黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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9章

魚市場

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 「あなたは・・・」

朱里が目を丸くして口元に手を当てると、目の前の人物は穏やかな笑顔で朱里を見つめて少し首をかしげる。

「父君、刻狼亭の女将です」
「ああ、あの時は大変お世話になりました」

 朱里の目の前でテルトワイト・ジスとダリドアが温泉大陸の港に立ち、笑顔を向けて目を細めている。
テルトワイトは朱里と以前あった時は目に包帯を巻いていた為に朱里を知らず、朱里は褐色の肌に丸い白い耳と尻尾、そして従者のダリドアの特徴的な鮮やかな青い色の髪で2人を思い出した感じだ。

「刻狼亭のご主人はお元気ですか?」
「あ、はい。主人も息子達も元気にしております」

 驚きのあまり朱里の頭が「なんだっけ?ええええ???話さないと話さないと!」と、パニックになり、聞かれることに丁寧に返していた。

「おや?お子さんがお生まれになったんですか?」
「はい。男の子が2人・・・って、そうじゃないです!テルトワイトさん!あなたここで何を?」
「折角、温泉大陸の港に来たので魚の美味しい物でもないかと思いまして」

 ニコリと笑顔でテルトワイトが朱里に言い、朱里は益々訳が分からなくなる。
ここは温泉大陸の船着き場の近くにある魚市場で魚を求めてきたなら間違いではない。しかし、イルマールによれば追われている立場の人間ではなかっただろうか?と、いう疑問も浮かぶが、テルトワイトはのんびりとした感じで平和そのものに見える。

「刻狼亭の女将は我らの事情を知っている様だな?」

 ダリドアが少し眉根を寄せてテルトワイトと朱里の前に立つ。
警戒している様だが、逆に言わせてもらえるなら、朱里の方が警戒したいくらいだ。
ダリドアはピリピリとした殺気を放っていて、攻撃されたら朱里は間違いなく魚市場の魚臭い地面の上に転がってしまうだろう。

「ダリドア、駄目ですよ。恩のある女将を威嚇しては」

 テルトワイトの声にダリドアが「しかし」と言い淀み、朱里を睨みつけたままでいる。テルトワイトののんびりとした余裕のある態度はダリドアがこうした警戒を怠らない信用があるからこその態度なのだろうと、朱里にも何となくわかった気がする。

「事情という程ではありませんが、イルマールさんがこちらに居ますので」

 ピリピリとした殺気が抜け落ち、テルトワイトとダリドアが一時停止した様に固まる。
ルーファスにも連絡を入れておくべきだと判断して、朱里が腕輪に魔力を通し始めた瞬間、ダリドアに肩を掴まれ大きく揺さぶられる。

「主!主が此処に居るのか!!」
「きゃあ!ちょっ、揺さぶらないでください!わっわっ!」
「イルがここに居るのですか!」
「だから止めてください!髪飾りが取れるぅー!」

 朱里が髪飾りを押さえながら「ひぇぇ」と声を上げていると、魚市場の人間が訝しんで殺気立った顔でテルトワイトとダリドアを睨みつける。

 ダリドアが周りの空気に気付き朱里から手を離すと、朱里が少し目を回しながらダリドアを睨み上げる。

「心配なのはわかりますけど、乱暴にしないでください!」
「ああ、悪かった。主は何処に居るんだ?無事なのか?」
「今はうちの旅館にお泊り頂いているので、とりあえずルーファスに連絡しますね」

 早くと言わんばかりのダリドアに「仕方がないなぁ」と、思いながら朱里が腕輪を再び手にすると、腕輪からルーファスの声がしている。

『アカリ、大丈夫か?』
「大丈夫です。今、魚市場なんですけど」
『話は聞こえていた。入港の書類で今日の便で2人が来るのは分かっていたからイルマール達にも伝えてはある。少し船が早めに入港したようだな』
「ならお2人を連れて旅館の方へ行けばいいのかな?」
『イルマールにはこちらから伝えておくから部屋で待つように言っておく』
「はい」

 朱里が腕輪の通信を終わらせ、今日の夕飯は魚料理は諦めようと2人に「案内しますよ」と、魚市場で殺気立っている店の人達に「騒がせてごめんなさい」と、小さく頭を下げながら魚市場から出ていく。

「女将、それで主は無事なのか?」
「無事と言って良いかは解りませんが、元気ですよ」
「どういう事だ?主に何かあったのか?」
「私達がイルマールさんを保護した時にはもう片耳も尻尾も無かったので、それを含めてであれば無事とは言えませんが、それ以外は元気になりましたよ。って、事です」

 ダリドアとテルトワイトが息をのむ気配に朱里は言葉を噤み歩き続ける。
港を出るとリュエールとシュトラールを連れたハガネが野菜を手に朱里に手を振る。双子も朱里にジャンプして手を振っている。

「母上ー!野菜買ったよー!」
「母上ー!こっちは買い物終わったよー!」

 双子の元気な声に朱里が笑って手を振ると、双子が朱里に駆け寄り、周りをぐるぐると回りながら尻尾をブンブンと振って「母上」「母上」と騒いで朱里が元気な我が子達に苦笑いする。

「はいはい。2人共落ち着こうねー。テルトワイトさん、ダリドアさん、私の息子のリュエールとシュトラールです。ほら、2人共、イルマールさんのお父さんと従者さんだよ」

 朱里が双子を自分の右腕と左腕に捕まえて双子に挨拶を促すと、双子はテルトワイトとダリドアを見上げる。

「イルの父上かー。目が同じ色だね。僕はリュエール・トリニアだよ」
「イルの父上かー。髪が同じ色だね。オレはシュトラール・トリニアだよ」

 テルトワイトを見上げてイルマールと似ているところを見つけながら双子はニコニコと物珍しそうにして、ダリドアを見て「エスタークとは似てないね」と、お互いに顔を見合わせている。

「私はイルマールの父親でテルトワイト・ジスです。お見知りおきくださいね」
「エスタークと似てないのは当たり前としか言えない。ダリドアという。エスタークとは幼馴染だ」

 テルトワイトが小さく首を斜めにかしげながら双子に笑いかけ、ダリドアは双子に口端だけあげて笑う。
ハガネが朱里に「魚は?」「買えなかったの」と短く会話をして、テルトワイト達に小さく頭を下げると歩き出す。

「ほら、リュー、シュー。魚も買いに行くぞ」
「えー。僕イルに会いに行きたいー」
「オレもー」
「魚が買い終わったら行けばいいだろ?」
「まぁいっかー。僕、今日は煮つけがいいなー」
「それじゃ魚買い終わったら母上たちに追いつけるかやってみようよ!」

 シュトラールが「いそいでー!」と、ハガネを急がせて走り出し、リュエールも一緒に走り出す。
朱里がその姿を見てクスクス笑いながら「気を付けてねー」と手を振って見送ると、双子達も手を振り返しながら港の方へ消えていった。

「ふふ。ごめんなさい。騒がしい子達で」
「いえ。イルの小さい頃を思い出します。あの子も元気のいい子でしたから」
「主は今も元気な子ですよ」

 テルトワイトが懐かしそうに目を細めて笑うのを見ながら朱里が「お父さんの顔ですね」と、楽しそうに笑って【刻狼亭】の旅館へと歩き始めた。
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