二本の手が伸びてシュトラールを羽交い絞めにする。

「アカリ、思う存分やって良いぞ」
「うわっ!父上!!」
「覚悟しなさい!シューちゃん!!」

 手をワキワキとさせてシュトラールのお腹を朱里がくすぐり、シュトラールは声が掠れるまで笑わされた。
朱里に似てシュトラールもくすぐりに弱く、ついでに言えば変なところでツボに入って笑ってしまう笑い上戸なので一番酷い拷問と言える。

「ヒィー・・・ハァー・・・酷いよ、母上も父上も」

 シュトラールがぐったりと縁側で横になりながらルーファスと朱里に「サボるのが悪い」と口をそろえて言われる。
サボったつもりは無いのだが、ただボーッとしている間に昼ごはんの時間を少し過ぎていて慌てて朱里の所へお昼ご飯を貰いに来たのだという。
 朱里が簡単に作った生姜焼きとご飯とお味噌汁にお漬物を出してシュトラールに食べさせる。

「なんでボーッとしてたの?」
「んっとね。子供の名前を考えてて」
「ああ、それは考えてると時間が知らないうちに過ぎちゃうのも判るかも」
「でしょ?ただねー、フィリアと意見が合わなくて」
「そうなの?」

 生姜焼きの最後の一枚を頬張って流し込む様にご飯とお味噌汁を口に入れると、シュトラールが胸を叩きながらお茶を求めて手を伸ばす。
落ち着きのない・・・と、言いながらルーファスがお茶をシュトラールの前に差し出し、シュトラールが一気に流し込む。

「ぷはぁー・・・フィリアがアルトって名前が良いって言ってて、オレは初めての子供なんだしもう少し凝った名前がいいと思ってるんだよね。でもオレが考えた名前は全部駄目って言われて・・・」

 ルーファスが合点がいったと言わんばかりの目でシュトラールを見て、フィリアに少し同情をする。
自分の子供達はネーミングセンスが壊滅的だと思っているので、隣りで「あらあら」と言っている朱里にも名付けに関しては関わらせない方が良いだろうと、目線を反らす。

「シューの考えた名前を言ってみろ」
「色々考えたんだけど『明星の暁』なんてどう?」

「は?・・・待て、それは名前じゃないだろう?」

 一瞬、間を置いてルーファスが眉間を指で押さえて片手でシュトラールに待てと手で制止させる。
朱里の比ではない壊滅的な名前に頭痛を覚えて、ため息を吐く。何がどうしてそんな奇抜な名前に導かれたんだ?と、聞きたいくらいである。

「世界に1つだけの名前・・・なんかカッコイイ感じがそこはかとなく・・・んぐっ」
「アカリは余計な事を言うんじゃない」

 ルーファスが朱里の口を手で塞ぎ、朱里が両手で離せとうーうー唸っているが、生まれて来る孫の為にも朱里とシュトラールの名付けだけは阻止しなくてはと心に誓う。

「自分の子供に恨まれたくないなら、名付けは周りの意見を聞け」
「えーっ、でもオレ自分で考えた名前つけてあげたい」
「うー!うー!」

 コクコクと朱里も頷いてシュトラールに賛成しているが、何をどう考えて明星の暁なんて名前が良いと思うのか・・・。

「なら2人共、明星の暁・トリニアと普通に呼べるか?」

 朱里の口から手を離して解放すると、2人は「明星の暁・トリニア・・・なんだろう・・・すごくカッコイイ!」と明後日の方向に歓喜の声を上げる。

「待て、本当に冷静に考えろ!どう考えても人名では無いだろ?!」
「んーっ、ならカルンパネラエイジ・トリニアとか・・・どう?!」
「それなら私はルフェンダースヒーリア・トリニアとか!」
「2人共・・・長い名前が恰好がいいわけでは無いのを解っているよな?」

 2人はキョトンとした顔で首を傾げる。
傾げるのはお前達の考えた名前の方だ!!と、声を大にして言いたいが、1対2なので味方が居ない。
この暴走気味な名前を考える2人を止めるにはどうすべきか・・・と、考えていると「ごめんくださーい」と玄関から声がして、朱里が出て行くとフィリアを連れて帰って来る。

「フィリアどうしたの?」
「どうしたのじゃないわ!シューの事だから子供の名前を考えている予感がしたの」
「うん。そうだよー」
「そうだよじゃないの!名前は考えるのは3個まで!お義父様達にその中から決めてもらうって言ったでしょ!」
「だってー・・・」

 口を尖らせるシュトラールにフィリアが「シュー!」と怒った声を出す。
ルーファスとしてはこれで2対2で味方が来たかとホッと胸を撫でおろす。まぁ、実際は正念場はココからなのだろうが。

 ルーファスが紙と筆を持ってきて2人の前に出す。

「フィリアが考えた名前とシューが考えた名前を書いて、オレが良い方を選ぼう。腹の中に居ても声は聞こえるんだから仮名でも良いから呼んでやりたいだろ?」

 2人は「それはそうかも!」と紙に筆を走らせる。
これで何とか上手くいけばいいが・・・と、シュトラールの紙を見つめる。

 『明星の暁』『カルンパネラエイジ』『ルビースターネル』

 何処まで明星の暁が気に入っているのだと少し頭痛がする思いである。
フィリアの方は先ほど聞いた限りまともな名前の様なので、どんな名前を考えて来たのかを見てみる。
シュトラールの書いた名前をフィリアが見てげんなりした顔をしてから筆を走らせる。

『アルト』『カルラ』『ルビス』

「フィリア・・・これは」
「はい。お義父様、シューの考えた名前を取り入れたマトモな名前です」

 シュトラールにはこのぐらい合わせてくれる嫁の方が良いだろうと、最初はどうなる事かと思ったがちゃんとした釣り合いの取れた夫婦なのかもしれないと見方を見直す。

「アカリはどう思う?」
「そうねぇ。お腹の子供が男のか女の子か判らないからどちらでも大丈夫な名前が良いんじゃない?」

 朱里が変な名前をおススメだと騒がなくて良かったとホッとして、シュトラールにも意見を促す。

「うーん。男の子でも女の子でも使える名前ならルビスかなぁ?」
「そうね!シュー!シューが考えた名前を取り入れているんだしルビスにしましょう!」
「そう?良い名前かな?」
「うん!すごく良いよ!子供もきっと喜ぶわ!流石お父さんね!」

 フィリアが畳みかけるようにシュトラールに『ルビス』を推してシュトラールも納得した様で、フィリアのお腹に「ルビス」と呼び掛けている。
強引な感じではあったが、ルーファスとしても孫の為にフィリアが頑張った事だけは拍手を送りたい。

 2人は「お騒がせしました」と笑顔で出て行った。
ルーファスがフゥと息を吐くと、朱里が「子供、もし次に産むことがあれば明星の暁・トリニアにしましょうね」と笑顔で言ってきてルーファスが全力で阻止しなくてはとゴクリと喉を鳴らした。
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