黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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12章

迂闊

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 1ヶ月ぶりの帰還にまず一番に朱里の顔が見たかったシュトラールが朱里の病室を訪ねると、相変わらず沈んだ顔で朱里の氷を抱いて眠るグリムレインの姿があった。

「グリムレイン、ただいま」
「・・・ああ、何処かへ行っていたのか?」
「ドワーフの国に行ってきたよ」
「あの熱くて五月蠅い国か・・・我は好きじゃないな」
「だろうね。凄く熱くて、寝ても覚めても騒がしかったよ。獣人が居ないわけだなって思った」
 グリムレインが興味無さげにフゥと息を吐いてまた身を縮こませて朱里の氷をギュッと抱きしめる。

「グリムレイン、用意が整ったら母上に回復魔法を使おうと思ってるよ」
「・・・無駄だ。嫁が生きていられる時間は少ない。このまま眠らせておいてやれ」
「オレは母上に生きて欲しいから、母上が死んだって何度でも連れ戻すよ」
「そんな事が出来るのは回復魔術師の最高峰『賢者』だけだ」
 「賢者・・・オレは賢者みたいに全部の回復魔法は使えないけど、母上を助けられるだけの魔法をちゃんと身につけて帰って来たよ。グリムレインに母上を生きたまま会わせてあげるから、前みたいにグリムレインは飄々と笑っててよ」
「嫁が生きて笑ってくれるなら、我はいくらでも笑ってやるさ・・・」
「じゃあ約束だよ。オレ、今から父上に報告に行って準備してもらうから、母上が戻ってきたら笑ってよ」
 フイッと顔を氷に埋めてグリムレインが拒絶するように尻尾をパタンと揺らすのを見て、「じゃあね」と眉を下げながらシュトラールが病室を出ていく。
 グリムレインの目から氷の粒がコロコロと音を立てて朱里の氷の上を滑っていく。

「我とて、笑えるなら笑っている・・・嫁よ、嫁が居ないと寂しいが一杯だ・・・」

 
 シュトラールが診療所を出て、温泉街を走って行くとフワッと薄桃色の花びらが散っていく。
温泉街の地熱で早い開花をするはずの桜がグリムレインの冷気で開花が遅れたのか、4月に咲いている。
いつもは3月半ばに開花して4月には散っているか、二度咲きの牡丹桜になってしまうのに。

「母上が桜は楽しみにしてたから、見せてあげたいな」

 桜の季節はいつも朱里がお弁当を作り、家族で花見に行くのが恒例で、ドラゴン達もそれを楽しみにお酒を準備していた。今年は3月に花見をしたのだろうか?それともこれから準備をするのだろうか?

『シューちゃん、唐揚げいっぱい作ったよ!お花見楽しみだね~!』

 朱里の懐かしい声と笑顔が思い出される。
ツンとした鼻先の痛みに涙を拭いて、あと少しで朱里の声と笑顔が戻ってくると自分に言い聞かせてシュトラールが再び走り出す。


 【刻狼亭】の料亭に入り、事務所に行くとルーファスが書類仕事をしていて、隣りではリュエールが事務員と一緒に算盤を弾いて帳簿を広げていた。

「父上、ただいまー」
 シュトラールがルーファスに声を掛けると、書類から顔を上げてフッと優しい目で笑う。
「おかえり、シュトラール。その様子なら上手い事いったのか?」
「うん。回復特化の武器と装飾品にしてもらって、バッチリだよ」
「ほう。ならイルマールの耳は再生したのか」
「うん。イルは今頃テルトワイトさんに報告に行ってるんじゃないかな?」
 呪詛の事件でイルマール達親子は自分達の先祖代々の受け継いでいる土地を追い出され、呪詛で耳と尻尾が無くなった事は苦い思い出でしかないだろう。
今はもう自由な彼らがこれ以上、思い出しては苦しまなければ良いと思う。

「シュー、おかえり」
「ただいま。リュー」
 尻尾をパタパタと振りながら拳を合わせて、挨拶をするとリュエールが朱里に似た笑顔で笑う。
「シュー、回復魔法はどこまで使えるようになったの?」
「とりあえず、死者蘇生と、瀕死の人を即時回復まではバッチリ!」
「え?」
「ん?」
 笑顔でリュエールが小さく首を傾げ、シュトラールも同じように首を傾げる。
リュエールがルーファスを見ると、ルーファスが書類をバササと手から落とす。

「シュー、死者蘇生まで覚えたのか?」
「うん。元々出来るみたいなんだけど、今までは魔力がそこまで出来る量じゃなかったから駄目だったみたい。昔、母上を蘇生させたのも何日か獣化してたでしょ?あれで自分自身で使えないってセーブしてたみたいで、回復特化の武器や装飾品で底上げした分、使えるようになったよ」
 ケロッと笑ってシュトラールが言えば、ルーファスが額に手を当てる。
聖属性の回復持ちの子供ではあったが、9歳やそこらで覚える回復魔法ではない。
以前、末恐ろしい子供だとは思ったが、ここまでの成長を見せるとは少し将来がどうなるか不安な物もある。
何より、シュトラールは回復魔法の使い手ではあるが、基本的にルーファスに似ているので攻撃特化型で後方支援より、前衛型なのだ。

「ならば、アカリを氷から出しても問題は無いのか?」
「うん。ただ、やっぱり血液が足りないのと、手順は踏まないと体が上手く回復しないから、準備は必要かな?」
「わかった。直ぐに準備させよう」
「直ぐにやるの?」
「お前がやれるなら直ぐだ」
「うん。オレはいつでも大丈夫。ただ、魔力回復ポーションは不味いのは用意してほしくないかな?」
「ククッ、今ならイチゴの味らしいぞ。ミルアとナルア用に作り始めているからな」
「やった。やればできるんじゃない製薬の人達」
 ルーファスが仕事をリュエールに一任すると、テンと製薬部隊のマグノリアとテッチが一緒に準備していた物を揃えて診療所へ向かう。

 グリムレインに睨まれながら、準備は始まり、朱里が氷の中に入って2年3ヶ月ぶりに氷の中から出てくることになる。

「本当にやるのか?」
「ああ。シュトラールの能力を信じて全てを委ねる」
「婿・・・我はどうなっても知らんからな・・・」
「グリムレイン、オレの詠唱が最後の一文になったら手を上げるから、手が上がったら母上の氷を解いて」
「・・・わかった」

 苦虫を噛みつぶすような顔でグリムレインが静かにシュトラールの詠唱を聞きながら指示を待つ。
シュトラールの手が上がり、グリムレインが氷の中で眠る朱里を見ながら指を鳴らすと、氷が解け朱里の口から粘着質な血がこぽりと溢れ出す。
 
「今だ、解毒ポーションを肩口に!腕を寄せろ!」
 製薬のマグノリアとテッチが解毒ポーションを朱里の肩口に掛け、すぐさまテンが朱里の腕と肩を合わせ、ルーファスが朱里の体を押さえる。

「【全回復・大オーバーヒール】!!」 


 バチッ


朱里から何かを弾く音がし、朱里の周りに居た全員に術が跳ね返る。

「え?」

 シャラッと音を立てて朱里の首筋から魔法反射のペンダントが滑り、朱里の肩口から新たな鮮血が溢れ出ると朱里の肌が白くなっていく。

ルーファスがペンダントを引き千切り、シュトラールの名を叫ぶ。

「シュトラール!急げ!」

 弾かれるようにシュトラールが魔力回復ポーションを一気飲みすると、もう一度詠唱を始める。
しかし、朱里の首が糸の切れた人形の様にカクンと傾く。

「アカリ、もう少し頑張れ!あと少しの辛抱だから!」

 朱里の命をかき集める様にルーファスが朱里を抱きしめると、フッと糸が切れる様にルーファスの中で何かが崩れる。
朱里との番の絆の糸が切れて、いきなり突き放された感覚に陥る。

「ア、カリ・・・?」

 ルーファスが朱里の顔を触って上を向かせると黒曜石の様な朱里の瞳は光が消えていた。
シュトラールが詠唱を終えて回復魔法を放つと朱里の引き裂かれた肩口と腕がくっつくが、朱里の息はもう止まっていた。

「まだ諦めないから!テッチ、母上に輸血を!回復から蘇生に切り替えるよ!」 

 シュトラールが2本目の魔力回復ポーションを飲み干し、もう1本飲み干す。
テッチが朱里の腕に輸血用の針を刺し、シュトラールが詠唱に入る。

 魔法反射のペンダントの事を頭からスッポリと忘れていたのは迂闊としか言いようがない事態に悔しさもあるが、グリムレインと約束をした。
2人の妹に母親を返すと決めた。
父に兄に迷惑を掛けた2年間をこれで帳消しに出来るとは思わないが、ここで失うわけにはいかない。

何より、自分自身が笑っている母親に会いたい。

「【蘇生回復リザレクションヒール】!!」
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