黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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6章

冬の書

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 『温泉大陸の少し丘になった街から離れた場所に建つ屋敷。

 その昔、物書きが住んでいたという幽霊屋敷だと噂だった場所。
その後買い取られ、温泉大陸の有名な老舗旅館を営んでいる一族が住んでいたらしいが、今となっては定かではない。

静まり返るホコリに埋もれた屋敷はシンとしている。

足を踏み入れると白いホコリが舞う。

 日差しを入れようと窓を開けると、一斉にホコリが舞い散り光の中に照らされた室内にはホコリの粒がキラキラと光りながら粒子を散らしていく。

光の入った事により、室内の様子が見えてくる。

白い布に覆われた家具から布を取り払えば、贅を尽くしたと思われる家具が姿を現す。

 ああ、これは古い物だが良い物だと手で触れば、しっとりとした質感の家具に売れる物だと納得する。
壁に掛けられた布を剥がせば、そこには肖像画が飾られている。

 住んでいた夫婦の肖像画なのか、黒狼獣人の黒い着物を着た男性と白い着物を着た小柄な女性が描かれている。
幸せそうな肖像画だと一目で解る。

 しかし、この屋敷は惨劇のあった屋敷。
この夫婦は最後の住民なのだろうか?

キィ・・・と、小さな物音が私の後ろでする。

 振り返る私の目に映るのは光の中の幻か、白い着物の小柄な女性。
瞬きをした瞬間に消えてしまう。

 私は頭を振り、この屋敷の物を査定する為に来たのだと、自分に言い聞かせ、変な物に関わっている時間は無いのだと言い聞かせる。

 気を取り直し、私は他の部屋も見ていく。
廊下を歩いていると、薄暗い奥の廊下で金色の目が光る。
小さな唸り声が耳の奥で木霊の様に聞こえる。

廊下の窓を開けて光を入れると、廊下の奥には何も居ない。

・・・帰レ・・・帰レ・・・。

 ・・・探シテ・・・見ツケテ・・・。

ココ二・・・居ル・・・。

 耳の近くで囁く様に何人もの声にも聞こえるし、1人の声にも聞こえる声が私の耳元で聞こえる。
耳を手で押えながら、逃げる様に、また別の部屋を開けていく。
その部屋に入った瞬間、私の頭の中に部屋の中の記憶が流れ込む。

 部屋はこれから生まれるであろう子供の部屋。
小さなベビーベッドに小さな家具に木造りの玩具があり、白い着物の女性が膨らんだお腹を抱えて小さな子供服を楽し気に小さな箪笥に仕舞い込んでいる。

子供部屋の扉から黒い着物の黒狼獣人の男性が現れ、白い着物の女性が笑顔で男性に顔を上げる。
しかし、その笑顔は途中で凍り付く、男性の手に鈍く光る刃物から滴る赤い雫が_____。』





「って、これ何なの?!怖いっ!!」

古びた書物をバタンと閉じて、朱里が隣りで首を揺らしているアルビーを見上げる。

「この屋敷に住んでた物書きの本だよ。書庫を漁ってたら見つけたんだ」
「見つけないで!これホラー小説だよ!冬に読むものじゃないよー!」

朱里が肩掛けを自分にギュッと巻き付けながら、ソファの隅に飛び退く。
アルビーが「えー?面白いと思うけどなぁ」と首をひねりながら本を手に持つ。

「どうしたんだ?」

ルーファスが談話室に顔を覗かせて書類と図面を持って現れる。

「ルーファス、アルビーが暇つぶしに渡してくれた本の舞台がここで、幽霊みたいなのがルーファスと私みたいで怖い!」

テーブルの上に手に持っていた書類と図面を置くとアルビーから本を借りて、パラパラと簡単に読んでいきルーファスの顔が苦笑いに変わる。

「この屋敷と【刻狼亭】の夫婦を題材にした怪奇譚の様だな」
「不吉しか感じないよ!」

朱里の頭を撫でながらルーファスが続きを読み、アルビーが「面白いでしょ?」と問いかけ「ああ」と返事を貰うと朱里にどうだと言わんばかりに良い笑顔をする。

「代々【刻狼亭】は黒狼獣人が受け継いでいて、女将は白い着物と決まっているからな。それでオレ達にも当てはまるんだろうな」
「なんでこのお屋敷で、私達と同じ条件が揃うのー!」

ひざ掛けを頭に被りながら朱里が「嫌ぁー」と騒ぎ立てる。

「この屋敷が舞台な分、読みながら楽しめるんじゃないか?この談話室だと・・・赤子の鳴き声がするシーンか」
「そうだよー。それで主人公の査定士が驚いて振り返ると、そこに無数の手が窓に出てね」
「やめてぇー!私【刻狼亭】に帰るぅー!」

ルーファスが朱里を膝に乗せ、小説の続きを目で追いながら「ふむ」とたまに声を出し、そのたびに朱里が「放してー!」と手をぺしぺし叩きまわる。

「おいおい。若旦那、アカリを虐めるのはやめてくれよ?トイレに行けないって泣き出したらどーすんだよ」

キッチンから鍋を持って、ハガネが白い歯を見せながら楽しそうに談話室に入ってくる。
ハガネと共に談話室に醤油と煮込まれた野菜の香りがふわっと立ち込める。

「アカリがトイレに行けないと言ったらついて行ってやるさ」
「来なくていいです!ルーファス失礼ですよ!」

「アカリ、夜中でも私を起こして良いからね?」
「だから、そんな事言いません!もぅ、アルビーも子供扱いしないで!」

頬を膨らませて怒る朱里にハガネがカラカラと笑い声をあげて鍋の準備を始める。

「魔国からマデリーヌが詫びにって魔牛の最高級肉贈ってきたからな。今日はいっぱい食えよー」

桐の箱から霜降りの肉を取り出しハガネがニッと笑う。
テーブルの上に置いてあるルーファスの書類と図面を素早く別のテーブルに置くと、お皿と飲み物を準備していく。
温泉鳥の温泉卵をつけて食べるのが温泉大陸流の『すき焼き』。

鍋を簡易コンロの様な魔道具で温めながらハガネが野菜を鍋に入れていく。
そして、小さな酢飯に生の魔牛を巻いたものも出してくる。

「あんまし、この寿司に醤油はつけるなよ?塩少しかけるだけな」

指先で少しだけ塩を寿司に掛けて口に入れると、ジュワッと魔牛の肉が溶けて口に広がる。

「ふぁっ、すごい。お肉が口の中で溶けた」
「だろ?すげぇよな。これ普通に1貫銅貨5枚するからな」

1小銭=10円 白銅貨1=100円 1銅貨=1000円 
1銀貨=10000円 1金貨=100000円

お寿司1個で5000円である。

「マデリーヌさん奮発しすぎでは・・・?!」
「迷惑料なんだから安いものだろ?しかし、この肉は良いな。今度【刻狼亭】でも魔国の魔牛を扱ってみるか。今うちで扱っている魔牛より良いかもしれん」

朱里が口を押さえながら魔牛の後味に目を細め、ルーファスが真剣に味の吟味に入る。

「私は生肉より焼いた肉か煮た肉が良いな」
アルビーが尻尾を振りながら、すき焼きの鍋から肉を多めに持っていき、ハガネに野菜と豆腐を上に追加されていく。


くつくつと煮える鍋を突き、ソファで満腹になってうたた寝を始めたお子様2人に毛布を掛けると、大人2人組は熱燗を注ぎ合いながら一息つく。

「んで、若旦那。大橋の完成はあと少しなんだろ?冬本番になる前に終わらせるのか?それとも冬が終わってから再開させるのか?」

「ああ、冬本番前には終わらせるつもりだが、この時期は『踊り子』達の季節だからな・・・果たして仕事になるやらだな」

「そういえばそんな時期か。若旦那はアカリが居るから世話にはならねぇだろうけど、獣人の時期の合う奴は『踊り子』達に骨抜きにされるんだろうな」

冬が近くなると『蜜籠り』シーズンの獣人で『番』や夫や妻が居ない者の元へシーズン中付き合ってくれる『踊り子』と呼ばれる渡り人達がやってくる。
大抵は花人族で雌雄同体の男でも女でもどちらにもなれる体を持つ者達の一団。

見目が綺麗な者が多く、シーズン中の乾いた獣人は骨抜きにされる事が多いが、シーズンが終わると直ぐに元に戻るので、なるべく『踊り子』に金品を貢がない様に大事な物は『番』持ちの『踊り子』に惑わされない信用のおける者へ預けたりするのも冬前の恒例行事みたいなものだったりする。

「今年はオレの所にも色々預けに来る奴が多そうだ」

「そりゃあ『番』持ちの宿命みたいなものだろ?」

ハガネが熱燗をキューッと飲み干して、笑いながらルーファスに酒を注がれ、ハガネも注ぎ返す。


「そういや、新しい【刻狼亭】の建設はどうなってるんだ?」

「今のところ土地を更地にして土台工事が終わったぐらいだな。アカリの希望も聞こうと思って図面を持って帰ってきたが・・・」

朱里の方に目線をやれば、アルビーと抱き合ってすやすやと寝ながら、口元がたまにむにむに動いてへにゃっと笑っている。

「幸せそうに寝てんなぁ」

「アカリはこのぐらい平穏な方が丁度良い」

「そうだな」

ハガネとルーファスが優しい目で見ながら口元を緩める。



「そういえば、さっきの怪奇譚どういう話なんだ?」

「夫が妻の不貞を疑い、旅館の従業員が相手なのかと疑い従業員を殺し、この屋敷の使用人では?と、疑い殺し・・・最後に妻を殺してしまう。しかし、妻の腹の子供は自分そっくりの黒狼獣人で夫は自殺して幽霊になる。夫は妻を求めて屋敷を彷徨うが、妻の遺体は旅館の地下に埋められ、妻の幽霊はそれを主人公に伝える為に度々姿を現す。そして主人公が謎を解きながら、最後に妻の遺体を夫の遺体と一緒に埋めると成仏するという・・・まぁよくある話だな」

「赤ん坊はなんだったんだ?やっぱ殺されてんのか?」

「いいや。主人公の祖父がその赤子だったというオチだな」

「ふーん・・・」


カロンと、小さな下駄の音が響き渡り、ハガネとルーファスが窓の外を見ると、白い着物の女性が一瞬映るが、窓ガラスの反射のいたずらなのか、姿はどこにもなかった。

「・・・少し飲み過ぎたな」
「・・・だな」
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