黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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15章

美味しいを探して④

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「「いらっしゃいませ。ようこそ【刻狼亭】へ」」
「おかえりなさいませ。旦那様、ご用意したお席に案内します」

 【刻狼亭】の料亭に入ると、タマホメとメビナが声を揃えカシューへ挨拶をし、シュテンがルーファスに用意した席を案内して先に歩く。
用意された席は調理人と対面式のカウンター席で、そこには料理長のアーネスが既にスタンバイしていた。

「いらっしゃいませ。何にしましょう?」

 アーネスにシュトラールが「やっほー」と手を振りながら、アーネスに「よぅ、坊ちゃんも今日は一緒か」とニヒルな笑いをしてからカシューに目をやる。

「お嬢さんは何か苦手な物はあるかい?無いならお任せでやるが」
「はひっ!!お願いしますっ!!本物のアーネス・ネイトさんっ、だっ・・・っ!!」

 ブルブルと震えるカシューにシュトラールが首を傾げ、アーネスが少し困った様な顔で笑ってルーファスを見るとルーファスはポーカーフェイスで見なかった事にしていた。

 カシューが自分のカバンから本を出し、アーネスに本を差し出す。

「この本の著者のアーネス・ネイトさんですよね?!」

 カシューの手にある『世界の食堂ランキング』を見てアーネスが苦笑いする。
若い頃に食を極めようと渡り歩いていた頃に路銀が尽きて、今まで自分が食べ歩いた場所のメモをそのまま本にして出版してもらった物で、それなりに好評だったが、自分の気に入った店が人でごった返してしまい、自分自身の足は遠のいてしまった思い出の1冊だった。

「お嬢さんは懐かしいもん持ってるな。サインでもしてやろうか?」

 冗談交じりにアーネスが言うとカシューが「良いんですかぁ?!」と顔を赤くさせて興奮してしまい、それにはアーネスもサインをせざるを得なくなり、人生初の自分の本へのサインをしたのだった。

 終始興奮状態で「美味しいなにこれぇ・・・」と、ホゥッと舌鼓を打つカシューは食べ終わった後も夢うつつという感じで、シュトラールが少し困った顔をしていた。
ルーファスがシュトラールに「アーネスの勝利というところか」と、揶揄うとシュトラールが少しむくれて耳を下げていた。

 その日はカシューが「早くこの思いの丈を文章に残さねば!」と騒ぐので旅館に案内し、「また明日色々案内するね!」と、シュトラールが言って別れた。

 次の日は朱里の『女将亭』で朱里がカシューに自慢のカレーパンとピザを出し、カシューが「早くこの思いの丈を文章に残さねば!」と、言い・・・その日は解散になった。

「母上に今日は負けた・・・」

 しょんぼりと耳を下げるシュトラールに朱里が「あらら」と言いながら慰めると、シュトラールが「明日は絶対にオレが遊んでもらうんだから!」と宣言する。

 その次の日は友人のキャンベルシーの親が経営する肉屋の『どんてき』を案内してコロッケを食べて、その後で食堂街のある店を紹介して歩き、夜には冬限定の『花魁道中』をカシューと見て過ごし、「また明日ねー」と、元気に手を振って別れた。

「今日はカシューさんに最後まで付き合ってもらえたよ!」

 シュトラールの報告に朱里とルーファスが微笑ましい物を見る様にシュトラールに笑顔を向ける。
嬉しそうなシュトラールに朱里が「明日も行くなら、温泉鳥の温泉卵を食べに行ったらどう?」と提案して、シュトラールがコクコクと上下に首を振って「明日も楽しみ!」と笑った。
そんなシュトラールが可愛くて朱里が自分の息子はまだお子様だなぁとニコニコしてシュトラールが出掛けるのを次の日も見送った。

 温泉鳥の卵を食べた後で、シュトラールがカシューを連れてアーネスの息子リグリスの小料理屋【もんふぇ】を案内した。


 そこでシュトラールは人生で初めて失恋に近い物を味わったのかもしれない。


 カシューがリグリスと出会った瞬間、2人はお互いにようやく巡り合えたという様に抱き合って、涙を流しながら何も言わず見つめ合っていた。

 シュトラールは別にカシューを恋人にしたいとか好きという感情は無かったが、カシューの料理に対する情熱の様なものを追い駆ける様を見て尊敬していたのに、カシューは「自分の探していた物を見つけたから、私の旅はココで終わりだわ」と言って、今まで集めた食べ物に関するメモや手帳をシュトラールに渡してきた。

 シュトラールにもよくわからない感情で、家に帰った時に朱里の顔を見た瞬間、ポロポロと涙が溢れて止まらなくなり、朱里の胸の中で泣くだけ泣いて、その日は夕飯も食べずに寝てしまい、朝起きた時は泣きすぎて頭がガンガンしてしょんぼりしながら、家の中で過ごした。

 カシューに「また明日ね」とは約束をしていなかったし、カシューはリグリスと一緒に過ごしているだろうから、シュトラールはその日から自分の部屋に籠ってしまい、朱里は心配してオロオロとしていたが、ルーファスに「そっとしておけ」と言われて、何もしてあげられない自分に歯噛みしながら見守っていた。

 いつもならキリンの所へ行く日、リュエールは行かずにシュトラールを引っ張り出して出掛けると、夜になって帰って来たシュトラールは少し寂しそうではあったが笑顔を見せて、数日したら、カバンにメモ帳とスケッチブックを持って食べ歩きを始めるようになった。


 朱里が何があったか聞いても、シュトラールとリュエールは「内緒」と言って教えてくれずに、朱里はやきもきしながらも、シュトラールが元の明るい笑顔に戻った事にホッと息をついた。
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