黒狼の可愛いおヨメさま

ろいず

文字の大きさ
上 下
102 / 960
5章

移住

しおりを挟む
 まだ少し夏の残り香があったはずの数日前が懐かしい・・・。

「急に寒くなったね。手が冷たい」
手をこすり合わせて寒いと表現すると、全方向から魔法で温かいお湯状にした水玉を出される。

 「「「若女将、手を中に入れて下さい!!」」」

「だ、大丈夫!大丈夫だよ!!」

 慌てて差し出されたお湯玉を断るも、後ろから袖をまくられてお湯玉に手を突っ込まれる。
ジンジンと温かい・・・が、この従業員全体での過保護ぶりはいかがなものか・・・?

 2週間程前に死にかけた・・・と、言うより1回心臓が止まって呼吸をしてない状態になったから死んだ様なものだったのか?とにかく、あれ以来、周りが過保護になって朱里の世話をする。

 ルーファスに至ってはずっと離れない。
今も後ろから朱里の袖をまくってお湯玉に浸けこませたのはルーファスだ。

 「えと、皆ありがとうね?十分、温かいから大丈夫だよ?」

「アカリ、顔が赤い。また熱でも出たか?」

ルーファスにオデコに手を置かれるも、それはこの状況、お湯玉の熱にやられているだけです。と、朱里は言いたい。



 「ほらほら、皆仕事に戻りなさい!邪魔ですよ!」

そう言いながら空中に浮かんだお湯玉を一気に蒸発させて消したのはルーファスの叔父ギルだった。
ギルに散らされるように従業員は自分の仕事場に戻っていく。

「アカリ、元気になった様ですね。何よりですが、こう人の多い場所に居てはまた風邪でも引くんじゃないですか?早く屋敷に行って、私の愛息子アルビーを慰めてあげてください」

眼の笑ってない笑顔でギルに言われて朱里も心の中で「ひぇぇぇぇ」と叫ぶ。
とても怖い。

「今から行くところだギル叔父上。従業員に挨拶をしてからと思ったんだが?」

「ルーファス、叔父さんは親切で言っているんですよ?」

バチバチと火花の音がしそうな2人を下から見上げながら朱里がオロオロしていると、ギルの後ろからハガネが大荷物でやってきてギルにぶつかる。

「あっ、わりぃ。前が見えなかった」

「今の避けれたと思いますが?」

「それを言うなら、ギルも冒険者なんだから危機感知で避けれただろ?」

ここでもバチバチと火花が散りそうな予感に朱里が頭上の3人を見上げるが、背の高い3人に囲まれている圧迫感に安全地帯は無いモノかと視線をさ迷わせる。

この異世界の住民は平均して背が高い・・・朱里と同じ背丈なのは子供ぐらいで、しかも朱里より年下ばかり。
羨ましいやら悲しいやらである。

 3人の火花の散らし合いに朱里が勘弁して欲しいと思いつつ、濡れたままの手をブンブンと振って長袖を元に戻して、寒くなったなぁ・・・と1人遠い目をする。

 「ふぁっ・・・くしゅん!」

朱里がクシャミをすれば、ルーファスが慌てて朱里の手に【乾燥ドライ】の魔法をかける。
ハガネが荷物の中から冬物市場で買ったアンゴラータ族の作った肩掛けを出して朱里に巻き付けて心配そうに顔を覗き込む。

 「「アカリ、大丈夫か?!」」

ものの見事にハモった2人に朱里が「ぷっ」と、笑うと2人は困った顔で笑いながらギルに構ってはいられないと、朱里を連れてサッサと【刻狼亭】から出ていく。

後ろでギルが「私の愛息子をよろしくお願いしますね!」と叫んでいた。

 【刻狼亭】では人の出入りが激しく、いつまた朱里が風邪をもらうかもわからないという事で、ギルにルーファスの部屋を明け渡し、ギルとアルビーの屋敷に冬の間は住居を移すことになった。
今日はその引っ越しの様な物。と、言っても荷物はほとんど衣類ぐらいなものだし、歩いて15、20分という所なので何かあれば戻ってこれる範囲なので荷物はハガネ1人が持ち運べる程度。

 「アルビー元気にしてるかなぁ?」

「帰国を2日遅らせてアカリが死にかけたからアイツもショゲて屋敷から出なくなったみてぇだし、早く行って安心させてやらねぇとな」

「アルビーには反省も必要だ」

 朱里を抱き上げて歩くルーファスの手にグッと力がこもるが、朱里としてはそろそろルーファスにアルビーを許してあげて欲しいとも思っている。
アルビーが【刻狼亭】に来れなかった理由の一つは確実にルーファスが怒っているというのもあると思う。

 「ルーファス、怒ったらダメだよ?」
「これでも気持ちは軟化してきた方だ」
ルーファスの眉間のしわを指で伸ばして朱里が「メッ」というと、ルーファスが朱里の頬にキスをしてきて、そのまま顔をすり寄せてくる。
朱里も負けじとスリスリとし返して2人で満足げに笑い合う。

「困った旦那さまですね」
「困った番に言われたくはない」

 死に別れそうになった事で再び番熱というべきか、熱々ぶりが再加熱している。
困った事にルーファスが離れてくれないのもあるが、朱里も朱里で離れられなくなっているのもある。

【刻狼亭】の人達に頭を撫でてもらい、十分過ぎる程に過保護にされたおかげか、朱里の心も少し落ち着いて今は誰とでも笑顔で対応できるようにはなった。
・・・まぁ、人との接触が多ければ風邪など貰いやすいので引っ越しになってしまい、従業員達にはこれでもかというぐらい頭を撫でまわされまくり、揉みくちゃにされて朱里も流石にルーファスの後ろに隠れて「お触り厳禁!」と騒いだりもした。
 
 ギルの屋敷は引っ越しの時以来訪れてはいなかったが、以前みた時の様に幽霊屋敷の外観から綺麗に整備され、草が生い茂る庭も花とハーブだらけの庭園に変えられている。
苔むした噴水も綺麗な大理石の彫刻が判る様になって、透明の水を流し、その水が庭園にそのまま流れていく様になっている。
これならば、幽霊屋敷と街の子供達も言わないはずだ。

 玄関を開けて玄関ホールに入ると、アルビーやネルフィームに合わせた作りなのか天井や出入り口がかなりの高さに作り替えられている。
ルーファスに床に降ろしてもらい朱里は初めて入る屋敷の中をぐるっと見回す。

 「アルビー着たぞー!」

ハガネが大声でアルビーを呼ぶと、二階の階段の手すりからアルビーが顔を覗かせる。

「アルビー!」

朱里が声を掛けるとアルビーが2階からフワッと玄関ホールまで降りてくる。

「アカリいらっしゃい!あと、ルーファスとハガネも」

「俺等はついでかよ!」

ハガネがアルビーの鼻先をコンコン叩くとアルビーが「当たり前じゃない」とケロッと答える。
ルーファスとハガネが少し怪訝な顔をして顔を見合わせた後にアルビーを見る。

アルビーは朱里に頬をすり寄せて「いらっしゃい!」と何度も嬉しそうに言っている。

「アルビー、元気にしてた?」
「うん!元気だよ!アカリに会えなくて寂しかった!」

朱里を抱きしめるとアルビーが朱里の顔をペロッと長い舌で舐め、真珠色のよだれが朱里の顔に掛かる。
朱里が顔を赤くして「ふぁっ、あっ!」と、声を上げると、嬉しそうにアルビーの尻尾が揺れる。

力が抜けそうになった朱里をルーファスがアルビーから引き離すとアルビーは小さく欠伸をする。
ハガネがアルビーを捕まえてニオイを嗅いでルーファスに頷く。

「こいつ、酒飲んだみてぇだ」

「やはりか・・・」

アルビーの唾液の【聖】属性にあてられた朱里がそのまま目を回し、アルビーも酔いが回ってそのまま眠ってしまい、ハガネとルーファスが引っ越し初日からため息をつくことになる。

アルビーいわく『だって、ルーファス怒ってると思って気持ちを持ち上げるのにギルがお酒が良いって言ったんだもの!』だ、そうだ。

ハガネに「酒の使いどころが違ぇよ!」とツッコまれたのは言うまでもない。
しおりを挟む
感想 1,004

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

婚約者である皇帝は今日別の女と結婚する

アオ
恋愛
公爵家の末娘として転生した美少女マリーが2つ上の幼なじみであり皇帝であるフリードリヒからプロポーズされる。 しかしその日のうちにプロポーズを撤回し別の女と結婚すると言う。 理由は周辺の国との和平のための政略結婚でマリーは泣く泣くフリードのことを諦める。しかしその結婚は実は偽装結婚で 政略結婚の相手である姫の想い人を振り向かせるための偽装結婚式だった。 そんなこととはつゆ知らず、マリーは悩む。すれ違うがその後誤解はとけマリーとフリードは幸せに暮らしました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。