黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

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5章

家出と出会い

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 東雲ありすが【魔王】リロノスに出会ったのはゲームセンターの帰り道だった。

「ありすぅー。お腹空かねぇー?飯おごってよぉー」

 間延びした喋り方の友人にありすが「またうちにタカりかよ」と、心の中で思ったが、要らない子供と両親に認識されているありすには、親がくれる愛情の代わりのお金だけは事欠くことも無かったのでいつもの様に、「いいよー。そんかし今度ジュースおごるしー」と、笑って答えた。

家に帰っても食事も無い。
冷え切った家庭。
食事が温かく出てきた事なんてあっただろうか?
お手伝いさんが小学生まで居たが中学からはキャッシュカードを渡されて終わり。
コンビニやファミリーレストランがありすの食事の場所だった。

優しい言葉はどこにも存在しない世界。
それがありすの世界。
表面上の『友人』はお金を集るだけの存在。
でも、1人にはなりたくなくて付き合いは続けている。


「あっ、ATMでお金下ろしてくんね」
「いってらぁー」

 ゲームセンターを出たビルの電光掲示板のニュースに『一家惨殺事件の被害者遺族の三野宮朱里さん(16)依然として行方不明』とテロップが流れ、髪の長い日本人形の様な可愛らしい女の子の写真が出る。

 最近よくこのニュース出るな。と、スマートフォンでニュースを検索すれば、『悲劇の美少女』『間違い殺人事件』『保険金狙いの姪殺し』等、色々出てくる。

 始め出回った動画は、少女が車に轢かれる動画だったのだが、轢かれる数日前の少女の容姿が綺麗に映っている物も何本か公開され撮影者が少女のストーカーという事実も判明してちょっとした騒ぎになった。

 そして『この美少女は誰だ?』と、ネットで少し騒がれて、直ぐに『不倫相手の家族と間違えられて殺された一家惨殺事件の難を逃れた被害者家族の生き残り』と、判明した。

 少女の両親の保険金を身元引受人の叔父夫婦が奪う為に保険屋と揉めていたところ、保険屋が「受取人の三野宮朱里さんご本人にも確認を」と、少女にも話をしようと動いた事で、叔父夫婦が少女から遺産を巻き上げた事や生活の保証すらせずに放置していたことが発覚するのを恐れて、人を雇い轢き殺すという計画に至った。

 叔父夫婦の自白で事件は明るみになったが、少女は行方不明のままだった。
動画で少女が重傷を負っている事が解析され、動画の見切れている場所でおそらく犯人に連れ去られ何処かに埋められたか捨てられたのでは?と、言われている。
車で轢いた犯人は未だに捕まっていない。

「不幸を絵に描いたってこういう子の事なんかなー・・・」

 ありすもニュースで流れまくるので内容を少し覚えてしまったぐらいに不幸のオンパレードの少女に、せめて遺体を見つけてあげて家族の眠っているお墓に入れてあげる事を願う程には関心があった。

 コンビニのATMからお金を下ろしてゲームセンターに戻ると、友人がスマートフォンを弄っているのが窓に反射して見えた。

『お財布ちゃんがお金下ろしに行ってて今ヒマかまって(笑)』

そんな文字が見えた。

 ありすだって自分はこの友人の財布になっている事は解っていたが、『お財布ちゃん』という呼び名に傷つかないわけではない。

 両親も嫌いならお金でしか友人関係を築けない自分も嫌いだった。
ゲームセンターを出て、胸に重い塊がのしかかる様な気分で街の中を1人歩いて・・・気づけば、世界が一回転していた。

 自販機の前を通りかかった時に捨ててあった缶に足を滑らせて、盛大に1回転したのである。
背中に痛みはないが、見える空は只々、夕焼けの赤だったはずなのだが・・・。
いつの間にやら高い天井のある室内が目に映り、背中への衝撃はあるにはあった。
お湯飛沫に「何だ?」とも思った。

 そんなに痛くは無いが、何だろう?と、驚きながら手をついて起き上がろうとした時に、手にグニッとしたものを掴み、背中はごつごつ何かがある・・・生暖かいすべすべした物だと思っていたら、ありすの後ろで悲鳴が上がる。

「うわああああああああ!!!!!!!」

ありすの後ろで全裸の長い金髪に白いツヤとした角、アメジスト色の瞳の顔の整った青年が騒いでいる。

「わあああ!!!!全裸!変態!マジ最悪なんですけど!!!」

 お互いに悲鳴を上げながら相手をよく見れば、ありすは青年を背中で押しつぶしている状態。
しかもココはお風呂場の様です。
不法侵入はありすなのでは?
あっ、やばくね?
と、ありすが頭の中で状況を把握し始め、ヤバい!と、起き上がろうと手にまた力を入れた。

「やめろ!離してくれ!」

 青年の叫びにありすが「何言ってるし?」と、言いながら自分の手に握っている物の正体に気付き、顔を真っ赤にさせて手を放し湯船から飛び出る。

「わぁぁぁぁああ!!!うちの純白乙女の手がぁあああ!!!」

 ありすが自分の手が掴んでしまった方の手をワナワナと上げながら「穢れたぁぁぁ!」と騒ぎ、浴槽では青年が「何なんだ・・・嘘だろ・・・」と、声を上げていた。

 そして、ありすが次に現実に戻り騒いだのは水没してしまったスマートフォンの事だった。

「うちのスマホがぁぁぁ」

嘆きまわる元気なありすを横に、顔を真っ赤にして青年がありすを見つめる。
少し唇を噛みしめて目を逸らしながら、ありすから漂う『番』の匂いと気配に嬉しい気持ちと気恥ずかしさと、いきなり現れて自分のナニを握られた羞恥に、気持ちと感情が脳内パニックを起こしていた。

魔法で自分の体を乾かし、バスローブを着こむと青年は浴室の床で珍妙な恰好で珍妙な眼に痛い色の板切れを相手に嘆き悲しむ少女にも乾燥魔法をかける。

奇妙な恰好から察せられた少女の正体を青年は口にする。

「君は異世界人だな?」

「何いってるし!うちのスマホがご臨終したぁぁぁ!!」

「人の話は聞くものだぞ・・・」

「黙るし!うちの清純な乙女の手を穢した罪は重いっしょ!」

「・・・被害者は私の方だと思うのだが・・・」

胃が痛い・・・と、思いながらも青年は少女が落ち着くまで浴室で困り果てていた。

・・・・・・・

・・・・

・・・

【魔王】リロノスとの出会いを夢うつつに思い出しながら、ありすはようやくベッドから顔を上げる。
少しの肌寒さに身を震わせて起き上がり、ベッド脇に用意した服を着こむ。

腰に残る鈍痛に「いててて」と言いながら、部屋を出て甘い香りに鼻をくすぐられて1階へ降りていくと、パンの焼けるニオイにつられてキッチンを覗くと、ハガネと朱里がにこやかに出迎えてくれる。

「ありすさん、よく眠れましたか?温かいお茶淹れましょうか?」
「よっ。昼飯までまだあるし、軽く何か食うか?」

「うち、ここの子に産まれたら良かったし・・・」

ありすが小さく呟くと、朱里とハガネが笑って椅子とお茶を出してくる。

「リロノスさんが【魔王】やめたらここで暮らしちゃえ」
「それが良いんじゃねぇか?ここなら食いっぱぐれねぇだろうし」

ありすが元の世界で欲しかった温かさが目の前にあって、ありすが心配した少女が笑って過ごしている事に、この世界に来て良かった。と、笑って思えた。
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