黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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9章

小さな手

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 小さな手を知っている。
懐かしい声も知っている。

『まけちゃダメだよ?ハガネはつよいもん』

ササマキを腕に抱いて笑う声に、ああ、そうだな。と頷く。
ふわふわとした緩やかなウェーブのかかったホワイトシルバーの髪。
アメジスト色に氷の色の混じった丸い瞳。
甘く舌ったらずな声。

『わたしもいそいでハガネのところにいくから、がんばって』

無茶すんな。
お前の母ちゃん父ちゃんに俺が叱られる。

『ハガネ。だいすきだよ』

知ってるよ。
お前を助けてやれなくて、守ってやれなくてごめんな。

『ううん。またあえたもん』

小せぇのに、また小さくなってどうすんだよ。
でも、今、ササマキが俺に懐いてた理由がわかった。

他の温泉鳥と微妙に違う理由もわかった。

『さぁ、めをあけて!がんばって!』

わかった。
もう少し、俺も踏ん張るか!


 目を開けて、自分の下で蠢くトティッシュが扉に近付かないように体全体を使って遮ると、扉の鉄格子から黒い物体がもがきながら中に入ろうと踏ん張っている。

「アパー!!!」

スポーンと、鉄格子の間から出るとササマキが床をコロコロと勢いよく転がる。

「だから、無茶すんなっつーの、ハハ・・・ハ」
「アパパー!」

ササマキが床から起き上がってハガネに体当たりの様に飛び掛かると、ハガネが困った顔で笑って涙をにじませる。

「バッカやろ・・・サラノア・・・・・・・お前、折角・・・精霊に生まれ変わったのに温泉鳥の雛に同化しちまったら、精霊じゃなくなるだろ・・・ったく。お前バカだなぁ」
「アパー、アパパ」

 精霊族の王は精霊族の祈りで生まれる。
それと同様に精霊族の祈りで精霊も生まれる。
まれに精霊は動物や物の中に入り込んでしまうが、入り込んでしまうと出る事が出来ずに精霊ではなくなってしまう。
 
 ササマキの温泉鳥らしからぬ行動や成長の遅さに違和感は感じていたが、個性の様な物だと目をつぶっていた。
まさか、前の主君の娘サラノアが精霊として生まれてくるとは思わなかったが、1人だけ、サラノアを精霊として、この世に生まれ直させた人物に心当たりがある。

 サアユが死ぬ原因の一因になった役立たずな黒騎士の精霊族の男。
あいつなら精霊族の祈りで執着してでもセイランかサラノアを連れ戻しそうではある。

 ハガネも精霊の声ならサアユの主君契約がある為に聞ける。
しかし、ササマキの体の中に入ってしまったサラノアの声は聞こえない。
もう温泉鳥として同化してしまっているから。

「お前の前で情けねぇ所は見せられねぇな」
「アパー」

 体のほとんどは呪詛に侵食されている。
それでも、まだやれる。

「悪ぃな。お前も付き合わせる事になるけど、終わったらアカリに治してもらおうぜ」
「アパパー!」

 ササマキがトティッシュの顔めがけて頭突きを放つと、ハガネもトティッシュの頭を押さえつける。

「ササマキ、頭に何か弱点があるんだな?」
「アパ!アパ!」

 ササマキの特殊能力【弱点突き】がある以上、頭に何かしら弱点があるはずだと、ハガネがトティッシュの頭を呪詛で重くなっていく手を使いながら必死に探す。

「腕が重てぇー・・・っと、これか!」

 トティッシュの口の中に手を突っ込み鉄の板を手に掴むと、ガブリとトティッシュに噛みつかれるがササマキがトティッシュの頬を蹴り上げて何とか、口から手を出す事が出来た。

 呪詛の魔法陣の描いてある5cmほどの金属の板を口から取り出した途端、トティッシュは大人しくなり、そのまま動かなくなった。

「これが、動く死体の原因・・・か?」
「アパー?」

 ハガネが床に金属板を置くと、力尽きたとばかりに床に腰を下ろす。
ハガネの黒くなった腕にササマキがスリ寄りながら、笑うようにハガネを見上げる。
そんなササマキもトティッシュに触ったせいで呪詛でフワフワの羽毛が抜け落ちている。

「サラノア・・・いや、ササマキ。付き合わせて悪ぃ・・・体が小せぇ分痛いよな。ごめんな」
「アパー」

 ドタドタと足音が聞こえ、やっと自分の役目は終わりだとハガネが目を閉じる。
呪詛に蝕まれた体は痛いけれど、ササマキの小さな体の温かさだけはちゃんとハガネに感じる事が出来た。



 とろりとした浮遊感の中でハガネが見るのはやはり朱里の姿ではなくササマキの姿だった。

『ハガネ。おつかれさま』

サラノアがササマキを腕に抱いたまま笑って、ハガネの周りをチョロチョロと動き回る。

サラノアもササマキもお疲れさん。
流石に俺も無茶した感じがすげぇする。体中痛ぇーわ。

『ハガネ。ゆっくりやすもうね』

サラノアもササマキもゆっくり休めよ。
きっと今頃、皆が助けてくれるだろうから、しばらくは寝てられる。

『おきたら、いっしょにあそんでね』

ああ。沢山遊んでやるよ。
だから、しばらく俺はひと眠りだ。
3日間寝てなかったからな。

『うん。ハガネ、ばいばい』

ああ。またな。
ハガネが片手を上げて白い歯を見せながら笑うと、サラノアがササマキをハガネに押し付けて、ニッと白い歯を見せて笑って、何処かへ跳ねる様な足取りで消えていった。
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