黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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13章

悪ガキと騎士

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 オレンジ色の夕焼けが空を染める頃、『女将亭』にリリスがシノリアの耳を引っ張りながら訪れた。
大人しい引っ込み思案なリリスもシノリアという弟が出来てから、すっかりお姉さんが板についてきて、姉弟喧嘩もすさまじく、今回も昼間にミルアとナルアの髪を引っ張って転ばせた事を温泉街で聞き、シノリアに謝らせるために連れてきたのだが、反省の色は無さそうなシノリアの態度にリリスが何度目かの鉄拳制裁を頭に落としている。

「シノリア!ごめんなさいでしょ!」
「うっせー!暴力女!」

 頭を手で押さえながらシノリアが足でリリスを蹴ると、リリスがシノリアの頭の角を左右から掴み持ち上げると【魔力吸収マジックドレイン】と魔力を奪う魔法を唱える。
 魔力をリリスに奪われたシノリアが魔力枯渇で頭痛に襲われると、リリスが魔力ポーションをチラつかせながら「ごめんなさいは?」とすごんで見せる。

 見た目がリロノスに似て綺麗な姉弟なのだが、割りと暴力か魔力で解決をする過激派だったりする。まぁ、そこもリロノス譲りではあるのだろうけれど。

 しかし、リリスとシノリアのこのやり取りもあと少しで見れなくなる。
リリスが11歳を前にイルマールとの番の匂いを確認してしまったので、何かあっては駄目だと懸念したリロノスにより、リリスは魔国のマデリーヌが全寮制の学園を作った為にそこへ3年間入学する事が決まっている。
男女交際等させてもらえるような生温い学園では無いらしく、規律と礼儀作法を徹底的に仕込まれるらしい。
卒業後は立派な紳士淑女が出来上がるそうだ。

 シノリアのこの悪戯小僧っぷりに拍車が掛かったのもそれが原因とも言える。
お姉ちゃんっ子だったシノリアにとって、この悪戯はリリスの気を引くための必死の行動とも思える。
・・・が、被害が他者に向いてしまっている時点で可愛い行動とは言えない。

「リリスちゃん、シノリア君、そこまでですよ。シノリア君、ごめんなさいしないと駄目なのはわかってるんだよね?でもタイミングが掴めないだけだよね?」

 朱里がシノリアに目線を合わせる様にしゃがんで話し掛けると、シノリアがむぅと口を尖らせている。
朱里の後ろからミルアとナルアが「べぇー」と舌を出すと、「メッ!」と朱里が2人に叱りつけた瞬間、シノリアがポケットから牛蝉の抜け殻を投げつけてきて、ミルアとナルアが「きゃあああ」と声を上げて髪に絡まった牛蝉の抜け殻を「にぃーさま、とってぇえええ」と泣き叫びながらリュエールに突撃してしがみつく。

「暴れないで。直ぐに取ってあげるから」
「にぃーさまはやくとってぇええ」
「にぃーさま、とってぇええ」

「シノリアー!!!」
 リリスの怒声が上がり、再び鉄拳制裁の拳が頭の上に落とされていた。

 ふわふわしたウェーブの掛かったミルアとナルアの髪は上手いこと牛蝉の抜け殻を巻き込んだようで、リュエールが抜け殻を手で引っ張るとキシキシと小さな音を立て、ミルアとナルアの耳がぺしゃんと下がり涙目になって余計に髪をブンブン振ってしまって抜け殻を絡みつかせている。

「いやぁあああ!とって!とってぇえええ!」
「はやくとってぇええ!!もぉーやぁああ!」
 半狂乱の2人にリュエールが2人の頭を押さえると、小さな手が2人の髪から抜け殻を抜き去る。

 黒髪に三角耳、銀の目をした少年はシノリアに抜け殻を突き返す。

「女の子を泣かせるのは、ダメだ」

 シノリアの手に抜け殻を持たせてグッと手を握ると、シノリアの手の平に牛蝉の抜け殻の手足部分がチクチクと刺さり、シノリアが手を引っ込めようとすると、少年がグッと握って離さず、じっとシノリアの目を見つめ返す。

「なに、おまえ!だれだよ!」

「・・・ミール」

「ナマエきいてるわけじゃねーから!てぇはなせー!」
「もう、わるさしないか?」
「いいから、はなせよー!」
「・・・」

「わかったから!はなせー!」

 シノリアとミールの攻防が続き、シノリアが根負けする形で降参した。 
ミールはミルアとナルアと同じ日に生まれた少年で少しの間、トリニア家の三男だった少年。
今回は夏休暇を取った両親と温泉大陸に来た為に挨拶に訪れていたのである。

 リリスに頭を掴まれて頭を下げられつつ、シノリアがミルアとナルアに「ごめんなさい」と謝り、2人が渋々許したのだが、2人は既にシノリアよりミールに興味が移っている。

「ミールはすごいです!」
「ミールは『きし』です!」
「・・・それほどでもない」

 ミルアとナルアがミールの両脇を固めて引っ付くと笑顔でミールの頬にキスをチュッとすると、ミールの顔が真っ赤になり、見ていたシノリアの顔も何故か真っ赤になって、フルフルと震える。

「ミルアとナルアのばーか!!!!」

 シノリアがそれだけ言うと泣きながら走って出ていき、リリスが頭を下げてシノリアを追って出て行った。
リビングに残されたリュエールが苦笑いしながら「母上、父上が見てなくて良かったですよね」と、声を掛けると朱里からの反応は無かった。

「母上?」
 リュエールが朱里の肩に手を置くと朱里がそのまま倒れ込む。

 牛蝉を投げられた時点で気絶していたらしい。

 朱里の牛蝉嫌いもすごいなぁと思いつつ、朱里を抱き上げてリビングのソファに寝かせると、庭でバーベキューの準備をしていたルーファスに知らせに行く。

 「うーっ」とうなされながら朱里が目を覚ました時にはミール親子と一緒のバーベキューは始まっていて、朱里がルーファスに抱きかかえられて参加すると、ミールがお皿に焼けたお肉を持って朱里とルーファスに「どうぞ」と手渡してくる。

「ミールは紳士だな」
「ミールありがとう」
 ルーファスと朱里の言葉に少しミールがはにかんで笑うと、ミルアとナルアが「ミールは『きし』なの!」とミールを左右から取り合う様に腕にしがみ付いている。

「そうね。ミールのお父さんは騎士だもの。ミールも立派な騎士になるかもしれませんね」
 朱里がうんうんと頷いいて、ルーファスに「ね?」と言うと、ルーファスが固まっていた。

「ルーファス?」

「ミルア、ナルア・・・ミールが困るから離れような・・・?」

 絞り出すような声を出すルーファスにミルアとナルアが「やっ!」とプイッとそっぽを向ける。
ミールを連れてミルアとナルアが「おにくたべさせたげるー」と引っ張っていくのを朱里が見送る横でルーファスが今度は気絶しそうな感じである。

 ミールが生まれた頃から知っているだけに「悪い虫」と騒ぐに騒げず、ルーファスが静かにリロノスと同じ様に娘二人を全寮制の学園に入れるべきかを悩んだ瞬間だった。
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