黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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9章

開幕:隠し事

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 夏の日差しに響く声、温泉大陸の平和な1日の幕開けは叫び声から始まった。

「ヒィッ!きゃああああああああ!!!」

絹を裂くような悲鳴ではないけれど、朝の寝ぼけた頭の家人達を起こすには事足りた。
軽い足音で俊敏に悲鳴の元へ駆けつけたのは、【刻狼亭】の次期当主で5歳のリュエール・トリニアだった。

「母上!どうしたの!」
「リュ、リューちゃん!アレどっかにやってぇえええ!!!」

 リュエールの母親朱里が指さしたのはキッチンで魔獣のクロが咥えている牛蝉。
少しだけ「なーんだ」と半目で見ながら、クロの口から牛蝉を取り上げるとキッチンの小窓からポーイっと遠くに投げる。
遠くで「モーンモーッ」と鳴き声がするから大丈夫だろう。

「リューちゃぁあああん!!!」
「もう、母上は虫きらいなんだから」

リュエールに抱きつきながら、朱里が「リューちゃんは母さんの騎士ナイトだよー!」と、騒いでいる。

「アカリどうした!」
「アカリ何かあったの!」
「嫁、飯の準備が出来たのか?!」
「母上、朝からなにー?」
「またアカリの事だから牛蝉だろ?」

 慌てて飛び込んでくるルーファスとアルビーに、悲鳴で飯が出来るかとツッコミたい事を言うグリムレインにのんびり屋な次男シュトラール、そして察しの良い従者ハガネがキッチンに姿を現す。

「ハガネの当たりだよ。クロがまた牛ゼミとってきて母上が・・・もがっ」
「リューちゃん!メッ!シーッだよ!シーッ!」

 リュエールの口を手で塞ぎながら朱里が必死に隠蔽しようとしているが、キッチンに集まった全員の目が「ああ、やっぱりね」という目になっていた。

「アカリ、5歳児に助けてもらうなよ」
「そんな事言ったって!ハガネが虫除け魔法してくれないから!」
「バーカ。アカリ、虫除け魔法してもクロが咥えて持ってきたらどうしようもないだろ」
「ハガネ酷い~っ!」

 ハガネと朱里がワーワー騒いでいると、まだ頭の寝ている住民は撤収とばかりにリビングに移りソファで朝食が出来るまでウトウトしながら待っている。

 しばらくすると朝食のパンの焼ける匂いがリビングに広がり、朱里の「ごはんですよー」の声に頭を覚醒させる。
テーブルに集まり椅子に座ると、朱里の「召し上がれ」の声で食べ始める。

「今日はアリスに企画書を提出してもらうんだが、アカリの意見も聞きたくてな、一緒に料亭の方にこれるか?」
「いいですよ。今日はお店はリロノスさんに任せますし、アリスさん今回はどんな企画を出してくるんでしょうね」
「確か温泉プール?とか、言うのをやりたいと騒いでいたぞ」
「温泉プールかぁ。水着が問題だろうね」
「水着というと水泳着か。麻か綿で作れはしそうだが」
「多分、ルーファスの思ってる水着は違うと思うの。下着の丈夫なのを水着っていうんだけど・・・」
「・・・却下だ」
「うんうん。スカートの短いのが駄目な世界で水着は駄目って言うと思ってますよ」

 朝食が終わると、リロノスがリリスを連れて朱里の店に出勤して、ハガネがリリスとリュエールとシュトラールを連れて魔法の勉強をさせに森の中に出掛け、ルーファスと朱里が料亭の方へ出かけて行った。

 
 【刻狼亭】の料亭にある執務室でポニーテールにした髪にシュシュをつけたありすが大きな紙に温泉を使った温水プール計画を書いてルーファスやシュテンに「どうっしょ!」と企画を見せる。

「混浴の大きな露天風呂じゃないのか?」
「違うし!泳ぐんだし!子供用プールもあるとママ的にも助かるし!」
「泳ぐのはマナーが悪い」
「そーいうものなのー!アカリっちー!ルーっちの頭が固いよ!」

ルーファスとの話のやり取りにありすが朱里に助けを求めると、朱里は予想通りの展開ではあるなぁと、眉を下げながら、ありすに助け舟を出す。

「室内プールとかはどうかな?室内なら泳いでもマナーを気にせずにいけるんじゃない?」
「しかし、この水着というのが・・・破廉恥ハレンチだ」

顔を赤くしながらありすの描いてきた水着の一覧にルーファスが苦い顔をする。

「うーん・・・やっぱり肌を見せるのがタブー視されてる世界じゃ水着は受け入れがたいよねぇ」
「えー?でも、下着はブラとかパンツはちゃんとしてるの多いし!なんで水着が駄目なん?」

 朱里とありすが「異世界なのに下着が現代と変わらないデザインが多い」と思っていた事の1つだ。

「下着は異世界人が広めたものだし、何より人に見せる物じゃないからな」
「異世界人!!」
「うちらの世界の人間なら納得だし」
「異世界の人間の知恵という事で広まったらしい。確かケンジ・タナカという男だったか・・・」
「・・・ケンジ・・・えええ・・・」
「うちらの世界の人間が変態だった件!!!」

 朱里とありすが下着の話で騒ぎながらその日の企画会議は終了した。
朱里がありすと共に店に帰り、庭先で子供達に今日はなにを勉強したのかを聞いた時、子供達3人のあからさまに怪しい態度に母親2人は『母の勘』が働く。

 リュエールは無表情を繕っているが尻尾が少し股に入り気味で、シュトラールは目を逸らし変に笑顔で、リリスは首をすくめて下を向いている。

「アカリっち、うちらのお子さん達が怪しいし」
「偶然ですね。私も子供達が何か怪しいと思います」

 朱里とありすが「怒らないから何を隠してるのかな?」と笑顔で言うとリュエールの後ろに2人がピュッと隠れて母親たちの顔をうかがう。

「リューちゃん、シューちゃん母上に言えないような事があるのかな?」
「僕、しらない」
「オレもしらない!」

朱里に双子が左右に顔をそむけて知らないと言い、朱里が「まったくもー」と、困った声を出す。

「リリちゃん、うちら女の子同士に秘密は無しっしょ?」
「だって、言っちゃダメだから・・・」

「あつ、リリだまって!」
「リリ!言っちゃダメだよ!」

 ありすにリリスが手をもじもじさせながら困って喋ると、双子が声を出してリリスに注意するが、朱里とありすが笑顔で「なにを隠してるのかなー?」と3人ににじり寄っていた。

「シュー、リリ、逃げるよ!」
「リリ逃げろ!」
「はわっ、まってぇー!リュー、シュー」

素早く3人が朱里とありすから逃げ出し、森の中へ逃げ込んでいった。
取り残された朱里とありすが俯くと、「ぷっ・・・あはははは」と、お腹を押さえながら笑いだしていた。

「ヤバい!うちらのお子さん達可愛いすぎっしょ!」
「ふふ。何か拾ったのかな?ふふふ、あんなに必死にならなくても良いのに、ふふ」

 朱里とありすの笑い声に、店に居たリロノスが顔を出す。

「どうしたんだい?リリス達はまた何処かに行ったの?」
「リロっち。リリちゃんが何か隠し事してるらしくて、聞いたら逃げちゃったし」
「ああ、そういえば。さっき子供達がシーツとか色々持って何処かに行ってたよ」
「やっぱり!何か拾ったのは間違いないっしょ」

ありす達の会話に朱里も頷き、捨て猫かな?と首をひねる。
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