黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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9章

10号室

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 赤錆びた鉄格子に赤いランプ。
中央には黒い椅子と深緑色の軍服の人柄の良さそうな笑顔の男が立っている。
不気味な場所に不似合いな笑顔。
薄い黄色い柔らかそうな髪に薄い水色の目の男は柔らかい声色で話す。

「いらっしゃい。ここは【10号室】過去に拷問された人間の恐怖が染みついた部屋ですよ」

 まるで部屋の案内をする様に男は優しく話しかけてくる。
逃げて扉を出れば、自分は黒い椅子に座っている。
何度も繰り返しているのに、椅子から立ち上がった記憶はない。
しかし頭の中に確かに何か酷い事をされた記憶が断片的に蘇り、恐怖が心に刻まれていく。

「貴方は何人分の拷問を追憶体験したんでしょうねぇ?」

 軍服を着た男は柔らかい笑みで立っているだけ。
その笑みが何よりも恐怖だった。
心がポキリと折れる様に抗う余地すら無くなると、椅子の後ろから男に耳元で囁かれる。

「君達は何者なのかなぁ?温泉大陸に襲撃なんて普通は考えませんよねぇ?」

恐怖で引き攣った悲鳴を上げて叫んだあとはもう覚えてはいなかった。



 パンッパンッ

砂煙で汚れた軍服を手で叩き落としながらテンが少し口を尖らせる。
「まったく、危うく巻き添えで吹っ飛ぶところでしたよぉ」
のんびりした口調でテンが魔法で殲滅終了の合図を送る。

大陸側の敵の殲滅は大砲が砲弾を飛ばす前には済んでいたのだが、朱里がその事を知るわけもない。
100人居ようとテンの【10号室】は100人に対応する。

「テンさーん!」
 ぴょんぴょんと大橋の通行門の外まで2頭身の小さな小鬼が飛び跳ねながらテンに向かって走ってくると、テンは目も口も弓なりにして小さな小鬼に手を伸ばすと肩に置いてクスリと笑う。

「小鬼、心配でもしたんですかぁ?」
「違います!僕は情報収集ですっ!テンさんは何をしていたのか気になります!」
「あはは~。なら小鬼にも【10号室】掛けてあげましょうかぁ?」
「それはご辞退いたしますっ!」
「遠慮しなくてもいいのにぃ~」

 実の所、テンに近付こうとしていた小鬼もしっかりと【10号室】に招かれていたが、小鬼はそれを記憶していない。しっかりテンと【10号室】で話もしていたのに、テンが「小鬼に酷い事なんてしませんよぉ」と笑って「これが終わったら甘味処に行きましょうね。小鬼は覚えてないでしょうけど」と他愛無い話をして術が解除されると、何事もなく小鬼はテンに走り寄っていた。

「そうだ。テンさん、これが終わったら甘い物食べに行きましょう!」
「いいですよぉ~小鬼の奢りで行きましょうねぇ」
「・・・仕方がないですね!たまには僕が奢ってあげます!」
「フフフ。小鬼は優しいですねぇ」

 テンが小鬼を連れて戻ると、殲滅終了の合図を見た朱里とハガネが迎えに来て、他の従業員と温泉大陸に居た冒険者達が大陸側で失神している襲撃者たちを捕縛に向かう。

「テン、お疲れさまでした!」
「テン、お疲れさん!怪我はねえか?」
「ええ。怪我はないですよ。何処のどいつで目的は何かまでちゃんと引き出しました」
 テンに「すごい!テン!」と声を上げる朱里達と共に【刻狼亭】の旅館へ戻るとリロノスとありすが既に戻っており、話をする為に会議室へと主要な従業員も集めて集まる。

「皆さん、各自お疲れ様です。まだ混乱も続いていますし、片付けなきゃいけない事もありますが、とりあえずの敵は殲滅出来たと言って良いようです。テンから敵の情報がありますので、それを今から話し合い、今後を決めます」
 朱里が頭を下げながら労い、テンに話をする様に促す。

「まず、今回の【刻狼亭】の精鋭の居ない情報が漏れたのは【風雷商】からだと判明しました。【風雷商】の主人アシュレイの恋人が漏らした情報の様です。次に襲撃してきた人物ですが『奴隷商』です」
 ザワッと会議室がざわつき、『奴隷商』と【刻狼亭】に何の関係があるんだ?と従業員たちが眉根をひそめる。

「簡単に言ってしまえば、全ては【風雷商】絡みですよ。【風雷商】が5年前に一網打尽にして壊滅させた獣人の誘拐事件の裏商人ギルドが今回の襲撃犯達です」

「って、事は・・・あいつ等『賞金首』って事にならねぇか?」
「冒険者ギルドの賞金リストは?!」
「小鬼に調べさせたら直ぐわかるだろ?」
「正月前のボーナスチャンスか!」

 口々にざわつき活気づく従業員に朱里が「あらら」と困った笑顔を向けると、リロノスが手を上げる。

「あの【風雷商】ではなく何故【刻狼亭】が狙われたのでしょう?」

「【風雷商】と【刻狼亭】では価値が違うんですよぉ。【風雷商】は品物数はありますが、足が付きやすい物ばかりです。さばき切る前に商人ギルドに見つかります。【刻狼亭】は『奴隷商』にとって価値のある人間の豊富さ、お客さんは少なからずこの大陸に入れるだけの価値がある人間。【刻狼亭】の非戦闘員の人達も何かしらの特出する技能持ちです。しかも今現在、戦闘員の居ない状態で『踊り子』まで居るんですから、美人さんも多くて美味しいじゃないですかぁ?」
 
「なるほど・・・」

「と、言う事で報告はこんな感じですが、今後はどう動きますかぁ?アカリさん」

 テンに話を振られ、朱里が両手を「パンッ」と閉じると小さく笑う。

「日常に戻りましょう!冒険者ギルド本部に小鬼さんから連絡してもらって賞金首の賞金で家の壊れた人達への賠償に当てます。勿論、お金が余る様なら冬のボーナスですよ!そして、私のコネのある【風雷商】さんの支部へ連絡をしてアシュレイさんの恋人さんを捕まえてもらい、アシュレイさんが戻り次第、今回の件の迷惑料をガッツリ貰いましょう!」
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