黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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15章

美味しいを探して⑤

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 冬に失恋に近い物で泣いて、何か物悲しい喪失感を経験したシュトラールはほんの少し大人の経験を味わった。
でも、いつまでも引きずってしまうには、それは形が無い想いだったから、シュトラールは新たな出会いを求めてスケッチブックとメモをカバンに入れて元気に出掛ける。

 たまに【刻狼亭】や『女将亭』を手伝いながら、冒険者として討伐や冒険をしながらシュトラールは暇を見つけては食堂巡りや仲良くなった人に美味しい物を教えてもらったりしながら、それは趣味としてシュトラールの楽しみになっていた。

 その日は夏も真っ盛りのシュトラールの16歳の誕生日が過ぎ、妹達の誕生日が差し迫った頃。
山岳地と海に挟まれた過疎村を獣騎に乗って一人旅をしながら『美味しもの探し』をしていると、何かが聞こえた。

「ザック、ストップ!何だろ・・・?」

 最速獣と言われる馬に魚のヒレが付いた様な獣騎のザックに足を止めさせると、シュトラールが耳をピンッと立てて音を聞き取ろうと目を閉じて集中する。

 くすん、くすん・・・。

 小さく微かな泣き声にシュトラールが位置を探ろうと少しザックを走らせては停まり、耳を澄ます。

 くすん、くすん・・・。

「こっちだ!」

 シュトラールが海岸へザックを走らせると座礁して半壊している船があり、過疎った村の為に気付かれなかったのか、浜辺には数人の人間が倒れていた。

「大丈夫?!」

 シュトラールがザックから降りて、浜辺に倒れている人々に声を掛けるが既に息絶えていて、泣き声の主は何処だろう?と、シュトラールが見渡すと、まだ半壊して海の中にある船の中から泣き声がしていた。

 海の中に腰まで浸かりながら船の中を見ると、小さな手が波が来るたびに樽にしがみ付いて溺れかけながら必死にもがいていた。

「助けに来たよ!」

 シュトラールが手を伸ばして小さな手を握ると、小さな手を握った瞬間、絶対に助けなきゃ!と、強く思った。
手を引っ張ると、悲鳴が上がる。

「痛い!足が、足が千切れちゃう・・・っ」

「足?怪我してるの?」

「違うの、足、繋がってて・・・っ、ゲホッ、カフッ」

 波がまた来て、小さな手の主が海水を飲み込んでむせって咳を繰り返す。
シュトラールが海に一度潜り、足がどうなっているのかを見ると、真っ白なドレスが海中を漂い、視界を遮る。

「プハッ、ごめん、ドレスが邪魔だから、弁償するから破くね!」

「えっ?」

 それだけ言うと、シュトラールはまた海中に潜り、白いドレスを手で破りながら視界を確保していく。
ドレスのスカート部分を破いて、細い足が見えた時、その両足は鎖で繋がれ、船の鉄製の甲板に固定されていた。
鎖を手に掛けたが、魔法が施してあって壊す事も出来なかった。

 シュトラールが海面に顔を出すと、初めて小さな手の主と顔を合わせた。
白いヴェールのお化けにシュトラールは一瞬目を丸くするが、波がまた上がってくると、ヴェールが波にさらわれて、必死に手を伸ばす少女の素顔を見た時、可愛いと思った。

「ケホッ、ケホッ、ケホッ」

「大丈夫?君の足・・・鎖が繋がってて、取り外す鍵か何かない?」

 再びヴェールお化けになった少女は首を振る。

「船が着いたら、到着先の人が鍵持ってて・・・」

「なんで・・・?こんなの酷い・・・っ」

 ヴェールお化けの少女は、またくすんくすんと泣き始め、少女が泣くたびにシュトラールの胸も痛くなっていく。
この子に笑って欲しい・・・でも、時間が無い。海面の水位が上がってきている。

「ごめんね。本当にごめん、君を助ける方法、思いつくの、1個しか無くて・・・」

 泣いているこの子に酷い事をする事をためらっている時間ももう無い。

「ごめん・・・」

 最後にもう一度謝ると、シュトラールは海中に潜る。
少女の足に水魔法で作った刃で足を切断して真っ赤に染まる海中から少女の足首を持ち、海面で叫び声をあげて意識を失った少女を抱いて船の上に出ると、急いで回復魔法を掛けて、足を繋げる。

 ヴェールを取り外して、少女が息をしているかを確認する。

 息をしていない、ダメだ。ダメ。この子を救う!

「絶対、助けるっ!」

 心肺蘇生、人工呼吸、習った物が頭の中で渦巻くが、回復魔法も頭を過る。
ゴチャゴチャした頭の中を振り払うように頭を振って、朱里が『水で溺れた時は喉の奥にお水があるの、だから先ずしてお水を吐かせたら、器官に入らない様に横に向けてね』という言葉が頭を過る。

 鼻を摘まんで口から息を送り込む。
心肺蘇生は回復魔法を掛けながらしていく。
何回か繰り返すと、咳き込みながら少女の体が息を吹き返す。

「良かったー・・・」

 シュトラールがホッとすると、目を開けた少女は、シュトラールに小さく悲鳴を上げる。

「ヒッ・・・ッ!」

 その悲鳴と怖がる表情にシュトラールの胸がチクチクと痛くなって、胸がきゅう・・・っと締め付けられた。
唇を噛みしめると、甘く広がる口の中の甘さに、少し眩暈がするが、少女の足を切断してしまった罪悪感と、一瞬息をしていなかった事への罪悪感がシュトラールを苛んだ。

「ごめん・・・ね」

 少女は少し離れた場所に置いたヴェールを頭に被り、カタカタと震える。
胸の痛みにポロッと涙がこぼれて、でも、酷い事をしてしまった自分に泣く資格は無いと手を握りしめて、涙を拭うと、シュトラールは精一杯の笑顔を見せる。

「ココだと波にまた攫われるから岸まで連れて行くね」

 震える少女を抱き上げると、海の中を波に足を取られながら岸辺につく。
乾燥魔法を掛けて服を乾かすと、ザックを呼び寄せる。

「そこの村の人に助けを求めて来るから、待っててくれる?」

 再び、ヴェールお化けになった少女は横に首を振る。

「えっと・・・」

 どうしよう・・・?と、シュトラールが困った顔をすると、小さな声で少女は言う。

「連れて、逃げて下さい・・・」
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