黒狼の可愛いおヨメさま

５章

家出と魔法

　
　ありすの脱色で傷んだ髪を杏子油を少しつけて馴染ませて桐の櫛で梳かしていく。
朱里の撫でる様な梳かし方にありすが口元を緩ませて化粧台を見る。

　食事の後に話し合いを少しして「簡単な話だろうか？」と、リロノスは悩んでいたが、ありすにとっては「何だとっても簡単な事」だった。

　朱里が「それはそうとしても、自分の番を大事にしない結論を出したリロノスさんは反省しなさい！」と、ありすを自分の部屋に匿ってしまい、リロノスは朱里の部屋に入れば今度こそルーファスに殴り飛ばされそうなので大人しく客間で過ごしている。


「アカリっちは魔法使えないんだっけ？」
「はい・・・残念ながら」

ありすの髪を真っ直ぐストレートにして朱里が着物の端切れで作ったシュシュで二つに結びながら「はい。出来上がり」と笑いながら答える。

「うちは結構簡単に使えるんだけど、アカリっちはゲームとかしない派だったん？」
「ゲームは弟に付き合って少しやったくらいであまりした事なくて」
「そっかー。ゲームとか漫画で魔法のイメージがあると簡単にいくんだけど」
「そうなんですか？ルーファス達は魔法は精神状態と体力が関係するから子供の頃から慣れ親しんでいないと難しいって」

ありすが手の平に水の玉を作って、デフォルトされたウサギや猫の形に変えて、手の平の上で躍らせて見せる。

「すごいですね！すごく可愛いです！」
「魔法って難しく考えずに使うと体力減らないんだよ？ここの世界の人は難しく考えすぎっしょ」

「そういうモノなんですか？」
「そうっしょ？うちはゲームとか漫画で割りとファンタジーなの馴れてるから簡単だし。アカリっちも難しく考えずに軽く使ってみるといいし」

「うーん・・・何をすれば良いかが解からないです」
「魔法は近場の物から呼び出して使う方が魔力の消費は押さえられるから、ここなら温泉の水属性がすごく簡単な魔法だと思うっしょ！」

ありすが再び手の平に水を集めると「アカリっちも手の平に水集めるイメージするし！」と、朱里にもやるように促す。

「えーと、水、水・・・」

朱里が水をイメージするものの上手く考えがまとまらずに手の平には何も起きない。

「アカリっち、この部屋全体から自分の手に見えない蒸気を集めて水にするんだって思うっしょ！」
「この部屋の蒸気・・・？」

朱里が目を閉じて自分の部屋を思い浮かべ、部屋の中から全部集める水をイメージする。

「アカリっち、その調子」

目を開けて手の平に小さい霧状の水が集まってきていた。

ああ、そういえばお風呂場の温泉水は湿気凄そうかも・・・カビ生えないのかしら？と、朱里が余計な事を思った為に、手の平の霧は四散してしまう。

「あっ、失敗しました・・・」
「でも、アカリっちコツは解かったっしょ？」
「はい。何となく解りました」
「あとは訓練あるのみっしょ！あ、でも自分の周りに無いモノを呼び出そうとすると魔力と体力が無くなるから気を付けるし！」

ありすが自分の手の平の水を四散させて朱里に笑いかける。

「私、【乾燥】魔法が覚えたいんですが、イメージはどんな物が良いんですか？」
「それは自分の手が乾いてる状態をイメージする感じ？髪の毛とかもフワッと乾けー！ってイメージするとパッて出来るっしょ！」

朱里が水を手の平に集め、水を手に掴んで手を濡らす。
「えーと、濡れた状態だから・・・水を乾かすイメージ・・・うーん・・・手を振って払いのけるイメージだと何か違うんでしょうか？」

シュピッ・・・シピッ・・・

朱里の手の平を赤い線が走り、血がぽたぽたと垂れる。

「アカリっち、ダメだめ！払うのは風魔法っしょ！何か拭くもの！拭くものー！」
「はわわっ！どうしましょう？どうしましょう！」

朱里の服と床を赤く染める惨状に２人が慌てふためき、拭くものを探してバタバタと部屋をうろついた。

結局、２人が出した結論はお互いの旦那様を呼ぶ事だった。

「リロッち！助けてー！」
「ルーファス！助けてー！」


部屋に駆け付けたルーファスとリロノスが白い部屋に赤い血をまき散らした状態の２人に青ざめた後に、盛大に雷を落とす。

「魔法は今のアカリには無理だと言っておいただろ！」
「ううっ・・・面目ないです」

怒りながらルーファスが回復ポーションで傷口を洗い朱里の手に包帯を巻いていく。

「魔法で怪我をすると普通の怪我と違ってポーションでは治りにくいんだぞ！」
「はい・・・肝に銘じておきます・・・」

シュンっと身を縮めて怒られる朱里に同じ様にシュンっと怒られて身を縮めたのはありすだった。

「シノノメ、人に物を教えるのは悪い事じゃない。でも、魔法は一歩間違えれば大惨事になるんだ！順序立てずに教えるものじゃない！自分でも説明できない事を教えるのは危険だ！」
「それは、反省してるし・・・」

そう言いながら部屋に散った血の染みをリロノスが魔法で消しながら肩を落とす。

「シノノメが怪我したと思って、凄く焦ったんだから・・・反省はしなさい！」
「ごめんね？リロッち」

リロノスがありすを客室に連れ帰り、朱里はルーファスに怒られながらアルビーの所へ行き傷口を治してもらい朝まで目を回すことになる。