黒狼の可愛いおヨメさま

１６章

猛暑の終わり

　モーンモンモン・・・ﾓｰﾝﾓ･･･
牛蝉うしぜみすらも暑さで地面に転がるそんな日々もあと少しとなり、製薬部隊のマグノリア達が冒険者ギルドへ公表した『熱病』を解毒するポーションが功を奏したのか『熱病』も下火になっていった。
　その分、海の中に生えている薬草が高騰してしまい、熱病ポーションが高値になってしまったのは何とも言えない話ではあるけれど、温泉大陸を含め、近隣の大陸には無料配布をしていたので南西の大陸はそれ程の被害は受けてはいない。

　熱病ポーションを配って歩いたロケルトは閑散とした街や熱病で苦しむ人たちを目の当たりにして何を思ったのかは判らないが、熱病ポーションで助かった人や感謝をされて心にくるものでもあったのか、真面目に配達をしてくれたおかげで予定の日付よりも早く熱病ポーションが行き渡った。

　相変わらず性別が女性ならば老人子供構わず声を掛けるのは変わらないが、ロケルトの仕事に対する態度が真面目になったのは良い事だとアシュレイも報告を聞いて、ほんの少し自分の息子への考えを見直してはいる。
・・・が、今までが今までなので早々変わりはしないのだろう。
　ただ、裏方から配達部署へ本人が希望しているのでロケルトはヒリングを連れて配達人として活動をしていくらしい。

「【刻狼亭】の皆さんお世話になりました！」
　そう言ってヒリングが頭を下げながら、女性従業員の手を握っていたロケルトを引き剥がして港から【風雷商】の船に乗り込み帰って行った。

「何だか賑やかな人達でしたね」
「まぁ、ロケルトが自分を見つめ直す事が出来たようだし、【風雷商】の仕入れもロケルトが担当して早めに入荷してくれるとの事だから【刻狼亭うち】的には助かるな」

　朱里とルーファスが遠ざかる船を見ながら不真面目な【風雷商】の三男に何の心の変化があったやらと首を捻る。

「さて、露店もそろそろ終わりだな」
「はい。今日で最終日ですからね」
　９月に入り、猛暑対策の露店は本日までで終了して後は残りの熱い日々は各店舗無料の飲料水を配る事で対応する事にしている。

　朱里の露店は既に完売御礼状態で材料が底を尽きた為に少し早めの店仕舞いをし、スタンプラリーのスタンプだけ押しているので従業員が休憩時間に店番をしてくれて交替で行ってくれている。

「９月ですからルーファスのお誕生日もあと少しですね」
「ああ。獣人は蜜籠り中に子供を作るから誕生日が夏から秋にかけて集中するからな」
「毎月お誕生日な気がします。ふふっ楽しくて良いですけど」
「今年のアカリのケーキは何なのかが楽しみだ」
「楽しみにしててくださいね？ふふっ」

　７月のリュエール達の誕生日に始まり８月はミルア達とティルナール、９月はルーファスで１０月はエルシオン達と７月から１０月まで毎月誰かしらの誕生日になっている。
これはこれで毎年ケーキをどうするか料理をどうするかと朱里の頭を悩ませる問題でもあるが、毎月家族の笑顔を見ることが出来るのでそれを楽しみにしている朱里だったりする。

　ルーファスが朱里を抱き上げて朱里が日傘を差しながら少し高い視線で温泉街を見渡す。
温泉街を行き交う人々は楽し気でカラコロと鳴っている下駄の音は良く響き渡っている。

「グリムレインと冬は一緒に旅行に行くから何処に行くか決めなきゃね」
「それはグリムレイン次第だろうが、寒い場所になりそうだな」
「この暑さなら寒い場所は歓迎しちゃうけどね」
「それを言うな。寒い時はこの暑さが恋しくなるさ」
「本当にそれだね。ああ、でもこんなに暑い猛暑はこりごりだねー」
「今年は暑さに温泉大陸でも死人が出るかと思ったが、グリムレインやアカリ達の露店のおかげで何事もなく終わりそうだな」
「皆頑張りましたからね。でも一番にグリムレインを労ってあげなきゃね」
「一番の功労賞物だからな」

　グリムレインの話をしながら空を飛んで吹雪を散らしながら温度を下げているグリムレインを見上げて手を振るとグリムレインが空で旋回しながら、キラリと光る何かを落としてくる。
ルーファスがそれをキャッチすると、氷で出来た桜の花の髪飾りが手の平にあった。

「アカリにサービスみたいだな」
「わぁ。相変わらず溶けない氷だ」
　朱里の髪にルーファスが桜の花の髪飾りを付けるとそよそよと涼しい風が桜の髪飾りから流れ出る。
「ふぁー・・・涼しい」
「確かに。これは凄いな」

　氷竜ならではの芸当に２人が笑って再び手を振るとグリムレインはくるんと空中で回ってからまた温泉大陸の周りに吹雪を散らしに飛んでいった。

　２人が【刻狼亭】に戻る道すがら目にしたのは赤いトンボでこの暑さにもめげずに秋はちゃんと準備を整えている様だと夏の終わりが近い事を知った。